第17話 取引

 軍艦に囲まれる中、シルバーウィンド号を隣につけ、俺とニオがエルドラード号へ話し合いのため乗り移る。

 帝国海軍兵士に睨まれながら広い甲板を行くと、船長室らしき部屋へ案内された。


 中にはアルビンとグレイン、それにフィンが待っていた。


「ようこそ、ゼノディアス君」

「こちらこそどーも、アルビン提督。それと俺のことは親しみを込めてゼノでいい」

「ではゼノ君、ポートリーフではゆっくり話もできなかったから、どうだね? 紅茶でも。もちろんそちらのお嬢さんにも」

 

 いただくことにしたが、ニオが顔をしかめる。


「どうかしたかな?」

「あーいや、これでもボクは海賊で君は提督だからさ。毒でも入ってないかって心配で」


 それを聞くと、アルビンはクククと笑った。


「この私が小娘……失礼、お嬢さん相手に毒を盛ると? すまない、私では考えも及ばないからか笑ってしまったよ」

「そういう人に限って騙してたりするんだよねぇ……」

「ではカップを交換してあげよう。私のカップなら毒など入っていないだろう?」

「頼めるかな。それに提督のカップで紅茶を飲めるなんて、海賊としての武勇伝に加えられそうだ」


 妙なやり取りが続く中、グレインは俺に対し一瞬たりとも気を抜いていない。

 だが知ったことか。俺はフィンの方へ手を振っておく。


「綺麗なドレスだ。ここでも丁重に扱われているようで良かった」

「……どうも」


 元気がないのは当たり前か。カップに口をつけつつ観察していると、アルビンが「しかし」と切り出す。


「海賊とやらは単純なものだな。追い詰められ助かるための道と褒美を見せれば、あっさり食らいついた」

「お言葉だが、今の俺は半分くらいしか海賊じゃない。それに、こうして閉所なら追い詰められてるのはどっちだ?」

「風魔法で暴れるというのか? だとしたら、シルバーウィンド号はどうなるのかな? 聞いたところではお嬢さんが未熟なエルフたちの代わりに船を操っているそうではないか。その上、魔王を倒したゼノ君という戦力の欠けた船では、いつまで持ちこたえられるか。君ならよくわかるだろう」


 単純に俺とニオが不在という状況。軍艦に囲まれているという戦力差。グレインという俺に匹敵する相手。


「お手上げなのが正直なところだ。だから下手に逃げずに話に来た」

「こちらとしてもうれしい限りだ。君という戦力は戦艦十隻に値すると言っても過言ではない。暴れず騒がずこうして来てくれた礼と言っては何だが、君たちが所望するだろうハイエルフをこの場に同席させてもらった。紳士的な計らいとでも思ってくれ」

「俺も金に目がない紳士で通ってる。気が合うかもな」


 出来るだけ友好的に接しようとしていた矢先、グレインの瞳が鋭く光る。


「……おい、フィンを売る気か?」


 何度も聞いてきた凄みのある声音だ。だが、アルビンはカップに口をつけて微笑むばかり。


「あくまで可能性の一つとしてだ。どういった話し合いになるにせよ、ハイエルフは互いにとって有益な存在だ。最終的にこのハイエルフを手にした者が、フルーブデゾーロに魔王が施した封印を解けるのだからな」


 やはりバレていたか。バレてなきゃいいなとは思っていたが、そこまで甘くないようだ。

 こうなりゃ、話に乗っかるだけだ。


「流石は提督だ。フルーブデゾーロと魔王の伝説にも詳しいらしい」

「おっと、私と親睦を深めて無罪放免にしてほしいのか? 構わないが、ここにいるグレインが許すかは保証できない」


 クルっとグレインへ向けば、抑えている怒りが爆発しそうだった。

 

「許すものか! このまま終わると思うなよ!? すぐにでもここで殺してやりたいところだ!」

「おいおい、話し合いの席で怒鳴るなよ」

「そうだぞグレイン。この場は言葉による取引で解決する。間違っても暴れてくれるな? サンランページが大いに暴れて魔王城が崩れたとも聞いているからな」


 不服そうな顔だが、舌打ちするといくらか敵意が薄れてくれた。

 それを見て、俺は取引の口火を切る。


「手紙にあった裏切れってあれだが、断らせてもらう。代わりに何でも言ってくれ」


 ふむ、と一考したアルビンは、人差し指を立てた。


「では私からゼノ君に求めるのは一つ。封印を解く事を邪魔しないでもらいたいということだ。もちろん聞ける範囲での要望にはこたえよう」

「というと、あくまで提督の狙いは封印にあるってわけだな? しかしどうして、そこで俺を黙らせるような提案をする?」


 首を傾げて見せると、アルビンは紅茶のカップに口をつけながら、まさに俺自身が厄介だと答えた。


「先ほども言ったが、君という戦力は計り知れないのでな。私たちとしても敵にしたくない。最終的にこちらが勝つにしても、もしも戦いのさなかハイエルフに逃げられでもしたら取り返しがつかないのでな」

「なるほど、つまりは俺を敵に回さずハイエルフを連れて行きたい。なんなら俺の邪魔もここで未然に防いでおきたい。そういう事か?」


 頷くアルビンから、ニオへ視線を送ってここまで順調にやったかの確認をする。

 小さく頷いたので続けた。


「だとしたら俺の求めるものは二つ。一つはグレインの怒りを抑えさせて金輪際俺を狙わなくさせること。それと、アンタも含めて俺たちに関わらないことだ」

「しかしその二つを飲むにあたり、ますはグレインの怒りを抑えなくてはならないわけだが……」


 チラリとアルビンが視線を送ると、グレインも人差し指を立てた。


「一つだけ俺が譲歩できるとしたら、貴様がフルーブデゾーロへ行かないというのなら、こちらから縁を切ってやるということだけだ!」


 妙な条件だな、と思ってしまった。てっきり俺を殺すまで許さないだとか言い出すと思っていただけに拍子抜けだ。

 だが、アルビンはもう一つ問題点があると口にする。


「関わらないというのは今後ずっとか? 提督である私に海賊行為をする君たちを見過ごせと?」

「いや、俺と俺の仲間たちが下りたら好きにしろ。好きなだけニオの船に大砲で風穴開けてやれ。あくまで俺が欲しいのは地上での再出発の機会だけだ」

「なるほど、承知した。君が思いのほか冷たい人間であることもな」

「しばらくはフルーブデゾーロを目指すんだろ? ニオなら上手くやるって信じてのことだ」

「賢いようで、目先の事だけだな。フルーブデゾーロまで、もう一日とないのだぞ?」


 繰り返すように、ニオなら上手くやると返した。


「よろしい、地上でパーティーを組み悪党退治をしてくれるならゼノ君は見逃すが、海に残ったお嬢さんは容赦しない。確認するが、それでいいのだな?」


 ここまで蚊帳の人だったニオは、茶菓子をもぐもぐしながら手を振ってこたえた。


「ボクの事なら心配なく! どこか遠くの海にでも逃げるから。提督は財宝と力を手に入れ、グレインは恨みを捨てて提督と一緒に封印を手にする。そしてゼノは地上で第二の人生を始めて、ボクは遠くの海で自由気ままに生きる。みんなにとって最高の取引だ!」


 ポン、とニオの頭を叩いた。


「あんまり場を引っ搔き回すこと言うな。まとまってた話が取り消しになるだろうが。あとはもう黙って船に戻って、今後について話すだけだ。しかしとにかく、取引成立だな。個人的な感情も含めて全部解決だ」


 隙を見てもう一度ニオの顔を伺う。頷いたので、”計画通り”という事だろう。

 だったら好きにやれと、こちらからも合図を送る。


 口角を上げたニオは、「とはいえ!」と、袋詰めの茶菓子をポケットに仕舞いながら話し出した。お得意の話術のお出ましだ。


「ちょっとガッカリなこともある。提督ともあろう人が目的はあくまで宝、ゼノも知ってたけど金のために陸に戻って、グレインは相当憎んでるはずのゼノを宝のために逃がすときた……誰か海の素晴らしさを求める奴はいないのかい?」


 ニオは各自に視線を送りつつ、そろりそろりと部屋の中を動き出す。

 変に注意が行かないよう、「そりゃみんな金は欲しいだろ」と答えておく。


「それに提督だって俺にはサッパリだが海の素晴らしさとやらをわかってるから、こんな役職にまでのし上がれたんだろうしな」

「無論だな。だが、提督として海の素晴らしさを満喫するのは海賊を根絶やしにしてからだ。そういう意味では、出来損ないの海賊とはいえゼノ君が抜けてくれるというのはとても嬉しいことだ」


 だとさ、とニオへ最後の合図を送る。チラリと移動して窓の外を確認したニオは、「よーくわかった」とお道化だした。


「ゼノがヘマしてくれたお陰で提督様とこうしてお話しできた。ボクみたいな若輩者が広い海を行くのに大事なことだ。個人別でもっと平和的に話したかったよ。特にグレイン、君の野心には大いに興味がある。もちろん提督にもね。それからゼノ……ボクとじゃやっていけないんだね。悲しいよ。あとついでなんだけど……余裕故かな。時間かけすぎだよ」

「おいグレイン、どっかに掴まってる方がいいぞ」


 なに、と口にする前に、エルドラード号が大きく揺れた。グレインもアルビンも体勢を崩す中、俺とニオは笑いあう。


「時間通りにシルバーウィンド号の突撃成功っと。じゃあボクは先に逃げるから!」


 何かを企み、行動に移したのくらいはアルビンならすぐに気づく。

 扉を開けて出ていくニオを追うように海軍兵士やグレインに指示を出す中、座っていた椅子から落ちたフィンに駆け寄って抱き上げた。


「お待たせ女神様、さて早速だが荒っぽく逃げるぞ」


 扉を出て、すでにニオを追おうとしていたグレインと相対する。

 ニヤリと笑ってやり、フィンを抱えたままニオと反対方向に逃げた。


「ゼノォ! 貴様図ったのか!?」

「半分な! もう半分はニオだよ!」


 待てと叫んで追ってくるが、そう呼び止めて止まった奴など見たことない。

 立ちふさがる海軍兵士を風魔法で吹き飛ばしながらシルバーウィンド号へ走っていくと、フィンへいたたまれないような演技を見せてやった。


「本当はこんなことしたくないんだがなぁ……」

「え……え?」


 お姫様抱っこのフィンを胸より高く持ち上げて、転がってきた樽に足をかける。


「泳げるよな?」

「え……え!? まさか……ちょっと待っ……!」


 待ってる暇はない。フィンを海へと放り投げた。手筈では、エルフたちが総出で助けてくれる事になっている。


 「優しい方だと思っていましたのに!」と聞こえた気がしたが、今はそんな事より……


「貴様……!」


 何度も出し抜かれて怒り心頭のグレインから逃げる方が先だ。

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