第20話 ニオの秘密

 さぁて、さてさてさて、もうじきフルーブデゾーロにつく。

 どうなるにせよ、ようやくどうでもいい”魔王の力”関連の話が終わる。


 適当にグレインと交渉して、ほどほどに封印を解いて、そこそこ封印された財宝を頂いたら、とっととレイヴンスカルへ戻ろう。

 ジルスに連れてこさせた船乗りとゼノという戦力を得て、ようやく屈強な海賊と自由な海の旅に出られるのだ。


 気分よくラム酒を片手に甲板に出た。見上げると、とても月の綺麗な夜だ。

 これから起こる事への不安が拭われるようだとか思って舵を手にしようとしたら、雲がかかり始めた。


 両親の形見であるコンパスを開き、一緒についている秒針に目をやる。

 何度も”使った”秒針だ。両親によく言われたっけ、これを使うなら、自分のために使えって。


 ボクが欲しいのは自由な海を行く事だけだ。水平線の彼方まで、みんなで船乗りの歌を歌いながら行くだけ。


 ボクの望みなんて、単純なものだ。だからとっとと魔王だ提督だなんて終わってほしいのだけど……。


「おぉっと、針路上に遥か彼方に消えゆく夕日のように美しい大自然の贈り物が出現!」

「……ふざけないでください」


 闇夜に舞い散る幽魂のように、フィンがフラリと現れた。


「ふざけるな? ボクのセリフだよ。船長が船を操っているっていうのに、おふざけで舵の前に立たれたんじゃ座礁しちゃうかもよ?」

「ここには島も浅瀬もありません。フルーブデゾーロまで時間もあります。座礁なんてしません」

「冗談の通じない子だね……」


 この子は陸にいる時からずっと人質だった。いつも壊れ物のように大切に扱われ、この体を使ってサンランページを落としていっても、フィンにだけはたどり着けなかった。


 だから、実際この子がどんな性格でなにを考えているのかは、ボクにもわからない。


 きっと、知っているとしたらゼノとグレインだろう。

 あの二人は、相当フィンに入れ込んでいる。フィンもまた、ゼノを見る瞳に例えようもない――なんだろうか。とても言葉では表せないけれど、敢えて言うなら、慈しみを込めていた。


「で、なにか用かな? これでもストーカーみたいにシツコイ男騙すのに頭使ってるんだけど」

「本当にそうですか?」

「さぁねぇ~」


 フィンが紫紺の瞳を尖らせた。静かで優しそうな子に見えて、意外と強い一面もあるようだ。


「少しでいいですから、真面目に話をしてくれませんか?」

「ボクはいつだって真面目さ。納得がいかないなら、お得意の目で心を見たらどうだい?」

「……見ました。見ただけに、とてもあなたという女性が信じられないのです」

「このボクを、女性ね……見た通りまだ二十歳になっているのかも怪しいのに、誉め言葉として受け取るべきかな? それとも――本当に全部見えちゃった?」


 自分で言うのもなんだけど、妖艶に笑いながら問いかけてみる。

 フィンは難しい顔をしたけれど、すでに死を覚悟していた身だ。ボクでも、その凛然とした態度は崩せない。


 しかし、どうやら顔を見るに心を痛めているようだ。だとしたら、ボクについて”ある程度”見えたのだろう。


「あなたもですが、まずそのコンパスについて聞きたいことがあるんです。もしかしてあなたの持つのは、ハイエルフとエルダードワーフが共に作り上げたという”秘宝”なのではないかと思いまして」

「……それがなにか? 海賊なんだから、秘宝くらい持ってるさ」


 はぐらかせるかなぁ……いや、どうやらこのコンパスについて、よく知ってるみたいだ。

 訝しむように、フィンは問いかけてきた。


「秘宝は、あなたが生まれるずっと前に別の大陸へ輸送中、不運にも昔に名を馳せた大海賊によって略奪されたはずなのです」

「まさか、こんな小娘がそんな大それた物を持っているとでも言うのかい?」


 コクリとフィンは頷いた。イティはともかくフィン相手に口先で誤魔化すのは限度があるようだ。


 仕方ない。ボクも少しは真面目に向き合ってやろう。

 けど、その前に


「君の疑問やら質問に答える前に、一つ教えてくれないかな。さっき聴いたあの歌、グレインもゼノもとんでもなく特別に感じているようだったけど、あれは何だい?」


 聞くと、フィンは立てかけてあったハープを手に取った。

 演奏をするのではなく、優しく弦を撫でている。


「サンランページが山を焼いたという話はご存じですよね」


 頷くと、フィンは悲し気な顔をする。そっと立ち尽くす言葉に尽くせぬ美しさに、遠い過去を懐かしむ哀愁が感じられた。


「ゼノとグレインは、おそらく非常に難しく、そして簡単なすれ違いにより敵対しています。何もかも、私がハイエルフだったから――欲を煽ってしまったから、争わなくてもいい二人が争おうとしています」

「おいおい、せっかくボクが言葉でどうにかしようとしているのに、それはないんじゃない?」

「……すみません。ただ、あの歌を語るにあたり、それだけの過去があるのだとご理解ください」

「なんだか一々仰々しいね……それで? あの歌は二人にとってなんなのさ」

「私が見えた範囲でゼノとグレインの心からするならば――約束、でしょうか」


 約束。それは簡単な言葉に聞こえて、海よりも深い意味を持つ言葉だ。


 魔王を倒し、富と名声を得ながらも”更に求めた”あの二人なら、どんな約束をしたのか。


 続けるように促すと、「まだ森の焼かれていない時」とフィンは言った。


「サンランページが欲におぼれそうな時、偶然私の住む森を横切りました。その時に見たゼノとグレインは、非常に事を急いているようで、連れている仲間たちは、暴徒のようで……放っておけなくなり、私はハープで癒しの音色を奏でました」

「それがさっきの歌ってわけかい。まさか歌に感動してサンランページが正義の味方になったとか言わないよね?」


 フルフルと首を振ったフィンは、しかし、と続ける。


「しばらく私の森――エルフの住む里で過ごすこととなり、ハイエルフである私を頼ってか、サンランページの今後と、個人として魔王を倒してこれからどう生きていくべきか迷っているゼノとグレインが訪れました。もちろん、互いに秘密の事でしょう。私もそこについては黙っていました」

「君はそこで、あの二人の今後についてアドバイスをしたとでもいうのかい?」

「それもしましたし、悩む二人の心を落ち着けるためにハープを奏でました。元より強い二人です。いつしか悩みを解決すると、まるで生まれ変わったかのようでした。ゼノは晴れやかにエルフと人間の融和を目標とし、グレインは黙っていましたが、立ち去る際に初めてほんの少しの笑みを見せ、お礼を言っていきました。二人とも、いつかもう一度歌を聞きに来ると言い残し、サンランページは去るはずでした」


 パチン、と指を鳴らして見せた。


「ああ、そこでグレインが山を焼いてまで君を手に入れたと。手に入れちゃえば、歌もハープも聞き放題だしね。売り払わなかったり、ドレスを着せて機嫌を取ってた理由が分かったよ」

「……私は、グレインがやったとは思えないのです」


 否定の言葉を口に出そうとして、やめた。あのグレインが惚れているとして、奪っていくのなら手段は択ばないはずだからだ。


 黙ってあげたのは、どうにもフィンはゼノとグレインを比べると、後者の方に思い入れがあるようだからだ。


「あの歌と君たち三人の関係性にはある程度納得した。特にゼノとグレインは普通の男じゃない。魔王すら倒し、それでも権力の座に座ることを択ばずに更に自分の足で求めるものを手に入れようとする欲張り者だ」


 さながら"常奇の花"と”孤高の光”とでもしておこう。


 さて、フィンから聞きたいことは聞かせてもらった。次はボクの番だろう。

 コンパスを手にすると、これをもらった日を懐かしく思い返す。


「君の言う通り、これは海賊だったボクの父が略奪した物だ。見ての通り普通のコンパスだし、中を見ても懐中時計と一緒になっている以外、特別な所はない――でも、君はそう思わない。このコンパスに秘められた”魔法”を知っているから。そうだろう?」

「……コンパスに意味はありません。本来の役目を隠すためと、あくまで航海のための物でしょう。ただ懐中時計の秒針は、”夢幻の旅路の行先を示す”と呼ばれていると聞いています」

「よく知ってるね、その通りだよ。けど名前だけのようだ。なんで御大層な名前がついているか……知りたい?」


 フィンはゴクリと生唾を飲むと、頷いた。


「あなたがなぜ、”そのような姿なのか”。きっと、秘宝のせいなのでしょう。この後、フルーブデゾーロで誰かの欲望が魔王の魔力を解放した時、その秘宝にある”時”に関する魔法ならば、全て止められるのではないか。そう期待して、あなたに問います。その秘宝――”夢幻の秒針”の全てを」


 夢幻か……そんなものはない。言葉の通り、夢は幻と消えたさ。だから自分で掴むんだ。

 だとしても、確かに魔王の力とやらにゼノが負けるようなことがあったら困る。

 ならば語ろう。なぜボクがここにいるのか。

 

 この、”時を操れる魔法”が込められた夢幻の秒針のことまで。



――――――

【作者からの心からのお願い】


『完結済みだから安心!』『毎日二話更新を約束!』


 以上は必ず守ります! この作品は"コメディ"を学ぶために書き始めましたので、それを感じられたら以下願いします!


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