第19話 グレインの情

 アルビンが倒れたことで艦隊は足止めできた。

 しかしエルドラード号はついて来ている。グレインが指示を出しているのだろう。これではどこかへ逃げるわけにもいかない。


 それにフルーブデゾーロまで、もう半日とかからない。

 艦隊が動けないのなら同じ戦力で地に足つけて戦える機会は今しかないのだ。

 

 そんなことをニオとイティと話していると、小さな声が聞こえた。


「やはり戦うしかないのでしょうか……」


 フィンだった。目前に迫ったフルーブデゾーロで、イティと二人、文字通り鍵を握るので同席させている。

 ようやく取り返し、エルドラード号について聞けるかもしれないと思ってというのもあったが、戦いを嫌がっているようだった。


「和解の道はないのでしょうか」

「フィン、それはのう……」


 イティが言葉に詰まると、ニオが代わりに続けた。


「向こうからしたら、君たちハイエルフはなにがなんでも取り返したい存在なんだ。アルビンは生きてて、グレインに関してはゼノへの怒りもある現状、嫌でも戦いになっちゃうよ」

「フィンよ、それがわからないわけではあるまい。ここまで来たら、ゼノとニオがわっちら二人を守りぬき、グレインとアルビンを倒すか、その逆かしかないのじゃ」


 姉のイティに諭されても、フィンは顔を伏せたまま悲し気だ。


「私はあの船で、グレインのお世話になっていました。部下に任せればいいような雑事も、あの人がやってくれていたのです」

「それは君が封印のために大切だからで……」

「だとしてもです。どうせ殺すか利用するのでしたら、なぜあんなに付き添ってくださったのか……利用するだけでしたら、船底の牢屋にでも繋ぎとめておけばいいというのに」

「うーん……情を植え付けて君をもっと効果的に利用しようとしてたとか?」

「でしたら、なぜ表面上だけでも取り繕わなかったのか、わからないのです。情で私の心を動かそうとするのでしたら、あのように怒鳴ったり、時に冷たくすることはないはずなのです」


 封印に利用するためだけなら奴隷のように扱って、使い終わったら売り払うかすればいい。

 結果生きていればハイエルフとして高く売れるし、死んでいても「ハイエルフの死体」として、帝国の魔法研究施設に売ることもできた。


 情で落として利用するなら、フィンの言う通り、グレインの態度はおかしい。


「やっぱり、そういうことなのか?」


 一人ポツリと呟けば、三人が俺に注目する。


「そういうことって?」

「一つの可能性に確証が持ててきてな」

「……グレインの、情ですか」


 どうやらフィンは察しているようだ。奴らしくもないが、最近のグレインを近くで見てきたフィンもそう言うのであれば、見当違いということもないだろう。


「グレインはフィンに惚れてるってことだ」

「へ? いやいや、あのグレインが?」


 俺の言葉に、ニオは動揺していた。サンランページについて調べていたのなら、グレインの性格はよく知っているのだろう。

 そう、よく知っている。俺の場合知りすぎていた。だからここまで気づけなかったし、イティがそんなようなことを言った時も信じられなかった。


 だがこの前の船でのやり取りから、グレインがフィンを利用しようとしているのではなく、ましてや殺すだなどと考えていないと確信が持てた。


「グレインも男で、フィンは美しい。奴だって救ってもらった恩義を感じている。惚れてなくても、傷つけたくないと思っているのはよくわかった。どういうわけか、俺のことは殺したくて仕方がないみてぇだがな。まぁつまりだ」


 一度間を置き、らしくもないことを口にする。


「説得できるかもしれねぇ。こんな事はしたくねぇが、フィンを人質にすれば、話し合いにはなるだろ」

「あのグレインが……けど説得するにしても、君が出て行ったら襲いかかってくるかもよ? 殺したくて仕方ないんでしょ?」

「ああ、俺じゃ無理だ。奴についてはよく知ってるつもりだが、何であそこまで殺したがってるのかわからねぇ」


 そこで一度区切り、「だが」と続けた。


「ここに何度もグレインを出し抜いて、俺より口の回るやつがいる。ついでに、そいつは職業柄金に目がないように思われてて、何をしでかすかわからねぇ不気味なとこもある。その場でその場でのアドリブも得意だしな」


 フィンはサッパリといった様子だが、イティはピンときたようだ。当の本人も、不満げな顔を隠さずにいたが頷いている。


「ボクにグレインを説得しろって? 結構な無茶ぶりだね」

「その無茶を俺に突き付けてきたのはお前だろ。それに今回ばかりは適任だ」

「でもボクは大した魔法も使えないし、剣もまだ修行中だし……」

「その分、悪知恵と口先は天才的だろ? それに万が一襲いかかってきたら俺が相手する。さっき言った通り、白黒つけてやるよ」


 しばらく「うーん」と腕を組んでから、仕方ないかと溜息をこぼす。


「これが終われば、ようやくボクの願いも叶う。やって見せようじゃないか」

「一か月の付き合いだが、お前なら何とかなる。グレインのことを余程見抜けてねぇ限り、こっちの要求をのませることは可能だ」


 こうして、フルーブデゾーロへ着くまでの半日間、各自が準備へと取り掛かった。

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