~第23節 共通の無意識~

 ポルムの樹の宿を出てすぐ、外のテーブルに数々の食べ物や飲み物を前にして、樹の精霊スピリットドライアードの美しさにアキラ達は目を奪われていた。その中からひと際輝き、また数多くのアクセサリーや装飾を付けた服装の一人が、彼らの前に進み出て会話に参加しようとしていた。


「彼女はドライアードの女王『ライア』と申します」


 ポルムに紹介されたドライアードの女王と呼ばれるライアは、スカートの両裾を少し持ち上げて、会釈を行った。その際に光の粒子の残像が見える気がする。


「ご紹介いただきました、ライアと申します。以後お見知りおきを。大したものはご用意できませんでしたが、どうぞお召し上がりください。これらは木の実や枝を色々とコーティングして甘く仕上げたものでございます。お口に合いますかどうか…」


 ライアがそう答えるや否や、カケルは空腹の欲求に我慢ができず、唾液を飲み込み手近なものを口に放り込んだ。数回噛んで良く味わってから飲み込むと、目を大きくして目の色がきらめく色に変わる。


「これはホントにお菓子のマカロンだよっ!そして、こっちの短い茶色の枝みたいのはウェハースで出来てて、チョコレートみたいな味がするよ!」


 そう言ってモリモリと脇目も振らず食べだした。それを見て呆気にとられた一同のうち、ナツミは怪訝に思いながらも、その一つを口に含む。


「んー?あっ、ホントだっ!美味しいよ、これ。セレッちもこっちに来て、食べてみなよ」


 ナツミも美味しそうに食べているので安心したのか、すぐに駆け寄ってセレナも一二つとマカロンやチョコレートの木の枝を口にほおばる。


「へぇ~こっちにも同じような美味しい食べ物があるなんて、信じられないよねっ」


 その様子を見ていたライアは、さも嬉しそうに歓迎する。


「お気に召していただいて大変光栄です。種類は少ないですが、数はたくさんありますのでどうぞご遠慮なく、召し上がってくださいませ。ささっ、そこの殿方お二人も、私たちの同胞のお二方もどうぞどうぞ」


 近くのテーブルに勧めるライアに促される形で、アキラ・アギト・カエデ・マリナの4人もそこの椅子に座った。椅子は座り心地が良く、丸太を輪切りにして加工して作られたような形をしていた。またテーブルは一枚の大木を縦切りの板にして、使用しているようにみえる。周囲には給仕のドライアードがそこここに、にこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「あっ、ライムちゃんは、もう先に朝ご飯食べてるのねっ!」


 近くの草むらの上に置かれたお皿に盛られた朝食にかじりつき、同じくお皿に注がれた水をペロペロと舐めて飲んでいるライムをカエデは発見する。


「そうニャッ!腹が減っては戦は出来ぬからニャ!腹ごしらえは大切だニャ。モグモグ…いつものカリカリよりも美味しいニャン」


「コラッ、何気にいつものご飯に文句言ってるんじゃないでしょうね?」


 カエデと同じように近くに座るセレナは、朝食を食べながら悪態をつくライムをジト目で見る。


「そ、そんなことはないニャ…ただ、最後にちゅーるがあれば尚いいかニャ…と」


「さらになんか不満があるように聞こえたけれど…そんなものここにあるわけないって、分かるわよね?」


 さらに圧の強いジト目でセレナはライムをキッと見やる。そこにライムは大汗をかいて朝食をガツガツとほおばって誤魔化した。


「ネコちゃんはやっぱり可愛いですね」


 一生懸命に誤魔化すライムを見かねたマリナは、セレナの飼い猫の頭を手の甲でナデナデとする。そしてこの異世界での当初の疑問をライアに問う。


「ライアさん、昨日からずっと思っていたことを一つ、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」


「ええ、わたくしのお答え出来る限り、何なりとお答えしますことよ」


 そう言うとにこやかに微笑み、少しだけ首を傾げる。


「私たちはどういう理由からかは分からないのですが、この異世界へ転移させられてきてしまいました。そこで、こちらの言葉は一切知らないはずなのですが…いまこうして、ここの皆さんと何不自由なく普段通りに会話をしている。これは一体どういうことなのでしょうか?」


 コクコクとうなずき、ライアは目を細めてマリナの話をよく理解したと表情で伝えることにした。


「そうですね、ポルムから状況は大体お聞きしています。急に異世界に飛ばされて、言葉が滞りなく伝わることに逆に驚いてしまわれることは至極当然のことです。この世界では今話されている一つの言葉しかありません。というのも、私たちのそれぞれの頭で考えている言語での言葉は、共通の無意識下で共有化され、同じ言葉として口から発せられます」


「共通の無意識…それは、テレパシーと同じようなものなのでしょうか?」


 聞きなれない言葉を耳にし、マリナは今ある知識を振り絞る。


念話テレパシーは話さなくても確かに意識が通じますが、ここでの言葉はあくまで口から話さないとさすがに通じないものです。近いようで少し違いますね。でも、あなたたち森の同胞2人にはその念話テレパシースキルはもうすでに使えるはずですよ」


「わっ!?私たちが?」


 森の同胞と呼ばれたマリナとカエデは、お互いに同時に顔を見合わせ、驚きを隠せなかった。その反応がすでに念話テレパシースキルにて共有化されたものとはさすがに気が付くことはなかった。


「むぅ…カエデいいなぁ…」


 仲の良いマリナとカエデの様子を見ていて、ナツミはテーブルに肘をつき、手に持ったマカロンをカリカリカリと細かくかじりながら、ふくれっ面で思わず嫉妬心を露わにしてしまった。


「僕もその点は疑問に思っていたので、ライア女王、答えをいただきありがとうございます。ところで、ポルムさんからご依頼のミノタウロス撃退ですが、特徴や弱点などもしご存知でしたら、教えていただけませんか?」


 若干上目遣いで頬を赤くしながら、アキラは挙動不審にライアに対してミノタウロスの攻略方法を問うてみた。その後ろから、じーっと一つの圧を受ける視線は感じるが…


「はい、ミノタウロスの特徴ですね。あの者は私たちの同胞を私利私欲で切り倒すような愚かな魔物です。その身体は大きくて愚鈍なように見えますが、意外と身のこなしは柔らかく、また素早いので注意が必要です。その上、力は巨大な両刃斧を振り回せるほど強く、皆さんもすでにご存知の樹人族トレントと同様に片言ですが人語を話せます。それゆえに、ある程度の戦略が必要になるかと思います」


 今まで見せていた柔和で優美な雰囲気から変わり、緊張して眉間にしわを寄せ、この先を憂える表情でライアはミノタウロスの特徴について語り始めた。

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