第22話 すれ違いの果てに

「まずはコイツだ!」


 ぶつかり合う剣に風を纏わせると、渦を巻かせ鋭利な形へと変える。


「なんだその、珍妙な形の剣は」

「俺が創った風魔法だよ! 名付けて”トルネードブレード”とでもしておこうか!」


 我ながらダサいが、回転する風にグレインの剣が巻き込まれ、構えている体勢が崩れた。


 隙を見逃さず、崩れた体へ蹴りを放つと、腹に受けたグレインはよろめいた。


「うらぁぁぁぁぁ!!!」


 速攻でトルネードブレードを解除し、振り上げた剣で斬り払う。

 だが蹴られた勢いを利用され、後方へ距離を取られた。


 そのまま電光石火で飛び退いていく。


「適当に創った魔法じゃ無理か……あとやっぱ、それ速いな。ただでさえ当てずらいってのに、面倒だ……なら! 本当にある魔法を適当にばらまくのみ!」


 グレインへ、とにかく風魔法を放つ。

 風魔法は局所に集中させる点の攻撃と広い場に広がる面の攻撃の両方が可能だ。

 点には威力が、面には範囲がといった強みがあるので、両方とも連打だ。

 しかし、


「数を撃てば当たるなど、この俺に通用すると思ったか」


 点も面も避けながら、グレインは脈打つ雷を四方に放ってきた。こちらと違って軌道を計算していたのか囲まれ、俺へ向けて降り注ぐ。


「じゃあ狙って放っても俺には当たらねぇよ!」


 風を纏わせた剣で一瞬の間に斬り払う。


 そして互いに舌打ちだ。


「こんだけ魔力使って、蹴り一発入れるのがやっとかよ。まぁ、これで俺に一点だな」

「剣と魔法の戦いで蹴りなど違反だ。数え直せ」

「じゃあ、こっからはまどろっこしいルールなんてねぇ戦いにするぜ……つまり遊びは終わりだ。今まで散々やってくれやがってよぉ、覚悟はできてんだろうな……!」


 俺が本気を見せると、グレインも剣を構えなおした。


「貴様こそ、この俺に負ける準備はいいか」

「んなもんはいらねぇ!!」


 剣だとか、そんなチャチなものに風を使うのはお終いだ。


「俺の体……いや、この島全部を巻き込めば避けられねぇだろ!!」


 俺を中心に、魔力を帯びた鋭利な風が荒れ狂う。グングンと膨張するそれは、嵐となってフルーブデゾーロを包んだ。

 もはや刃物が飛び交うのと同意義だが、吹き荒れる風の中、雷鳴が走る。


「では俺は、この嵐を利用させてもらうとしよう」


 砂埃と海水の混ざった嵐の中から、雷鳴が降り注ぐ。剣で弾くと、雷をその身に纏わせて甲冑としたグレインが突っ込んできた。


「“雷光防壁”だったか? わりぃがテメェの手の内は知ってんだよ! 嫌ってほど近くで見てきたからなぁ!」

「知るだけで勝てると思うな! それに、手の内については俺とて同じこと!」

「じゃあ本当の本当にまどろっしいのはなしだ! 叩き斬ってやる!」


 髑髏の中で嵐が吹き荒れる。雷鳴が荒れ狂う。その中で、俺とグレインは剣を叩きつけ合っていた。

 鍔迫り合いとも呼べない、まさに刹那の時だけ剣が触れ合う斬り合いの中、互いに溜まりに溜まった鬱憤が口から飛び出ていく。


「だいたいテメェがまどろっこしい事するから、海賊になんてなっちまったんだ! こんなバカもしねぇで済んだ!」

「貴様がリーダーとして正しく導いていれば、追放などという事をしなくて済んだ!」

「なんにせよ追放した挙句に、テメェについて行った奴ら殺しといてよく言えたなぁ!!」


 斬り払い、風に乗って飛び退き、渦巻く風を刀身に宿した。


「死んで行った奴らの分まで殺してやるよ――風を司る聖霊よ! 渦巻く魔力を螺旋と変えて、我が敵を貫け! “トルネードブレイク”!!」


 詠唱の必要な最上級風魔法に合わせるよう、グレインも刀身に纏わせた雷を破裂させるように叫んだ。


「俗世を照覧せし気高き竜の雷よ! 天の果てより光来せよ!  “神雷轟光”!!」


 魔王すら倒す全力がぶつかり合い、フルーブデゾーロが揺れる。空気が燃える。海が荒れ狂う。

 この島を含む全てが、俺たちの戦いに巻き込まれて叫んでいる。


 やがてフルーブデゾーロを震撼させた最上級魔法は相殺された。


「だとしてもなぁ!」

「むぅ!」


 今度は土煙の中突っ込んで斬りかかった。

 グレインも答えるように受けた。今度は鍔迫り合いとなり、俺の赤い瞳とグレインの青い瞳がぶつかり合う。

 互いに、まだまだ溜め込んでいた感情をぶつけるために。 


「俺はなぁ! サンランページもフィンもここに連れてくるって決めてたんだよ! 副リーダーのくせに邪魔しやがってよぉ!」

「それこそが傲慢だというのだ! 貴様の好きにさせるか!」

「好き勝手やり始めたのはテメェだろうが! そのせいで、なんで俺がエルフの恨み買わなきゃいけねぇんだよ!」

「貴様なら煙に巻けると思ったからだ!」

「……なに?」


 まるでそれは、俺に期待しているような物言いだった。

 だが、


「その上でフィンをこの手にする! 貴様を殺してな!」

「結局そこかよ! なんでそんなに俺を殺してぇんだ!!」

「貴様こそ、なぜそこまで金を欲する!?」

「欲して悪りぃか!」

「悪党のする事だと言っている!」

「悪党はどっちだ!」


 平行線だ。だが知ったことか。全部ぶちまけてやる。


「つーか、もう足洗う気だった! いいか? 俺はフィンをこの島に連れてきたら……」

「貴様の戯言など聞く気にもならん! この俺こそが、フィンを手に入れるべきだったのだ!」


 この言い方、やはりコイツは……。


「……惚れたからか?」

「なに?」


 鍔迫り合いは続くが、互いの力が弱まった。その内に聞いておくことがある。


「フィンに惚れたから、独り占めしようとした! そうなのかグレイン!」


 言うも、グレインは吐き捨てるように言い返した。


「馬鹿なことを……! こんな血と欲に汚れた身で、女の相手などできるか! 俺はただ、フィンと己に約束をしたまでのこと!」

「俺だってそうだ! 俺だってフィンとサンランページをこの島に連れてきて……」

「俺とて、海軍の連中をこの島に連れてきて……」


 俺たちの渾身の叫びが同時に木霊した。


「言葉で説得して、フィンを守ろうとしてたんだよ!」

「力で皆殺しにして、フィンを守ろうとしていた!」


 シン、と肩で息をする俺たちの間に静寂が流れた。

 俺もグレインも、こんな全力で戦いながら嘘をつく暇がないのは百も承知。

 今叫び合ったことは真実だ。戦いに身を置いてきた俺たちなら、疑うことはない。


 嵐も雷鳴も止むと、俺は非常に難しい言葉探しの末に、ようやく口を開く。


「守る……? いや、封印はどうした?」

「それは……こちらのセリフというものだ」


 お互い溜まった鬱憤を怒鳴り散らして最上級魔法をぶつけ合う”殺し合い”をしていたというのに、一気に力が抜けてくる。


「まさか……ちょっと待て、一回話を整理するぞ」

「……いいだろう」


 奇妙な連帯感が、今の今まで殺し合っていた俺たちに生まれていた。

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