第10話 眠れなかった夜

「おはようさん……くあっ……」


 出航した翌朝から大欠伸である。

 リーダーということであてがわれてた船室でゆっくり寝たつもりなのだが、どうにも眠りが浅い。

 メダルカたちも心配している様子だ。


「旦那にしては珍しいですね。今までどんなところでも爆睡でしたのに」

「俺としても不思議だ。別に魔物に襲われるってわけでもねぇのに、なぜか寒気がして眠れなかった」

「誰かが恨みごとでも言ったんでしょうかねぇ」

「さぁな。で、お前らは朝早くから起きて何やってんだ?」


 エルフ含め、ニオからあれやこれやと指示を受けていた。

 俺以外の男は全員叩き起こされたのか、目にクマを作りながら甲板を駆け回っている。


 何をしているの見に行くと、ニオは疲れと参りを混ぜたような顔をしていた。


「思ったより覚えが悪いね君たち……」

「なんだニオ、早起きして先生役をやっててくれたのか?」

「その通りだけど、先生じゃなくて船長って呼んでよね」


 ハイハイと流しつつ、疲れ切っているエルフと、まだまだ元気なメダルカたちへ視線を移す。


「じゃあ船長さんは具体的には何にお困りだ?」

「具体的もなにも、船の動かし方全部だよ。君の仲間もエルフも覚えが悪くて難航中さ」

「んなこと言っても、俺の仲間は陸での経験しかねぇし、エルフは森育ちだから仕方ねぇだろ」

「そうは言ってもねぇ……ちょっと想定外かも」

「完治したメダルカたちすら問題なのか? 船の仕事って言うと、コイツらみたいな力の強い奴が適任だと思うが」


 んー、と腕を組んだニオは、「まず」と切り出した。


「そりゃ力の要る仕事は多いよ。集団行動の経験も豊富だから十人でも事足りる。そういう意味じゃ、屈強な君の仲間たちは適任ともいえる。けど、そんな力任せだけじゃ船は動かない。逆にエルフたちは手先が器用だから、海に慣れてさえくれたら足りないところを補えるんだけどね」


 そこへ、一連の流れを見ていたイティが加わる。


「郷に入っては郷に従えとも言うじゃろ。こうして海におるのなら、なにか手はないのかの」

「うーん、あんまりお勧めできない方法ならあるけど……ちょっと考えさせて」


 ニオは俺の仲間とエルフたちを数えると、ブツブツ呟き出した。


「現場での指揮はゼノに任せるとして、こっちの船はボクが指示を出して……」


 何を考えているのか聞こうとして、ニオはここにいる全員に聞こえるよう声を張り上げる。


「出航が遅れたとはいえ、グレインたちはボクたちと違って統率の取れたメンバー沢山と熟練の船乗りだらけなんだ! 時間をかけず、海にとっとと慣れてもらわないと困る! そこで策があるんだけど……確認ね。みんな泳げる?」


 一同が頷くと、ニオは仕方ないかといった様子で切り出した。


「なら最悪引き上げて逃げるとして――いいかい、物資の補給とか船員を休ませるとかで、いくら急いでいても、いくつかの港で休むことになる。ボクらは海賊だから、時には相応の港でね。まぁ実はもう海賊の港町へ進路を変えてあるけど、まずはそこで海賊と酒でも飲んで触れ合ってもらう。その間、ちょっと護衛代わりにゼノを借りて、君たちへ”荒療治”をするための準備をする。いいかな?」


 何をするのかと声が上がると、ニオは悪い顔をした。


「その名の通り、荒っぽく、海賊らしくの勉強会さ――ボクたちと同じ規模の海賊団相手に喧嘩を売って、まずは全員で海に逃げる。それから追ってきた奴らを迎え撃つ。実際命がけで戦えば慣れるって寸法さ」


 ザワつく一同の中、少しばかり意外な口ぶりでニオへ問いかけた。


「お前にしちゃ、ずいぶん行き当たりばったりなやり方だな」

「だから荒療治って言ったでしょ。で、みんなやる? というか早いところ慣れてくれないと追いつかれるから、みんなやれる? 成功させられる?」


 誰も自信はないようだ。しかし、ここでやらなくてはニオの言う通り追いつかれてしまう。

 更に言うなら追いつかれた時、海に慣れていなければ負けるのは確実だ。


「その港町に着くのはいつだ」

「このペースでも明日の朝にはなんとかなるかなぁ。でも長居はできないよ。補給も含めて一日陸で休んだら出航だ」

「朝から夜まで休ませるついでに海賊相手に酒を飲ませておいて、その間に喧嘩売る相手を見定めて……」

「ついでに逃げる時間も頭に入れてね」


 今までの経験と、ニオの語る現状。それらを合わせて考えると、声高に支持を出す。


「全員ニオの指示に従って、その港町に全速力で向かえ! 体力もできるだけ温存させとくために交代制で仕事に取り掛かるのも忘れるな! 着いたらニオと一緒に喧嘩相手を見繕ってくるから、総員覚悟しとけ!」


 俺の声に、メダルカたちだけでなくエルフたちも力強い眼差しになると、教えられていたのだろう持ち場へと着いた。


「……あれ、なんか君の方が船長っぽいんだけど」

「海の上でのあれこれには優れていても、お前まだ人を率いたことがないんじゃないのか?」

「そりゃまぁ……うん」

「だったら俺から学べ。そんでとっとと生かしてくれ。あくまで船長はお前だからな」


 俺には集団を率いる術や知識はあれど、海に関しては無知に等しい。

 だからニオの力と知恵が必要なのだ。その上で、俺が叩き上げてきた知識を吸収して、立派な船長になってもらわないと困る。


 幸いニオは頭がいい。脱獄する時の会話から、それは知っている。

 同時に船長へのあこがれが強いことも。

 案の定やる気になったのか、「よし!」と声を上げている。


「やってやろうじゃないか! 野郎ども! もう一度ビシバシいくよ!」


 気合を入れたニオは、早速甲板で指示を出している。心なしか、俺の真似をしているように見えた。


「さて、つまりは明後日には海で海賊相手に戦うわけだが……」


 一人、頭の中で考える。どんな海賊なら、生け捕りにしてギルドに突き出せば金になるのか。

 別に今回の件とは関係ない。誰とも知れぬ悪人の海賊と戦うなら、報酬として金が欲しいのだ。


 こんな状況でも、金が好きなのだ。


「グレインがいたら呆れてるだろうな」


 それでも、たいていの状況では金なのだ。

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