第2話 シリアスな逃避行から始まるコメディショー
あの手この手で追っ手をまいて、この町の出入口である門までやってきた。
案の定、そこにはメダルカと数少ないサンランページで裏切らなかったのだろう仲間たちが見張りの衛兵たちを倒し、縄で縛っていた。
「旦那! 遅いですぜ!」
見たところたった十人で見事に逃げ道を確保してくれていたメダルカたちへ、「剣を回収して追っ手を町のあらゆるところへ散らばらせてきた」と返しておく。
「それで、どうしやす?」
「具体的な状況は聞かねぇんだな」
言うと、ここにいるメンツ全員が笑った。
「俺たちゃ最初から旦那について来たんだ。それでタンマリ稼いだどころか英雄とさえ呼ばれたんですぜ? 旦那がピンチなら、悪魔が追ってこようが味方するのが筋ってもんでさぁ」
「裏切り者に絶望してたから泣けてくるねぇ……それじゃ残ってくれた諸君! とにかく一回遠くに逃げるぞ! 具体的な場所の選定やら追っ手をどうするかは、どっかで落ち着いてから考える!」
他にもポートリーフに残したままのハイエルフがいる。それについても考えなければならない。
なんて、ハイエルフに思いを馳せた直後の事だった。
風を切る音が俺たちの間を通り抜け、赤い血が飛び散ったのは。
「あ、れ……旦那……?」
「ッ! どこからだ!?」
メダルカの右肩に矢が突き刺さり、血が噴き出した。
「クソッ! 伏兵でもいたのか!?」
どこから狙われているのか探しているうちに、他のメンバーにも次々と刺さっていく。
しかし仲間が倒れていく中、どういうわけか俺には一本たりとも飛んでこない。
「う、あ……」
混乱しているうちに、矢を受けたメダルカはその場に倒れた。
「おい……おい! しっかりしろ!」
駆け寄り、傷の様子を見る。
とにかく矢が刺さったままではだめだ。まずは引き抜き、止血をしなくては。
「誰か包帯と傷薬を持ってこい! ――あっ……」
普段の癖で、仲間たちに呼びかけるよう叫んでいた。
しかし、その仲間はグレインが相当入念に根回ししていたようなのでほとんどが裏切り、ここにはいない。
治療魔法係も物資を保管している奴も、誰もいない。
数少なく残ってくれたメンバーも、矢で射貫かれていく。
「何が起こった……? 追っ手はまいたはずだ……追いつくにしても時間はまだかかる。町も俺が起こした混乱でメチャクチャになってるから、それこそ余計に……」
一人呟いていると、門の先から気配がした。
敵意の籠るそれに即座に反応し剣を抜くと、ザっと見て五十人のエルフが矢を構えてこちらに迫っていた。
思わず膝をついてしまう。
「こんな時に追っ手かよ……! せっかく戦わずに逃げるって時によぉ……!」
俺一人でも逃げられる。だが、ここにはまだ、俺を信じて命がけで逃げ道を作ってくれた仲間がいる。
全員が傷つき、動けずとも、俺が諦めるわけにはいかない。
同時に、戦わない道を作ろうとしたエルフを相手に、力をかざしてヤケになって突っ込むわけにもいかない。
これ以上、エルフとの軋轢を生まないためにも。
剣を構えつつ、迫りくるエルフたちに声高に告げた。
「お前たちが恨んでいるサンランページは裏切りによって二つに割れている! この状況を招いたグレインがハイエルフを奪おうと画策した奴だ! 俺たちはソイツの非道な裏切りから這う這うの体で逃げるところだ! 頼むから道を開けてくれ!」
決死の叫びに、多少動揺が見えた。そりゃそうだ。グレインのしでかした事の後始末は俺がやったのだから。
俺が頭を下げて金を払っている姿を見たエルフがいるのだろう。
だからと言って許されることではない。そう簡単にエルフたちの敵意は消えない。
当然だ。理屈で理解しても、ここにいるエルフたちは一方的に同族の住む森と、そこを含む山三つを燃やされたのだ。
更にエルフの中では神格化されているハイエルフを金目当てに攫われ、今もその身はこちらにある。
だとしても恨むべきは俺ではなく、グレインだということをわかってもらえなければ、ここで終わりだ。
睨み合いが続いた。エルフたちからしても、ここにいるのは”魔王を倒したサンランページのリーダー”だ。本気で戦えば、数の差をひっくり返されるかもと危惧するのは当たり前だろう。
互いにどう出るかといった沈黙が続くと、やがてエルフたちの中から、スラリと背の高い一人の女が歩み寄ってきた。
背には弓と矢筒を背負い、緑色のローブに身を包んでいる。
サラサラとした新緑の髪が風に揺らぎ、澄んだ緑の瞳に俺の黒髪と赤い瞳がハッキリ映る。
奇妙な感覚だった。まるで心の底まで見透かされているような、不気味とも呼べる感覚。
しばらくそれが続くと、エルフの女はフゥと息を吐いた。
「お主たちの置かれている状況に関しては嘘をついていない。それはわかった」
見かけより達観している声だった。威厳も籠っている。
「今射貫いた者たちも、わっちが遠くから見定め、必要以上の悪意がない故に急所を外した」
「……なら、通してくれるのか?」
「否、それでは皆の怒りは収まらんのじゃ。そしてお主、嘘をついておるな?」
「こんなどん詰まりで嘘だと? 俺は本当のことしか言っていない」
「嘘とは言葉ではない。態度じゃ。ゼノディアス・グランバーグは、どんな相手が前だろうと笑みさえ浮かべ巧みな話術を使うと聞いておる。だが先ほどの口上は何じゃ? 追い詰められ、命乞いをしていたあの言葉と態度に、本当のお主はいなかった」
……なんだかまどろっこしい奴だ。
「じゃあなにか、いつも通り接しろっていうのか? 悪いが俺もここまで追い詰められたのは初めてだ」
コイツの言う通り、俺はどんな時でも敵を騙し、惑わし、諦めることなく戦ってきた。
だが、この状況はもう度を越えている。
「サンランページで俺と同格に強かったグレインは裏切り、戦力のほとんどを奪われ、残ってくれた奴も動けない傷を負った。オマケに敵は五十人のエルフときた。この状況で笑いながら相手を丸め込むのは無理だ」
「――ぬぅ、では譲歩しよう」
一瞬困ったような顔をしたかと思えば、クルリと身をひるがえし、エルフの女は仲間たちに告げた。武器を捨てて魔法も使うなと。
無理難題に思えたが、エルフたちは一切反論せずに言う通りにした。
代わりに、こちらへ向き直った女は剣を抜いた。
「わっちらが求めるものは、同胞を襲ったお主たちへの報いじゃ。しかし、一方的にやってはグレインなる者と同じ。故に、わっちと本来のお主を出して戦え。その結果によっては、お主たちを見逃すことも考えよう」
「……アンタ、何者だ? 見たところ、まだ二十歳かそこらだろ。なのに後ろに控えてるエルフたち全員を一声で黙らせた――ただ者じゃないのはわかったが、具体的には何なんだ」
女は憎しみも怒りもない瞳で俺を見定めるように映すと答えた。
「お主たちに攫われたハイエルフ、フィン・フィアーラの姉にして、別の森にて族長を務めるイティ・フィアーラじゃ」
「……よりにもよって、肉親かよ」
通りで見覚えがあるわけだ。
そんな俺のつぶやきなど知らずか、イティと名乗ったハイルフはそのまま仰々しく続けた。
「数千年にも及ぶ古より続く、特異な血を引くエルフ。それこそがわっちらハイエルフ。その力により魔物はエルフを恐れ、人間はエルフとの関りを絶った――」
ん? 何で偉そうにハイエルフの歴史とか話しだしたんだ? 決闘に今の部分、関係あるのか?
なんて疑問も知らず、イティは続ける。
「じゃが時代は変わり、魔王なる者が魔物たちに力を与え、人間は数を増やし欲を増やし、ハイエルフに”価値”をつけるに至った」
町の方が騒がしい。グレインなら俺がどこに逃げるかすぐにわかる。
あまり長話はできない。
「要約してくれねぇか」
「できぬ。これは人間との戦いをするにあたり、先祖へ許しを乞うている儀式のようなものじゃからな」
「いや、そろそろ追っ手が……」
なんて聞かず、イティはフンスと偉そうに続けた。
「それでもエルフが魔物や人間たちに弓を引かなかったのは、ハイエルフたるわっちらが時が過ぎ去るのを待てと命じたから――じゃとしても、同胞を殺され、奪われ、黙っているわけにはいかぬ。故にわっちらは祖先より続く誇りに従い正統なる一対一での決闘にて……」
「悪い、本当に悪いが……ちょっといいか」
メダルカたちの呻き声もする。後ろの控えているエルフたちも、どうやら長話についていけていないようだ。
それでもイティは続けた。だんだん見えてきたが、どうやらコイツは偉そうにしているだけだ。
「どこまで話したか……とにかくよいか? わっちらはなにも、奪われたから全て奪い返すと言っているのではない。失った命はもうどうしようと戻らないのは、ここにいる全員がわかっていることじゃ。じゃが失った誇りは取り戻すことができる。故にわっちらは指示を出したというグレインなる者のみの命とお主の対応によって……」
「なぁ、すべて奪う気がなくて俺とグレインが目当てなら、頼むからちょっと聞いてほしいことがるんだが? この際、土下座でも何でもするからちょっとだけ黙ってくれ!」
「じゃから話の途中だと言っておる! よいか? こういった話は先祖代々受け継がれてきた事に起因し……」
「あーくそ!! なげぇんだよ!!」
俺の気がどうとかではなく、この身を案じているのでもなく、早急に解決しなくてはならない問題のため、俺は声を荒げた。
「一回黙って俺の話を聞け!!」
「な、なんじゃと?」
俺は切っ先を向けると、「要するに!」と切り出す。
「お前さんは特別なハイエルフで、ずっと森に引きこもってたがグレインの野郎がやらかしたから怒って追ってきた! んで俺たちに復讐してぇが歴史がどーたらで誇りがなんたらしてるから本気の俺とタイマンで勝負したい! なら受けて立ってやるから早くかかってこい! こちとら急いでんだよ!」
「い、急ぐじゃと? 追っ手がくるからか? では人間どもには手を出させないよう、わっちの誇る精鋭のエルフによりこの場を守らせ……」
「だから違う! そっちは俺がなんとかしてきた! ってか五十人ちょっとのエルフで町一つの追っ手をどうにかできるわけねぇだろ! つーか、一番の問題なのは、テメェらが急所外したとか言ってぶっ刺した矢のせいで、俺の仲間がこのままだと失血死するってことなんだよ! 歴史あるハイエルフなんだろ!? 族長なんだろ!? それくらいわかれよ!!」
「ぬ、ぬぅ、そうか、ではこちらにも軟膏はある。ほ、ほれ、何人か治療に行ってくるのじゃ」
なんというか、威厳が削げ落ちてきた。オロオロとメダルカたちへエルフを急かす姿は年相応に見えた。
「ってか、ヤベェ! グレインの魔力感じる! おい! エルフども町中に散らばらせて時間稼がせろ!」
「お、お主は族長ではなかろう?」
「アイツが来たら決闘もクソもねぇんだよ! エルフが相手なら手荒な真似はしねぇはずだ! 十人くらい急がせろ!」
「ぬぅ……では、選ぶとするなら……」
アタフタとエルフたちへ駆け寄っていったが、見るからに状況を把握しきれていない。
「だーもう!! 敵をかく乱する作戦の応用だっての!」
「そんなこと、わっちはやったこと……」
「情けねぇなぁ! いいか? こういう時は足が速そうなやつでいいんだよ! こうなりゃ俺が選ぶ! お前とお前とお前! 町に入ったら三方向に走って”ハイエルフ様の仇ー”だとか言って一暴れして逃げてこい! 後ろの七人は退路の確保に続け!」
よろしいのですか? と、エルフたちは困惑気味だ。
当のイティが頭を抱えてどうにもならないので、魔王を倒したときの気迫で「とっとと行け!」と怒鳴る。
身を縮ませながら、俺に指を差されたエルフは走っていった。
ようやく落ち着いて話ができる……か? 本気でグレインが追ってきたら、即興の時間稼ぎなど……
「……どうしても一つ、本当なら何よりも先に言おうと思ってたことがある」
「ま、まだあるのか? 少し頭を整理させてはくれぬか? このようなことになるとは思っておらなくてな、少しでいいから……」
「その少しで裏切者を率いてる奴が追いついてもおかしくねぇんだよ! 雷魔法は高速移動にも使えるのくらい知ってるだろ!? 頼むからさっさとしてくれ!」
「わ、わっちもまだ長としては、その……わかるじゃろう?」
もはや俺にしか聞こえない声で非常に情けないことを言ってくれたが、未熟ということだ。
なら、なおさら急いで伝えなければならない。
「いいかお嬢ちゃん、ちょっと冷静に聞いてくれるか」
「お、お嬢ちゃんじゃと!? わっちを誰だと……」
「未熟なハイエルフだろ!! 時間があってわだかまりがなかったら色々と教えてやりてぇくらい未熟なんだよさっきから!!」
「ぬ……ぬぅ……すまぬ」
ちょっと凄んだら、ショボンとしてしまった。魔王相手に戦っていた時はこんなのではなかったというのに、コイツはそれでもタイマンを望むのか?
疑問だが、まずは最悪の場合を考えて伝えなければならないことがある。
「こっちが預かってるお前の妹とかいうハイエルフは、仲間の裏切りのせいでこのままだと確実に海へ連れていかれて殺されるぞ」
「なっ!?」
「どこに連れていくのかも、なんで連れて行くのかもわかってる。だから、俺たちが預かっているハイエルフの女の子は今――」
そこまでだった。時間をかけすぎたと後悔するのも、エルフを過信しすぎたと後悔するのも遅かった。
雷鳴と共に、雷の魔法”電光石火”によって弾けるような速さでグレインが俺とエルフたちとの間に現れたのだ。
「――俺がここに来た以上わかっていると思うが、ポートリーフの中から五百の武装した騎士と魔法使いがここへ向かっている。一瞬でも俺に対しおかしな素振りを見せたら、この場で皆殺しにしろとアルビン提督からの命令を受けてな」
くそ、何もかも遅かった。いや、イティが時間を取りすぎた。
なんにせよ、終わりだ。
「ついでにエルフ共、お前らはこいつの死をその目で見て他のエルフに伝えろ。もう復讐は終わったとな。でなければこの場で殺す。逃げても殺す」
「貴様、わっちらの同胞を殺し、奪っておいて――わっちの歴史ある名を持ってそんなこと……」
「お嬢ちゃん!! 自己紹介はやめておけ!!」
俺は怒鳴ると、ハイエルフだと語りそうだった未熟な長を見つめた。
「せめて自分の身を案じろ」
伝わるはずだ。今ここでハイエルフだと明かせばどうなるかを警告していると。
「ほら、とっとと連れてけよ」
「抗わないのか? 得意の話術も使わないか?」
「……天国に行く分の旅費は稼いだからいいさ」
かくして、魔王を倒したサンランページのリーダーだった俺は、仲間の裏切りから逃げきれず、残ってくれた仲間も守れず、明朝絞首刑に処されるために牢屋へと送られた。
天国への旅費なんていくらかかるかわからないので、絶対逃げてやるが。
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