第25話 事の顛末
私は、もしも夢幻の秒針を使うとしたら最悪の事態の時だと言われた。その時起こったことは全部予想して、ゼノに伝えるよう、月夜の一時にニオから頼まれていた。
そうして全てを語る私に、ゼノは信じられないといった様子で、とても幼くなったニオを見て驚いていた。
ニオが持っていた夢幻の秒針は、時を遡るか未来へ行くことができる秘宝だ。
しかし未来は不確定であり、時の流れも幾重に分かれており、狙った未来へ行くことはできないと言っていた。
下手をしたら、数十年後のどことも知れぬ場所へ行きつくかもしれないと、亡き両親から聞いたと。
秘宝と謳いながら”未来へ進んだ時間の何倍も歳を取る”という、女には残酷な代償まである。
時の果てにたどり着いて、そのまま老いて死ぬことだってあり得るのだ。
だからニオは、過去へだけ何度も戻っていた。あれだけ博識で動じないニオが、なぜ二十歳にも見えないほど幼かったのか。
もう取り返しのつかないほど過去へ戻っていたからだ。過去なら、すでに起こったことだから、時の流れも一筋だからと言っていた。場所も指定できるらしい。
けれど、過去に戻る時も”戻った時間の何倍も幼くなる”。記憶や知識、経験だけを残し、ニオの体は何度も過去へ戻っては、幼くなり続けた。
感覚でわかっていたのだろう。次に戻ったら、取り返しのつかないほど幼くなる。案の定、私の前にボートで連れてこられたニオは、面影のない五歳ほどの幼女の姿をしていた。
だとしても、ニオはニオだった。アルビンが持っていたという私の血が入った小瓶を奪い、海に放り投げたという。状況の理解できていなかったゼノとグレインは、とりあえずアルビンと帝国海軍兵士を無力化すると、尋ねたそうだ。
”お嬢さんはどこの誰なのか”と。すでに、ニオだと気づくこともできなかったようだ。
「……これが、事の顛末です」
全てを語り終えた私の前には、ゼノが目を見開いて、幼女となったニオを見つめている。
ニオは顔を伏せ……いや、やり遂げた事を振り返っているようだった。
そこに、五歳児の姿はない。何十年と生きてきた貫禄があった。
私のせいだ。そもそも、私が事の発端なのだから。
失態を取り返したくても、夢幻の秒針は壊れてしまった。
沈む私へ、エルフの一人が呼びに来る。
「……失礼します。グレインが私とイティをどこかの森まで連れて行ってくださるというので、船もそちらに移ります」
あとは二人に任せよう。私はニオに真実を伝えてほしいと頼まれただけなのだから。
それができただけでも、良しとしなければ。もう全て終わったのなら、二人にするべきだろう。
この航海は、ゼノとニオが率いてきた物語なのだから。
言葉が出ない。そりゃ歳不相応に口が回るし、そこらの海賊の何倍も海や船についての知識もあった。
小娘には思えない妖艶な雰囲気も、飄々とした姿もあった。
なにより、辛い現実に突き当たったとき、女がよく見せる涙を一度も流さなかった。むしろ不敵に笑い、打開策を考えるような豪胆さもあった。
だが、こんなことを抱えていたとは。思えばレイヴンスカルで出会ったジルスも、ニオの父の船で副船長をやっていたにしても老けすぎていた。
十六かそこらにしか見えない女には決して持っていないような覚悟も、酒の強さも、夢もあった。普通なら泣いて喚いて、強い男に身を委ねるような状況でも、笑みを浮かべて、冗談を言いながら乗り越えてきた。
全ては、とっくに俺なんかより長い時間を生きていたからかもしれないのだ。
それだけ生きても力がなかったから俺を頼った。その力を持った俺が、未来で負けた。
グレインが裏切るとは思えないから、俺でも想定できない何かによって。
ずっと黙っていると、幼女になったニオはクスリと笑った。
「なんだい、シケタ面してさ」
「……セリフだけは、ニオだな」
言うと、ニオはケラケラと笑った。
「セリフだけじゃないよ! 今までの全部を記憶しているニオ・フィクナー本人さ! いやまぁ、とっとと君に話すべきだったかなとは思うけどさ」
ガタっと立ち上がり、小さな肩に優しく手をやって問いただした。
「本当だ……なぜ、言ってくれなかった?」
「言って信じたかい? ボクは時を遡っているから、実は君より大人ですぅって言ってさ。君なら「酔ってるのか?」とか言って、真に受けないよ」
その通りだ。こうして本当に幼くなり、フィンが語ってくれたから信じた。
「あーあ、君の仲間落とす時に何度か子供できちゃったからなぁ。あの時戻らなければなぁ」
「なっ! どいつだ! 誰が孕ませた!」
こればかりは許せないと声を荒げたが、ニオは珍しく嬉しそうに、そして寂しそうに笑った。
「冗談だよ。そもそも、ボクの体は遡った副作用か、女として子供が産めなくなってたみたいでね。胸だってペッタンコどころじゃないよ? 本当にないんだ。いつかイティが下着について心配してくれたけど、アレだっていらなかった。そういう機能が壊れてたんだよ。とっくにね」
だから捨て身になれたのか。それどころか、せめて残った女としての部分を最大限生かして、俺という戦力を手に入れようとした。
未来の俺を救ってまで、ニオは俺の力と共に自由な海を行きたかったのだ。
きっと、夢幻の秒針とやらを託した両親のように。
「それにしても、未来を知ってるから心配なんだけど、グレインの奴は上手くやれるかな。ゼノとのわだかまりを解消して、フィンやイティ達エルフを守れるかな」
「……その未来なら、俺も知ってるぞ。グレインとバカみたいな勘違いしてたってな」
「あれ、そうだっけ? なんだかどこから知られててどこから知ってるのかわかんなくなってきたよ。ってことはつまり、エルフたちは森に帰っちゃうのかぁ……フィンとイティはともかく、男たちはいい船乗りになってたのになぁ……シルバーウィンド号どうしよう」
「それなんだが、一ついいか?」
ん? と首を傾げるニオへ、この後のことを話す。
聞き終えると、ニオはまたケラケラと笑った後、「船長はボクだ」とだけ言って、大欠伸をした。
「体が小さいからかな、疲れたし眠い……細かいことは任せるから、全部終わったら起こして」
「ああ、約束だ」
「うん、約束ね」
ニオが寝息を立てると、大人の俺はまだやることがあるので気合を入れる。
「まずは別れか」
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