第23話 バカ二人
一回距離を置き、冷静に考える。しばらくして、まずは俺が口を開いた。
「守るって言ったよな? つまり、封印を解くのが目的じゃねぇのか?」
「そもそも、この俺が魔王の力や財宝を頼りにすると思うのか」
「……言われてみりゃ、プライドの高いテメェにしては妙だな。いや、だったらアルビンへの土産にでも……」
言うも、「アルビンだと?」とキレ気味だ。
「あんな立場だけの俗人にくれてやるものか。むしろ、奴の艦隊から何まで奪う気でいた。貴様こそ財宝を目当てに、フィンの体から血を一滴残らず搾り取る計画ではないのか?」
「汚い仕事はしてきたが、俺が女に手を上げた事あったか?」
「……認めたくないが、なかったな」
えーと、つまりだ。俺たちは互いの手の内がどうたら言って戦っていたというのに、まさか……
「俺はテメェがフィンを殺すと勘違いして、テメェは俺がフィンを殺すと勘違いしてた……で、互いにフィンを守ろうとしてた……まさか、マジでこんなしょうもない理由で敵対してたのか?」
「その……ようだな……」
ストン、と俺の手から剣が落ちた。頭を抱えて座り込んでしまう。
「はぁぁぁぁ~~? バカかよ、俺たち」
ポイっと、グレインも剣を捨てて腰を下ろした。
「馬鹿だな。この俺が自らを馬鹿と認める日がこようとは……しかし、貴様はなぜフィンを守るなどと考えたのだ」
「そりゃ、フィンにはサンランページの危機救ってもらってるからだ。フィンのいた森に何日か滞在したろ? 気の高ぶった暴徒みてぇな連中落ち着けるためにな」
グレインはあの時か、といった様子だ。なにやら深刻な顔もしている。
「テメェがなに考えて山三つ燃やしたのか知らねぇが、俺はあの時に色々話して、俺の心の底まで見抜かれて、他の連中と自分を見比べて……なんつーか、自分の浅はかさとかが恥ずかしくなってよ」
「貴様もか……俺もだ。どういうわけか、フィンには全てが見透かされれていた。そして言葉には納得に値する重みがあった。自らの愚鈍さを悔い改めてしまうほどにな」
「そーだな、俺も悔い改めた。自分を見つめ直すキッカケになったよ。まぁ金ならあったから、魔王も倒したし再出発がてら、戦うのはやめてエルフたちともっと共存する橋渡し役をやろうとしてた。帝国じゃ、俺は英雄だったからな」
なるほどと、グレインはいくらか頷いた。もう怒り狂って俺を殺そうとしていた姿は微塵もない。
合理的な判断を下すと、いい意味でも悪い意味でも氷のように冷たくなるのがグレインなのだから。
「だが貴様の計画に問題が生じた。エルフの山が焼かれ、軋轢が生まれた。そしてフルーブデゾーロの財宝に目が眩んだメンバーたちの手前、フィンを手放すことはできなかった……最終的にここまで連れてきたら、得意の話術か種でも仕込んで、解けないフリでもするつもりだったのか?」
まさにその通り。助けてもらって、自分を見つめなおすチャンスをもらったから、今度は俺が助けて、やり直すチャンスを与えたかった。
これこそが、俺が俺に課したフィンへの約束だったのだ。
「……で、テメェはなんで山を燃やしたりした」
疲れたので、もはや座り込みながら聞くと、グレインも腰を下ろしたまま「副リーダーとしての責任」と答えた。
「俺も貴様と同じだ。もうこの力で奪うのではなく、新たな自分へと導いてくれたフィンを守りたかった。だから勝手に火をつけ略奪を開始したメンバーは俺の指示でやったことにし、わざとフィンを実行犯から遠ざけるようにした――貴様の近くにおいておけば、誰も手出しはできないだろうからな」
つまりは、グレインを危険視する俺ならフィンを危険に晒さないだろうから汚名をかぶったのだ。
「それとだ、もう一度言うが、惚れてるだとか馬鹿げた事は微塵も考えていない。アルビンを殺し、仲間と共にエルドラード号を乗っ取ったら、フィンはどこかの里に預けるつもりだった。それで借し借りをなしにするつもりでな」
「仲間って……なんだ、皆殺しにはしてねぇのか」
「殺したのはあくまで、フィンを奪おうとした罪人だけだ」
確かにサンランページの強硬派が見当たらなかったが、それにしたって全員殺していては、アルビンから不信感を買うだろう。
おそらく山に火を放ったメンバーだけ殺したのだ。だから「地獄でな」などと言ったのだ。
「つまりなんだが、纏めると俺は言葉でフィンを守ろうとしたが誤解された。テメェは力でフィンを守ろうとしたが誤解しちまった。で、魔王を倒したサンランページが壊滅するまで誤解が続いて、同じ相手守ろうとしてたのにこんな戦いしちまって……」
「貴様の金に対する欲深さが、てっきりフィンを殺すと思ったが故に……」
二人同時に、特大の溜息が出た。座り込んだまま、ダラッとしてしまう。
なんというか、拍子抜けどころではないすれ違いだ。
思えばグレインが急いでいるように見えたのも、俺が生きてここにたどり着けば戦いになり、数で押されて強引にフィンを殺して封印を解くと思ったからだろう。
フルーブデゾーロに近づけば近づくほど、その焦燥感は高まっていったはずだ。
全ては誤解。全ては互いを知りすぎていたせい。何もかも、フィンのため。
「なんだったんだ、この一か月は……」
「俺のセリフだ……」
とにかく溜息をつくばかり。だがしばらくそうしていると、辺りがざわつき始める。
なんとなく感じていた気配にグレインと顔を見合わせると、二人して剣を握って立ち上がる。
どうやら、帝国海軍兵士に囲まれているようだ。
「……一応聞くが、テメェの差し金じゃないよな」
「当たり前だ。しかし、この数は艦隊の連中もつれてきたようだ」
「ってことは、誰かが指揮をしているわけで……」
その通り。そう聞こえると、ボートから陸地に上がったアルビンと数えきれない帝国海軍兵士に囲まれた。
「あの程度の毒で私の野望を潰せると思ったかな? 残念ながら、私はこうして生きている」
「フィンもイティも連れてねぇのに、野望がなんたらとよく言えるな」
「君たちを乗せていたシルバーウィンド号はどこかへ逃げたのでな……後で追うとして、ハイエルフの血なら、ここにもある」
アルビンは赤い液体の詰まる小瓶を取り出すと、ニヤリと笑った。
同時に、グレインは舌打ちをする。
「あれはフィンの血だ」
「厄介な事させてんじゃねぇよ……」
面倒な事になりそうだ。頭をボリボリと掻きながら、ボッーと血の詰まる小瓶を眺める。
「それ垂らして、魔王の力を手にするってか?」
「そうだ! 帝王すら震撼させた魔王の力により、私は帝国を手にする!」
「そいつぁよかったな。いい夢だと思うぜ」
「馬鹿げた誇大妄想だろうに。あれを貴様は夢と呼ぶのか」
「力のない子供って、よくそういう夢見るだろ?」
「なるほど、子供の夢なら納得だ」
なんて言っていると、流石のアルビンもカチンと来たようだ。
だがすぐに怒りを抑え、元の態度に戻る。
「フッ、なにやら余裕そうな態度だが、それもここで終わる。まずはここにいる全員で取り囲……」
「伏せてろ」
「言われるまでもない」
瞬間、周囲を固めていた帝国海軍兵士を風で吹き飛ばした。
追撃のように、伏せていたグレインの雷が襲いかかり、数百の帝国海軍兵士は一瞬で無力化された。
アルビンも吹き飛んだが、水の魔法だろうか? 海水を背にしてなんとか陸にかじりついている。
「貴様ら……! よくも私をこんな目に……!」
「提督さんよ、面の皮が剝がれてるぜ?」
「ええい、兵士共も早く戻ってこい! 私に続くのだ!」
怒鳴り、小瓶の蓋を開けた。魔王の力に頼るようだ。
いやしかし、これだけやって、まだ気づかないのか。
ここにいるのは、その魔王を倒した二人だというのに。
「さぁ、私に力を寄こせ……!」
アルビンは小瓶に詰まった血を垂らすと、周囲に黒い魔力――魔王との戦いで嫌というほど見た魔力が現れた。
それはアルビンを包むと、人間だったはずの体に魔物のような角や牙が生えてくる。
「力が溢れる――! かつて海を支配した魔王の力が、この身に溶け込むようだ!」
自信満々且つとても楽しげだが、風体はどんどんゲテモノの魔物へと変わっていく。
戻ってきた帝国海軍兵士も、その様に動揺していた。
「おい貴様ら、命が惜しかったら逃げろ。奴はもう人間ではない。生きたまま食い殺されるぞ」
一応上司にあたるグレインの忠告と、魔物へと変わりつつあるアルビン。
帝国海軍兵士たちは、その変貌に恐れ、泳いででも逃げて行った。
それだけ、アルビンの体は人間には見えないのだ。明らかに魔王の力を制御しきれていない。
体は肥大化し、裂けた腸から何本もの触手が伸びている。
その巨体を二つの足で支えられなくなったのか、前のめりに倒れると、胸を突き破って腕が二本生えた。
もはや、顔に関しては体に飲み込まれてどこにあるのかわからないほどだ。
「言葉すら失ったみてぇだな……形容しがたい化け物ってところだ。魔王はもっとスマートだったと思うんだが――んじゃ、久しぶりにやるか?」
言うだけ言ってみると、グレインの溜息交じりの声がする。
「放っておけば、フィンにも危害を加えるだろうしな……だが、もう俺は副リーダーではない」
「好都合だ。変に指示出さなくて済む。さっさと片付けるか――!」
グレインと共に、変貌したアルビンへと突っ込んでいった。
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