第24話 ニオの決断

「あららー……どうしようあれ。いやどうすりゃいいのあれ」


 グレインに斬りかかられ、フィンと共に逃げてからのフルーブデゾーロは筆舌に尽くしがたいに尽きた。

 魔力を纏った鋭利な風が島全体を包み込み、間を縫うように雷撃が走っている。


 荒れる海を進み、シルバーウィンド号に着くと、メダルカたちサンランページが難しい顔をしていた。


「旦那とグレインの野郎が本気で戦っていやす。あれじゃ誰も近づけねぇや」

「今まで本気を出したらタダじゃすまないとか言ってたけど、あれを見れば納得だね」


 まるで嵐そのものが島一つに凝縮されているようだ。普通は過ぎ去るだけの風と雷はぶつかり合い、もはや笑えて来るほどに海も風もメチャクチャだ。


 嵐が去ったら迎えに行こうかとも思ったけど、艦隊が近づいてくるのが見えたので仕方なく岩陰に隠れた。


 しばらく船員たちでどうするか話し合っていると、どういうわけか嵐は止んだが……


「決着がついたのかな?」

「それにしちゃ早いですねぇ……あの二人なら一晩だって斬り合っているでしょうに」


 そうこうしているうちに艦隊からアルビンを先頭にしたボートが何十隻も向かっていく。


 かと思えば、突然発生した尋常じゃない魔力から逃げるように帝国海軍兵士が泳いで出てきた。


「いや、ホントになにがあったのさ」


 あれこれ起こりすぎてついていけない。けど、フィンとイティは敏感に感じ取っていた。


「あれは魔王の魔力じゃ!」

「知ってるの?」

「陸に住んでおれば当然の事! ぬぅ、なにやら魔王より強き魔力になっておるのう」


 腕を組んで唸るイティと違い、フィンはボクの手を取った。


「助けに行きましょう! 嵐が止んだのでしたら、どちらかが倒れたということです!」

「つまり一人で魔王に匹敵する相手と戦ってるから助けろって? そりゃさっきの大嵐よりかはマシだけどさ……」


 島そのものが嵐に包まれ入れなかった先程と違い、今ならボートで入ることができる。

 ゼノが勝っているにせよ、グレインが勝っているにせよ、確かにこの魔力を放っておくのは危険だ。


「行くだけ行ってみて、ボクじゃ無理そうだったら逃げるからね」

「だとしてもです!」


 やけに強気になっている。フルーブデゾーロにつく前、ボクと夢幻の秒針について話したのが功を奏したようだ。


 しかし、イティは不安そうだ。


「あのような力を前に、フィンとニオが行ったところでどうなるというのじゃ」

「さっき説明したばっかりだから、また一から話すのは面倒だなぁ……とにかく、近づければ状況を変えられるんだよ」


 イティには船を任せ、フィンと二人再びフルーデゾーロの中央へ。

 どんな化け物が待っているのか。ゼノは無事なのか。グレインはどうなったのか。なぜアルビンの部下は逃げていったのか。

 流石に緊張しながら陸地へと着いたのだけど……。


「だから俺がとどめを刺すって言ってんだろ!」

「アルビンに煮え湯を飲まされてきたのは俺だ。貴様はたいして関わっていないだろう」

「そういう問題じゃねぇ! 俺はここでのケリがついたらやることあんだよ! そのためのケジメだ!」

「貴様は相変わらず下らないことに執着するのだな」


 あれ? なんか打ち解けてる? というか、言い争ってる二人の横に、グロテスクな化け物がピクピクしてるけど……。


 ボクもフィンも状況が理解できずにいると、二人がこちらに気づいた。


「よぉ、遅かったな。あんまり遅せぇから魔王もどき倒しちまったぞ」

「えっ、魔王もどきって、まさかその横にいる奴?」

「だな。またの名を、アルビンが欲をかいて変わり果てた姿だ。死にかけてるから、上がってきても平気だぞ」


 当然のように言っているけれど、フィンの反応を見るに、本当にここにいる化け物から魔王の魔力がするようだ。

 けれど、大きな体は切り裂かれているか焼き焦がれているかで、もはや立ち上がれそうにない。


「……フィンは少し離れていろ。死にかけとはいえ、一応魔王の残滓を身に宿しているからな」

「は、はぁ」


 フィンも何がなんだかといった様子だ。まぁとにかく確かなことは、


「仲直りしたんだね、二人とも」


 なんて言ってみると、ゼノとグレインが再び睨み合う。


「仲直り? そりゃ誤解はあったが、コイツにはまだ鬱憤溜まってんだよ」

「その通りだ。そこに転がっている雑魚を殺したら、続きをやるつもりだ」


 ヘッ、とゼノが笑うと、グレインも口角を上げる。


「何度目だろうなぁ、テメェとやり合うのは」

「仲間割れはしょっちゅうだったからな……俺とて覚えていない」

「なら始めるか、最後の喧嘩を!」


 ゼノとグレインが剣を構えると、慌ててフィンが間に入った。


「ちょ、ちょっと待ってください! もう十分でしょう!」

「悪りぃなフィン、男同士そうはいかねぇんだ」

「そうだな。こればかりは俺たちの問題だ」


 不敵に笑いあう二人と、止めようとするフィン。ボクは思わず溜息をついてしまう。


「そもそもフィンを助けるためにここまで来たっていうのに……ん?」


 なんだろう、ズルズルと地を這うような音がする。言い争っている三人には聞こえていないようだけど、どこか近くで……。


「って、あれは!」


 避けて! と叫ぶのは遅かった。アルビンの成れの果てとやらが伸ばしていた触手が、三人をなぎ倒した。

 ゼノとグレインは即座に剣で防御できたようだけど、フィンが頭を強くぶつけたのか、血を流している。


 そう、ハイエルフの血が、闘技の場に多く流れていく。

 背後で寒気がするほどの魔力の高鳴りを感じた。


「おい、おいおいおいおい、まさかだが、封印が更に解かれたのか!?」

「その、ようだな……フィン、意識はあるか」


 グレインの呼びかけに、フィンはなんとか返答した。しかし頭を打ったせいでフラフラしている。


 だけどなにより危惧すべきは、再び立ち上がったアルビンだろう。


「――!」


 声もなく、何本にも増えた触手がボクら全員を薙ぎ払う。咄嗟にボクをゼノが、フィンをグレインが守ったが、二人とも想定していないほどの威力だったのか血反吐を吐いていた。


「ッ、おいおい、やべぇぞあれ……魔王より強い魔力じゃねぇか」

「くっ……どうやら、フィンの血で復活どころかパワーアップしたようだな……」


 ヨロっと立ち上がる二人だが、アルビンは体をどんどん膨張させ、もはや人だった痕跡はない。

 正真正銘の巨大な化け物が、傷ついたゼノとグレインの前に立ちはだかっている。


「ちょ、ちょっと! あんなの相手に勝てるの!?」


 いつもなら余裕の返事が返ってくるところだが、グレインも含めて苦虫を噛み潰したかのような顔だ。

 そうして二人とも顔を見合わせると、頷き合ってボクとフィンに振り向いた。


「俺たちの全力――でも足りねぇから、残った魔力全部と衝撃で俺たちごと吹き飛ぶの覚悟で最上級魔法をぶつける」

「それでも倒せるかわからん。小娘はフィンを連れて逃げろ」

「そんなのって……」

「悪いなニオ、お前の乗組員になるのは厳しそうだ」

「ゼノまで!」


 こんな……こんな終わりじゃ納得できない。せっかくここまで来て、グレインとも命の取り合いはしないような雰囲気になって、アルビンもいないから艦隊だって退けられるのに……。


 こんなのは、ボクの望んでいた終わりじゃない。ボクはゼノを連れて自由な海に出るんだ。そもそも、ここは終わりじゃない。通過点のはずなんだ。


 なんとかしなくては……なんとか……




 ――自分のために使いなさい。



 ふと、夢幻の秒針を託してくれた時の両親の声が書き超えた気がした。


 自分のため、散々使ってきた。でも、もう限界だろうからゼノを頼ることにした。


 なら、限界を超えてでも使うのは、託された時の言いつけを守ることになる……はずだ。


「……フィン、さっき話した夢幻の秒針については覚えてるよね」


 どうにか意識がハッキリしたフィンに告げると、察したようだ。

 迷いながらも、止められずにいる。


「君なら、ボクがどうなっていようと、何をしたのか説明してくれるよね」

「どうなっていようとって、まさか無茶をするのでは……」

「そりゃ無茶するさ。じゃないと、ボクの夢はかなわない」

「ですが……夢幻の秒針に秘められた魔法は、あなたの体を――」


 そこまで言わせると、ボクは微笑んで見せた。


「何度も使ってきたんだ。今度だってうまくやるよ」


 ボクはスゥッと息を吸い込んで深呼吸する。その間にも、ゼノとグレインは最上級魔法を唱えだしていた。


「風を司る聖霊よ! 渦巻く魔力を螺旋と変えて、我が敵を――」

「俗世を照覧せし気高き竜の雷よ! 天の果てより――」


 どうやら、覚悟を決める時間もないらしい。


 イチバチのギャンブルなんて、ボクらしくないんだけどなぁ……仕方ないか。


 コンパスを開き、夢幻の秒針を指で摘まむ。一息のもとにグイっと秒針を戻すと、一瞬世界が止まったような――いや、事実として止まったのだ。

 世界の時が止まった。ボクも動けない。だけど、ボクだけがこの場から”いなくなっていく”。


 いつしか、何度も見た”時の狭間”とやらにいた。進んでいく時間と戻っていく時間が海流のように流れる中、後者へボクは飛び込んだ。


 海流のように流れるのは、さっきまでここで行われていたやり取りだ。

 つまりは、逆流する時間の中だ。


 この時間の流れの中で、ボクの体はドンドン小さくなっていく――というより、幼くなっていく。


「これじゃ、大人なんて言えないや……せいぜい、五歳ってところかな」


 もう数えるのも止めたほど、夢幻の秒針を使って体は幼くなっていった。

 それももう、やはり限界のようだ。


「でも、自分のために使うんだ――海賊として、欲しいものを全て手に入れるために、守るんだ」


 ドンドン幼くなりながら、流れの中にアルビンが血の詰まった小瓶を手にしているのを見つける。

 もっと直前に戻れたらいいのに……そう思いながら、ゼノとグレインが、アルビン相手に呆れている様子の過去へ。手を伸ばす。


「あーあ、ちっちゃな小さな手のひらになっちゃった」

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