第18話 針路が決まった
チラッとフィンを回収しつつ離れていくシルバーウィンド号へ目をやる。
突撃のようにただぶつかるのではなく、しっかりとした舵さばきで操られていた。
グレインも同様に見やってから、ハッ! と笑った。
「あの船がまともに動いたということは、海賊の小娘はすでに逃げたようだな」
怒る声を抑え、帯電した剣を抜くグレインの元へ、大勢の海軍兵士が集まってくる。
「ここにいるのは、俺の下についた奴らだけだ。俺と共にどう戦うかを頭に叩き込ませた男たちだ。その意味が分かるな?」
「あぁ、よーくわかるぜグレイン。サンランページの切り込み部隊リーダー、グレイン・ガルバル……懐かしいな、まだ売り出し中の時は雷魔法にずいぶんと世話になった。それについて行った連中も大概だったが、またかき集めるとはな。しかしだ、」
少し間を置き、辺りを確認する。エルドラード号に来てからどうにも気になっていたが……
「他の連中はどうした? さっきからお前に従ってた強硬派の顔を全然見ねぇが」
「……貴様に関係あるのか? 所詮裏切った奴らだろう」
「裏切者とはいえ元は仲間だ。この船にいねぇんなら、周りの軍艦か?」
聞くも、雷を纏った刃を向け、冷たく言い放った。
「すぐ会える。地獄でな」
「おい……おいテメェ……まさか……!」
「全ては俺のためだ。いくら血が流れようとな」
「このっ……!」
しかし思わず剣を抜く瞬間、疑問が生じる。グレインなら、今からでもシルバーウィンド号へ飛んでいくことも可能だ。
だというのに、俺一人殺せたら、それこそフィンすら手放していいような……
「遅いぞ」
「ッ! チィッ……!」
抜いた剣を構える前に、雷により弾き飛ばされた。
正真正銘丸腰になってしまった。
そんな俺へ、グレインは一歩一歩踏みしめるように近寄る。
バチバチと帯電する雷が、「お前を殺す」という意思を表しているかのように激しく脈打っていた。
「もう貴様には何も与えない。抗うための剣も、共に戦う仲間も、生きる時間さえも……!」
丸腰になって、更に追い込まれておいてなんだが、目的が見えない。
本当に何がここまでグレインを駆り立てる?
「死ねッ……!」
「ぐあっ……!」
距離を詰めるかと思っていたら、雷撃により吹き飛ばされた。
帯電した体は、そのまま海へと落ちていく。
反撃も何もできず、海の中へ。
バチバチと体を駆け巡る雷にもがきながら、ニオの策が成るのを待つことができずに意識が遠のく。
このままでは不味い。更に雷を海面に受ければ、こんな掠れた意識など吹き飛ぶ。
「くそ……水面へ……!」
船と船とがぶつかり合う高波の中でもがき苦しみ、痛みに意識が遠のいていると、グレインが特大の雷を天に召喚しているのが見えた。
「……今度こそってか。報いってのか? これから清算するって時に……」
もはや沈んだ方がいいかもしれない。少しでも電撃の届かぬ海の底へ。
やがてグレインの雷が降り注ぎ、激しい痛みと共に、意識を繋ぎとめていた意思が折れていく。
体は波に飲まれ、そのまま沈んでいく。もともと抗う力などないに等しかったのだ。意思の力すら弱まれば、重たいこの体が沈んでいく事だけなのはよくわかっていた。
冷たい。暗い。もはやそんな簡単な感情しか思い浮かばないほどに沈んだ。
グレインの雷も、大砲の発射される爆発に紛れて判別できない。
底なしの深海に沈むのみ。そう、諦めかけた時だった。
「ラ、ラララ、ラ――」
どこからか懐かしい歌声と旋律が聞こえてきた。
いつか聴いたハープの心地いい音色。聞こえるはずもない鳥のさえずり。川のせせらぎ。
「ラ、ラララ、ラ――」
――聞こえるは、美しい歌声。ハープに歌声なんて付き物ではないと知っていながらも、あまりに美しく、透明に混じるが故に違和感などない歌。
魔王を倒したサンランページが、次なる得物に飢え、暴徒と化して人々の住む町や村を襲ってしまう一歩手前で聞こえてきた、優しくも暖かい旋律。
どんな欲深な男も、暴力的な輩も、何も考えていない馬鹿も、思わず聴き入っていた、あの歌だ。
もう一度聞きたい。俺はその一心で、サンランページを海に連れだした。
いつかエルフたちとの軋轢がなくなるその日まで、あの美しい娘を宝物のように守るために。
金じゃない。力でもない。初めて俺が、”言葉”で、”対話”を選ぼうとした。
血を見ない選択をした。
この欲に腐った世界で、欲と罪に汚れたこの身を洗い流して、いつか――いつかと、”夢”を何度も心に約束してきた。
新たな夢の場所へいつか――俺のかき集めた金が、どこかの島に野花の咲き誇る世界を創る日まで。
あの娘を――!
「そーらよ」
なんて聴き入っていたというのに、無粋な声とやかましい水しぶきがする。
水面に引き上げられる体と、引っぱたかれる頬の痛み。
急かさないでくれ、こちとら、帯電したまま海の中に落ちたんだ。そのまま追撃を受けて沈むことを選んだんだ。
だがもうとっくに起きる覚悟はできてるから、頼むから、この懐かしい感覚を壊さ……
「とっとと起きないと人工呼吸しちゃうよ。病気あるかもよー」
……それは嫌だな。
「ったく……人の気も知らねぇで……」
「あ、起きた。っていうか、よく生きてたね。もう死んだものだとばかり思ってたのに」
「長生きの秘訣は健康と音楽だって、死んだジジィによく言われたのを守ってきたからな……あと金にゆとりを持つこと」
ある意味全部に助けられたが、一旦船の上を見る。
案の定、グレインが動揺していた。
「おいグレイン、さっきの歌覚えてるか?」
「……貴様も覚えているのか」
「あれのおかげで、サンランページは犯罪者集団にならずに済んだからな。しかし意外じゃねぇか、テメェみたいな冷たい奴がよく覚えてたな」
「俺だって副リーダーだ。パーティーの危機を救われた恩を忘れるほど恩知らずではない」
こいつ、まさか本当にフィンを……。だとしても、
「だがどうやら人でなしだな――よくも残ったメンバー、殺しやがったな」
ニオも海軍兵士も置いて行かれる中、俺とグレインの間でだけバチバチと睨み合いが続く。
「こうなったら、次は逃げねぇで戦ってやる。ここで殺したきゃ、また雷でも落とせ。それでテメェが満足な……」
「あーやめてね!! もしボクたち殺したらフィンもイティも殺すように指示出してあるから!! 実は裏で金掴ませた殺し屋乗せてあるから!」
ポカ、とかポンではなく、ゴン! とニオの頭を殴った。
「空気読みやがれ馬鹿!! 人がせっかく覚悟決めて格好つけてるときに邪魔すんな!!」
「君の酔狂で殺されちゃたまらないんだよ! っていうか、ボクの言った時間守れずに負けたの君でしょ!? あと少しでアルビン殺せたのにさ!!」
図らずしも、ニオの反論を耳に入れた帝国海軍兵士たちは「提督が!?」と動揺している。
同時に船の上から、「解毒薬を持ってこい!!」との声がする。
「……人でなしはどっちだゼノ、まさか敵とはいえ騙した上に毒を盛るとはな」
「うるせぇ!! しつこく付け回してきたそっちがわりぃんだバーカ!!」
もう、どうとでもなれだ。「バカバカバーカ!」と叫んでから、しっかり回収に来たシルバーウィンド号が縄を垂らしたのでよじ登る。
「とにかくいいか! 次だからな! 次に白黒つけてやる! フルーブデゾーロで待ってるからな!!」
「それまでハイエルフはボクたちの手にあるのを忘れずにね!」
どれだけの艦隊を率いていても、肝心のハイエルフがこちらの手にあっては大砲の一発も撃てない。
本当ならニオがカップに仕込んだ毒でアルビンを殺し、指揮系統までメチャクチャにする手はずだったのだが……
「なんで殺さずに俺の方に来た。そりゃ助かったがな……」
「だって仕込んだのはあくまで麻痺毒だし。色々と物色してたら兵士たちに囲まれて、仕方ないから君の方へ逃げてたらやられてたからさ」
ガクッ、とよじ登る腕から力が抜けた。
「俺は……俺はお前の貪欲さに助けられたのか……? いやいや、俺はあのハープの音色と歌声に……」
「シケタ歌がするから、てっきり死んだかと思ってたけど」
「人様の思い出にケチつけんじゃねぇ!! 俺はフィンの歌声に金以上の価値を見出して……」
と、怒鳴り散らしながら登り切った時だった。
この船にしては珍しく、静謐な空気が流れた。
「……改めて、お久しぶりです」
「あ……その、なんだな……俺はぁ……」
クスリと、びしょ濡れになりながらもハープを手にするフィンが笑ったように見えた。
「思っていたより、乱暴な方だったんですね」
「いや、その、だからな? あの時は急いでて……」
「気にしていませんよ――ちょっとだけ怒ってますけど」
やはりフィンを前にするとだめだ。
女とか惚れてるとか、そういう、俺が言うのもなんだが”俗物的”なものとは違う感情に飲まれてしまう。
そこへ、役目を全うし涙を流して駆け寄ってくる影があった。
「フィンよ――!」
「――姉さん」
舵取りをしていたイティだった。
イティが舵取りをしていたから、グレインはニオが逃げたと勘違いして、俺の方へ注意を向けてくれた。本当ならアルビンも仕留めて逃げるはずだったのだが――
「よく見とけよお前ら、見目麗しいエルフの姉妹の、感動の再会だ」
もはやサンランページを名乗ることのできる数少ない仲間へ語りかける。
俺の意思がなんとなく伝わっていたのか、黙ってついてきた連中は涙ぐんでいた。
「なかなか見れたもんじゃありませんねぇ……旦那は、きっとこんな日を待っていたんじゃないんですかい?」
「普段は突っ込んだこと聞いてこねぇお前にしては珍しいな」
「だって旦那、いつになく朗らかに笑ってるんですもの」
「……まぁ、美人でスタイルのいい女二人が抱き合ってりゃ、男は笑うもんだろ」
俺の夢は、もっと先だ。
矛盾に聞こえるかもしれないが、金をかき集めて欲のない世界を創る。
ほんの小さな島でいいから、この二人と見守るエルフたちが静かに暮らせる場所を――
なんて思っていたら、スッ、とニオが抱き合う二人に寄り添って、なんだかよくわからないがそれっぽいポーズをした。
「……金髪の貧相なガキが密航してるぞ。おい誰か、ボートで港に届けてやれ」
「ボクは実は呪いにかかってこんな体になっていてだね……」
「頭を打っているらしい。誰か診てやれ」
「そんなに間違っちゃいないのにさぁ……まぁとにかく! ようやくこのセリフが言えるよ! 言っていいかな!?」
「言わせてやるから、早く離れてやってくれ……」
とにかく、ニオはフフンと笑ってからコンパスを開いて水平線の先を指さす。
「針路が決まった! シルバーウィンド号全速前進!!」
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