第15話 要約するとヤバいことになった

「宴じゃ!」


 レイヴンスカルで勝利を収めてから一か月ほど。フルーブデゾーロまでもう少しという航海の中で立ち寄った港町の酒場にて、イティがジョッキを掲げる。


 ここも血の気の多い海賊の港だというのに、他のエルフと俺の仲間たちを巻き込み、飲んで騒ぎ始めた。


「嬉しそうだね」

「そりゃ、ようやく船の動かし方マスターしたからな」


 ポートリーフでは散々未熟だと思い知らされ、レイヴンスカルではニオの介抱以外出番がなかった。

 ハイエルフとして非常に気に食わない事の連続だったのか、ニオをもって「しつこいよ」と言わしめるほどに船や海について質問し、勉強に励み、体を鍛え、今や舵取りまでできるようになった。


「ほれ皆の者! この場を盛り上げるのじゃ! わっちも得意の演奏をしようではないか!」


 「族長様の”アレ”が聴けるぞ!」と声を上げたエルフたちは、船から持ってきたのだろう思い思いの楽器を手にした。


 イティもその手にリュートを持つと、静かながらも良く響く音色を奏で始めた。

 他のエルフたちはイティの音色に合わせるよう、フルートやヴァイオリンで一つの旋律を酒場に届けている。


 徐々に酔いつぶれていた海賊や殴り合っていた連中も耳を貸すようになり、口笛を吹いて「よぉし!」と店のあちこちからアコーディオンやウクレレを持ってきた。


「エルフとのセッションなんて滅多にねぇ! あんま騒がしくして邪魔すんなよ!」


 誰かが言うと、海賊たちはエルフの落ち着いた旋律に陽気なメロディーを重ねていく。

 イティも気づいてか、だんだんと演奏を賑やかなものへと変えていき、いつしかエルフと海賊が音楽で一つになっていた。


「……やっぱ、音楽っていいよな」

「旦那もそう思いますかい」

「そりゃ色々あったしな」


 へっへっへと、メダルカは笑った。らしくない穏やかな顔までして恥ずかし気に頬をパチンと叩いて言う。


「懐かしいですねぇ」

「もっと沢山言いてぇことはあるが、今はその一言に尽きるか」


 そうして、メダルカとジョッキをぶつけ合った。


「旦那とあたしらを救ってくださった森の女神様に」

「同じく、俺を変えてくれた女神に」


 一気に飲み干すと、ドンとジョッキを机にたたきつけ、メダルカを蹴り飛ばした。


「おら、お前も混ざってこい!」

「とは言われましても、あっしに演奏なんて出来ませんぜ」

「いーんだよ、音楽は適当で。細かいこと考えねぇで適当に雰囲気に任せて歌っとけ。よくあるだろ「よーほーよーほー」とか。それっぽいことして混ざっとけ」


 残っていた他の連中も全員背中を蹴り飛ばす勢いで混ぜると、歪ながらも騒がしい、なんというか……


「海賊らしくなってきたね」


 同じテーブルにいたニオがつぶやいた。


「まさか、お前と同じこと思っていたとはな」

「かれこれ一か月も一緒にいるからね」

「だな。それに最初こそはすれ違いが起きるんじゃないかとか気にしてたが、そんなこともなかったしな」


 ニオと二人、少し離れたテーブルでそんなことを話していた。


「にしても、今のなに?」

「サンランページには守護聖人がいるんだよ」

「女神って言ってなかった?」

「細かいことはいいんだよ! で、二人になったわけだが……」


 気がかりなことがあるので、俺は少ししか酒を飲んでいない。ニオに関してはシラフだ。


「さて、どこから話したものかな……」

「ならまずは俺から言わせてもらうが、ここ最近港町に寄るたびに視線を感じる。もちろん、今も誰かに見られてるような感覚があるな」

「同意見だね。この港町も子供のころから何度も寄ってきたけど、変な雰囲気だ。まさに、誰かに見られているような……」


 なんてニオが口にした時だった。雷が落ちるような轟音が店の外に響くと、扉が蹴破られた。


「ゼノォ! どこにいる!」

「げっ、グレイン!?」


 怒りの形相のグレインが、バチバチと帯電しながら店の中に入ってくる。

 なぜここにいるのが知られてしまったのか。まさか、ここで戦う気なのか。

 なんにせよ不味い。テーブルの下に隠れてヒッソリコッソリ逃げようとしたのだが、


「俺から隠れられると思うな!」


 落雷が頭上のテーブルを粉々にした。そうして顔を合わせると、苦笑いを浮かべる。


「よ、よぉ、元気にしてたか?」

「先に言うが、無駄口を交わしながら隙を探すという貴様の手の内を知っている」


 バレていた。いやまぁ、そりゃずっと同じ手法を近くで見ていたので知らないはずもないのだが。

 仕方なく、剣の束に手をかけながら用件を聞く。


 すると、グレインは大いに不満そうな態度のままズンズン迫ってくると、一枚の手紙を差し出した。


「アルビンからの手紙だ。読んだら己の浅はかさを悔いながら内容に従え」

「手紙……? ってか、なんで俺がここにいると……」


 俺へ向けてというのも不気味だ。

 封を解きながらあれこれと考えていたが、内容を目にして言葉を失うほどに驚愕した。


 ビリアル経由で俺たちの動向が知られていたこと。すでにこの港町は帝国海軍が囲んでいること。

 その上で、話し合いの場をエルドラード号にて設け、俺に魔王の懸賞金以上の大金を積むからニオを裏切るよう記されていた。


「……やべぇな」


 ようやく出た言葉がそれだ。魔王を目の前にしても回っていた口先がなかなか回らない。


 ニオが隣から覗こうとするのにも直前まで気づけなかったほどだ。

 すぐに折りたたんで仕舞うと、どうにか口を開く。


「と、とにかく手紙配達お疲れさん。じゃ、帰ってくれ」


 言うも、グレインは抑えていたのだろう怒りをあらわにすると剣を抜いた。


「多少痛めつけておいた方が逃げられなくなってこちらとしても好都合だ……!」


 雷が店の中を竜のように荒れ狂うと、グレインは斬りかかってきた。

 咄嗟に避けるも、次の一撃がくる。こちらも抜かねばやられるが、こんなところで本気でやり合ったりしたら、仲間全員に被害が及ぶ。


 そう困っていると、不運にもグレインの雷を背中に浴びた海賊が振り向いた。


「ガァァァ!! 痛てぇぇ!! テメェこの野郎! 俺様を誰だと思ってやがる!」

「なんだ貴様は。用はない。黙っていろ」

「バカにしやがって! 野郎ども! ぶちのめせ!」


 どこかのタフな船長だったようだ。命令に従った男たちがグレインへ襲いかかっていく。


「フンッ」


 しかし呆気なくやられるか避けられていた。あんな雑魚では束になっても敵わないが、突っ込んでいった一人が勢い余って別の海賊が宴をしているテーブルに転がり込んだ。


 そちらでも大声が上がり、連鎖するよう次々と戦い――というより喧嘩は広がっていく。


 この場では当たり前なのか、エルフたちと演奏していた海賊たちは曲調を一気に変え、罵詈雑言とやかましい音楽で酒場は一杯になった。


 図らずもグレインを邪魔してくれる海賊たちも大勢現れ、奴も困っている。


「ええい! なんだ貴様らは! 退け! 黙れ!」

「なんだぁ? 喧嘩売ってきたのはテメェだろうが!」

「俺は他の海賊は皆殺しにしてもいいと提督から許しを得ているのだぞ!」

「提督だぁ? 馬鹿言うんじゃねぇよ! テメェだってチンピラのくせによお!」

「この俺が、チンピラだとぉ!?」


 チンピラ扱いに怒りの矛先を変えたグレインと、勝てないにしても邪魔をしてくれる海賊たちから、ニオとコッソリ逃げて行った。


「なんかアイツ、今までより短気になったっつーか、急いでるように見えるな……」

「そんなことより、ボクとしては手紙の方が気になるんだけど」

「それは、その、あとでな」


 まずはイティとメダルカたちを回収して逃げなくてはならない。演奏していた場へ急ぐも、なにやら得物を手にしている。


「奴こそわっちを侮辱しフィンを攫ったグレインではないか! この場で報いを受けさせてくれる!」

「いつもなら戦いたきゃお好きにって言うとこだが、アイツ相手は分が悪すぎる!」

「戦わずに逃げるというのか! それは臆病者のすることじゃ!」

「恥に塗れて泥を啜ってでも時には逃げるのも大事なんだよ! よく考えろ! フィンを取り返したときにお前がいなかったら悲しむだろ!」

「ぬ、ぬぅ……しかし、このような機会はそうそうないというのに」


 そうこうしている内にも、グレインは迫って来る海賊たちをたった一人で片付けている。


「戦略的撤退だ! 近いうちにグレインとは会うことになるだろうから、今は我慢してくれ!」


 どういうこと? とニオが聞くが、今は逃げるのが優先だ。酒場に集まった仲間たち全員を連れて逃げると、グレインの叫び声が聞こえてきた。


「どこにいったゼノォ! かかってこい!」

「悪いがもう外だよ」


 とはいえ、この手紙どうしたものか。不安を抱えながら、船へと戻ったのだった。

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