第3話 未熟な長は己を知る

 わっちのことを”お嬢ちゃん”などと呼んだゼノディアス・グランバーグ……ゼノと呼ばれる者がどこかへと連行される中、わっちらエルフはグレインなる者が率いるサンランページに囲まれ、海軍司令部とやらへ連れてこられた。


 エルフたちを束ねる長として、虚勢と知りつつも動揺を見せずについてきたが、通された豪華な内装の部屋にて、ついに驚きが顔に現れてしまった。


「フィン! こんなところにおったのか!」


 驚くのも無理はない。部屋の外で待つ仲間たちに見せてやりたいほどに美しく着飾ったフィンがいたのだから。

 洒落た内装の部屋で、わっちの妹にして同じくハイエルフであるフィン・フィアーラは、深窓の姫のような美しさを帯びていた。


 グレインなる者と提督を名乗ったアルビンなる者がどういう魂胆でここに連れてきたのか知らぬが、喜びのあまり、フィンの腰かけるベッドへと駆け寄った。


「怪我はしておらぬか? 酷い目にあってはおらぬか? いや聞かなくてもわかる。辛いことが沢山あったのじゃろう。綺麗じゃった髪が白く染まっておるのじゃからな……。しかしよかったのう、こうして生きて再会できたのじゃから!」


 聞きたいことも、言いたいことも沢山あった。じゃが、フィンは紫紺の瞳を伏せたまま、細く暗い声で言った。


「……もう、放っておいてください」


 それはまるで、この世の全てに絶望したかのような雰囲気すら感じさせた。


「何を案じておる? こうして会えたではないか! あとは共に新たな森を探そうではないか!」

「……姉さんは、何もわかっていないようですね」


 なんじゃと、と聞き返すより早く、グレインなる者が歩み寄ってきた。


「イティ、と言ったか? フィンを取り返すのはもう諦めるのだな」

「貴様、何様のつもりじゃ! フィンはわっちの妹じゃ! ハイエルフとしてエルフ族を率いていく役割のある特別な存在じゃ! わっちをここまで連れてきたのなら、意地でも連れて帰らせてもらうぞ!」


 虚勢ではなく本気でまくし立てたのだが、グレインは天を仰ぐような仕草で呆れ、ため息までついている。


「会わせてやったのは、貴様もフィンと似てとても美しく、姉だと聞いたからだ。実の姉に会えば、なかなか俺に心を開いてくれないフィンとも上手くやれると思ったからな」

「なんじゃ、まさかフィンに惚れておるとでもいうのか? ではなおのこと、わっちらエルフと友好的な関係を気付こうとは思わぬのか!」

「この俺が、一人の女如きに惚れてると勘違いされるとはな……まぁ、フィンの美しさには価値がある。そして価値のある物は一方的に奪っていくのが新たなサンランページのやり方だ。わかるか? “お嬢さん”?」

「わっちらが下手に出ておればつけあがりおって……! ではエルフの力を見せてやろうではないか!」


 わっちの声を扉越しに聞いてか、外で待っていた仲間たちが魔法を唱えだしたようだ。

 ここまで弓も矢も取り上げられなかったので、エルフ故の高い魔力から繰り出される魔法と合わせれば、五百の人間は無理でも、ここにいるサンランページくらいは……


「どうにかなると思ったか?」


 仲間の魔法が発動したのは確かだった。早い者ならこのような室内でも矢による戦闘も可能なはずだった。

 わっち自身も得意である氷の魔法により氷柱を空中へ展開させていた。


 じゃというのに、全ては瞬きほどの間に潰されてしまった。

 仲間の魔力は、どうやら人間の魔力と力によって体を押さえつけられ無力化され、バキバキと音を立てて矢が折られている。


 ハイエルフであるわっちですらも、グレインが放った電撃により氷柱は砕かれ、この身は麻痺させられ、その場に伏してしまった。


 何もかも、一瞬で終わってしまった。


 身動きの取れないわっちに、グレインは冷酷さが溢れんばかりの瞳で見下してくる。


「外のエルフは弱くない。俺なら見ればわかる。経験に裏打ちされた実力のある者たちだ。まともに戦っていれば、ここに連れてきたメンバーだけでは勝てなかったかもしれない」

「く、くぅ……では毒でも盛ったというのか……!? 姑息な罠を仕掛けていたのか!?」


 この問いにすら、グレインは呆れかえっている。


「なぜ自分たちが勝るとも劣らないというのに一瞬で負けたか、わからないのか? 貴様はこの俺が姑息な手段を使わなければ勝てないとしか思いつけないのか? ――負けたのは貴様が集団を束ねる者として未熟だからだ」

「なんじゃと……?」


 ゼノという人間と同じことを言われ、言葉を失ってしまう。


「俺はサンランページにおいて、副リーダーとして部下に指示を出し、策を練り、魔王すら倒してきた一人だ。その俺が、取り返しに来た貴様らを大事なフィンに会わせるというのに、部下へ何ら策を授けずにいたと思うのか? 何通りものエルフの戦術を考えて伝えていないと思ったのか? 部下たちがそれらを即座に実行できないと思うのか?」

「なにが言いたいのじゃ!」


 また溜息をつかれた。呆れる心底がにじみ出ておるようじゃった。


「だからエルフをまとめる貴様が未熟だと言っている。貴様が俺のように、あるいは認めたくないがゼノのように部下たちへ適切な指示を出せていれば、少なくとも勝負にはなっただろう。卓越していれば、フィンを取り戻すことさえできただろう。何度でも言うぞ。貴様が未熟でなければよかったのだ」


 ゼノとやらにも言われた、わっちの未熟さ。

 こうしてハッキリと告げられ、わっちはそれを痛感した。もっと前から、遡るならフィンを取り戻すと仲間を集める時から、自身は研磨しなくてはならなかったのだ。


 わっちは傲慢だった。ハイエルフという特異性に胡坐をかき、あまりに怠惰で自信過剰でありすぎた。


「――そろそろいいかね」


 部屋の奥で一連の流れを見ていたアルビンとやらがグレインへ声をかけた。


「先ほど伝えるよう頼んだが、こうして敗北した今、もう一度伝えておこう。お前たちエルフには、明朝サンランページのリーダー、ゼノディアス・グランバーグの絞首刑に立ち会ってもらう。そして方々のエルフたちに伝えるのだ。ハイエルフを攫ったサンランページは壊滅し、そのリーダーも”自分たちの手によって”殺したとな」

「貴様……! 勝手に奪い、勝手に利用し、その上でわっちらに仲間へ嘘をつけと言うのか……!」


 アルビンへ憎しみの籠った視線と声を向けるが、グレインと共に氷のように冷たい声が返ってきた。


「そうだ。魔王を打倒した今、この世界は人間の物だ。お前たちエルフは、これからその下につくことになる」

「貴様は!!」

「皆殺しにされないだけありがたいと思え。しかしだ、お前も含めてエルフは魔力に長け、美しい者が多い。下手なことを考えなければ、一部の者には相応の地位をくれてやろう」

「くっ……傲慢な人間め……!」


 ハイエルフだというのに情けなく、これからのエルフの未来が闇に閉ざされると知った時だった。サンランページではなく、海軍の衛兵がやってくると、アルビンに敬礼をした。


「報告いたします! グレイン様へ献上する予定だった"エルドラード号"へ、自称”海賊”が侵入し、船を奪おうとしたとのことです! ですが賊は一人の小娘であり、すでに捕縛しました! いかがいたしましょう!」


 アルビンは鼻で笑うと、牢屋へ連れていくように命令した。


「海賊と言うが、たった一人の小娘とはな。一人でエルドラード号を動かそうとしたとでもいうのか? バカバカしい。あの船は最低でも六十人で動かすというのに」

「そういった愚かな海賊を掃討するため、この俺たちが海に出るのだ。まぁ、そんな小娘一人は提督の兵で十分でしょうが」


 まったくだ。アルビンは笑いながら、最後にわっちを見下ろしてくる。


「エルフを有効活用するためにも、これ以上下手な軋轢は生みたくないのでな。宿を用意してある。そこで休むがいい。もう夕暮れだが、ゼノディアス・グランバーグの処刑までは自由にポートリーフを満喫するのも悪くないだろう」


 そう言って、アルビンもグレインも部屋を出ていく。わっちは衛兵に担がれ、愛しの妹へ手も伸ばせずに外へと連れ出された。

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