第12話 かつての仲間と嵐の前の静けさ
困ったときは俺を探すか船に逃げるように言っておき、ニオと二人になる。
「で、俺たちの喧嘩相手に当てはあるのか?」
「なんらって~? ボクにはわかんな~い」
「いきなり過ぎて流石に酔ってる演技なのはバレバレだぞ」
「チッ、バレちゃった」
ぽこんと小突き、とっとと話すように急かした。
「悪かったって、久しぶりに戻ってきたからつい羽目を外しちゃったの」
「結構飲んでるように見えたが、全然シラフじゃねぇか……で、当ては?」
「海賊を探すなら海賊に聞くのがいいからね。さっきも言ったけど、ここにはなじみの顔もいるし」
「だからそいつを連れていけねぇのかよ」
「海賊にも色々いるのさ。ボクたちみたいに補給なりで停泊してたり、乗る船がなくて酒浸りだったり、玉無しだったり。それから最後に、敢えてここに残って海賊の情報を取り扱う人もいる」
なるほど、常に船に乗って略奪しているだけではないようだ。
不安定な海賊家業からどうして足を洗わないのか不思議に思えてくる。
とはいえ、
「その残った奴に頼るのはわかったが、よく仲間を売るような真似して襲われねぇな」
「歳で引退したけど、全盛期は誰もが震え上がる海賊だったからね。敵に回すと逆にやられるのさ」
ニオは千鳥足だった演技も止め、まっすぐに喧噪の中を進んでいく。
しばらくすると、他の窓が割れていたり看板が傾いていたりする酒場よりかは見栄えのいい店に連れてきた。
「たしかこの酒場がお気に入りだったよね……」
ニオは懐かしそうにつぶやき、扉を開いて店内を進むと、やがて店の奥で机に突っ伏している銀髪の大男を見つけた。穏やかに目を細めたかと思えば……
「しつれーい」
机にある酒の残るジョッキを手に取ると、それを大男の頭にぶっかけた。
途端に、ガバッと身を起こす。
「何しやがる!!」
馬鹿みたいにデカい声だ。それに寝ていたので気づかなかったが、かなり皴だらけの顔であり、口ひげも顎髭もボサボサだ。
「このワシに喧嘩を売って、タダで済むと思って……」
と、そこまで言ってからニオの顔を凝視して固まってしまった。
「久しぶり、ジルス」
ニオが出会って初めて純粋な笑顔を見せると、ジルスと呼ばれた筋骨隆々の大男は目を擦って頬を叩いている。
それから皴だらけの顔が笑顔になり豪快な笑い声をあげると、ニオの肩をバンバンと叩いた。
「ニオ!! おお!! 元気にしてたか!! 海に出るとは言っとったが、まさかこんなに早く会えるとはな!!」
「痛たた……まぁジルスに鍛えられたからね。さて、いろいろと話があるんだけど、いいかな」
「そりゃ構わねぇが、そっちの兄ちゃんはどこの馬の骨だ? まさかニオの男か?」
馬の骨とはご挨拶なことだ。それに今までサンランページにいた時は名乗らなくても向こうから気づいたものだが。
とにかくだ。
「今やただの脱獄囚ってところだ。で、アンタは隠居した爺さんか?」
「脱獄囚? じゃあ、なんかやらかしたから海賊に転職か? だったらまずは、洗礼代わりにワシを爺さんなどと呼んだことを後悔させてやらんとな……!」
「老い先短いのにいいのか? 怪我するぜ?」
なんて睨み合っていると、ニオが間に入った。
「説明するから、まずは二人とも席についてくれるかな」
喧嘩をしに来たわけではないので席に座ると、ニオはまずジルスと呼ばれた大男を指さした。
「この人の名前はジルス・ベルト。父さんの船で副船長をやってたんだ」
「ほう、この男には船長のことも話しているのか」
「色々と訳ありなのさ。ボクとこのゼノっていう男とは”約束”をしていてね。”今回の件が全部片付いたら”改めて話に来るよ」
牢屋の中、ニオの語った全てが思い出された。
ニオは俺という魔王を超える船員のために捨て身になった。
乗組員にするために、フィンを助けることへも協力してくれているようなものだ。
最終的にフィンを救って、グレインともケリを付けたら始まる航海――ニオの真の目的地。
この口ぶりでは、ジルスにはその時に協力してもらうのだろう。
なんとなく察したらしい。黙って残った酒を飲むと、「で」と顔を近づけた。
「何をしてほしいってんだ。船長の娘だ。ワシにできることならなんでもするぞ」
「なら手っ取り早く話すよ。昔みたいに未熟な船乗りたちをとっとと鍛え上げて遠くの島に行きたいんだ」
ジルスはそれだけ聞くと、少し心配そうにニオを見つめた。
「要は未熟な奴らを使って戦うんだろ? 大丈夫なのか? 船長だけじゃなく、お前まで失ったらワシは……」
ニオの父は大海賊とだけ聞いている。どうやら死んでいるようで、この口ぶりではジルスはニオを娘か孫のように思っているようだ。
「海賊が弱気だな……だったら俺が守ってやるよ」
横から、肩を落としたジルスと言葉を探すニオへ向けて言ってやる。
「いや守るっていうより、どんな敵も船も俺が切り裂いて倒してやる。危険になる前に倒しちまえば、心配することもないだろ」
自信満々に言い直せば、ジルスは目を尖らせた。
「兄ちゃん、何者だ?」
「勇者より強い賞金稼ぎってとこだ」
引き合いに出せば誰しも驚く人物なのだが、ジルスは納得のいかない様子だ。
「あんな輩比べ物にならん。そもそも陸と海じゃ力関係は変わってくるぞ」
「ならなおさら俺の方が上だ。なにせ俺の得意は風魔法だからな。風に左右される海戦なら、器用貧乏な勇者より何倍も役に立つ」
「……クハハ、面白い男だ。どこか船長に似ているな。その自信も、若さ故のものではなさそうだ」
「おいおい、もうアラサー手前だぞ」
「とすると、ニオとたいして離れていないな。今の自信が本当なら、ニオの婿にしてもいいかもしれん」
ニオはやはり本当に大人なのか? いや、そんなことは今どうでもいい。
そんなことより言っておくことがある。ビシッとニオを指さしてやった。
「こんな寸胴で何考えてんだか分からねぇ奴を一生の伴侶にはしねぇ。本当に大人なのかも怪しいもんだしな」
「海賊は別に嘘つきじゃないんだけど――ま、ボクはやぶさかではないけどね」
やぶさかではない。まさか女からこのセリフを言われて全く嬉しくないとは。
「どうせ船を動かすのに風魔法が便利だからとかだろ」
「そのためならこの体と心をあげるって言ってるのに。ああでも、六十には引退ね」
「どうせそれだけじゃねぇんだろ?」
ニオは少し考える素振りを見せると、早口でまくし立て始めた。
「引退までに子供は最低でも三人。内二人は海賊にして、一人は海軍に忍び込ませて内情を探らせるんだ。出来たらそこからお金を搾り取れるといいな。たまの休みに隠してある船に乗って君の風魔法で優雅に自由な海を行く家族サービスもお願いする」
「そんな我儘な奴と結婚するんなら独り身で孤独死した方がマシだ! ってか海賊のお前に子育てなんてできるわけねぇだろうからどうせ俺が面倒見る羽目になるだろ! そう考えたら老後まで俺一人が頑張るんじゃねぇか!」
なんて言っていると、ジルスは声を上げて笑った。
「息ピッタリだな! ニオがワシの前に連れてくるわけだ! よし任せろ、ここには俺でも手が出せねぇヤバい奴らから売り出し中の雑魚までひしめいてるからな。全部この頭に入ってる。怒らせ方はお前の方が得意だろうから任せる。明日の朝にまた来てくれ」
そうしてニオが「助かるよ」と言って席を立とうとしたとき、その手を取られていた。
「船長の娘とようやく再会したんだ。少しくらい一緒に飲んでくれよ」
その時、初めてニオが顔をひきつらせた気がした。
「ええと、たしかジルスって物凄くお酒強いよね? その少しって、小さい体のボクの少しと違うよね?」
「船長の娘だろ? 樽の一つや二つ軽いもんだろ」
「樽って……ちょっとゼノ! 助けるんでしょ!? 早速助けてくれないかな!?」
おそらく出会って初めて動揺している。これはいい薬になりそうだ。
「正確には倒すって言ったからな。俺に年寄りは斬れねぇよ。んじゃ、他の連中のとこに顔出してくる」
「ちょっ待っ……!」
この先見れるかわからないニオの同様っぷりを堪能してから、エルフたちの確認へ向かったのだった。
夜が更けて乗組員が眠りにつく頃、フラフラのニオがようやく返ってきた。
「朝から飲み続けていたようだな。どうだった生まれ故郷の酒は」
「ちょっと今……酒って言葉使わないで……」
呂律は回っている。小娘だったら倒れているところだ。小さい体のくせしてやけに酒に強いようだ。
とはいえ、さてどうしたものか。コイツには色々と世話にもなったが、馬鹿にもされてきた。
――よし、パッと頭の中に浮かんだの全部口にしてやる。
「ラム酒蜂蜜酒リンゴ酒葡萄酒」
「やめてってば! 目の前で吐くよ!?」
「んなのは見慣れてる。ここ数日の自分の行いを反省でもするんだな」
「はぁー……二日酔いにならないといいけど。それで、残りのみんなは?」
「一応明日についての話し合いはしておいたぜ。しかし酒臭いな。さっき積み込んだ酒樽から零れでもしてんのか?」
「わかったから、もう言わないで……」
意地悪もこれくらいにして、明日についてニオと最後の確認へ移る。
「お前の要望通り、一人一人エルフの得意不得意を纏めて、今日の収獲から得られた結果も鑑みて陣形は練っておいた」
「ああ……そういや、君には乗り込み部隊を指揮してもらうんだったね」
「お前は船の上から残ったエルフたちへの指示出しだよな。とにかくしっかり話し合っておいたから、そろそろ寝ろ」
「やけに優しいじゃないかい……」
「陣形だとか戦術は練れても、お前がしっかりしてねぇと船動かせないからな。二日酔いを言い訳にされて負けたら死んでも死に切れん」
なんて言葉に、ニオはフラフラになりながらもキョトンと首を傾げた。
「君なら一人で倒せるとか言ってたじゃないか」
「俺たちがやるべきは団体行動だ。それに俺が本気出したら、この船もタダじゃすまないぞ」
「じゃ、いつか使うかも知れない最後の手段ってことで……おやすうっ!」
口を押えて俺の見えないところへ走って行ってしまった。多少は女としての意地もあるようだ。
「介抱は役目がないだの文句言ってたイティに任せるか」
俺のまとめた資料に今も目を通しているようなので、乙女のピンチとやらをイティに伝えに行ってやった。
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