第13話 羊毛フェルト


「……」


 驚きつつものびてきた腕を視線でたどっていくと、そこには――。


「い、池里くん?」


 学校帰りなのかランドセルを背負った池里くんの姿があった。


「おや、今帰りかい?」

「今日は当番で遅くなった」


 池里くんは店長さんと知り合いなのか、普通に会話をしながらも目線はチラシに向けている。


「ああなるほど。あ、そうだ。今この子にも言っていたけどね。お前さんもどうだい?」

「あー、羊毛フェルトか。興味はあるけど……」


 そう言いつつ、チラシから目線をなぜか私の方に向ける。


「?」


 ――な、なんか……こっちを見てる?


 なぜ池里くんが私を見ているのか分からない。


「今度の休みなんだけどね。なかなか人が集まらなくてねぇ」

「……」


 店長さんの言葉には「はぁ」というため息が聞こえてきそうなくらいだけど、池里くんはまたチラシの方を見ていて目をそらさない。


 ――ど、どうしたんだろう? というより、なんで私の方を見たの?


 気になる事はあるものの、このチラシにはいつにあるとか、場所とか……後は羊毛フェルトについての説明が少しだけ。そんなに集中して見るほどの事は書いてなかったはずだ。


「コレ……来るのか?」

「え、えーっと」


 正直「どうしよう」とは思っていた。


 この日はすでにお父さんもお母さんも休みだけど仕事に行かなくてはいけない事が分かっている。だから、その日は私一人で過ごさなくてはいけない。


 ――どうしようかなとは思っていたけど……。


 宿題をするにしても、多分丸一日かかるとは思えない。だからと言って終わった後に一緒に遊ぶ友達はいない。


 ――それに……。


 見たい何かがあるワケでもない。むしろ「どうやって時間をつぶそう」と思っているくらいだ。


 ――あれ? でも、この日って……。


 いつもであればサッカークラブの練習をしている日のはずだ。


 ――この間の休みの日。グラウンドで練習をしている姿を見たから間違いないはず……。あ、あの日だけ特別にって事なのかな?


「君が行くなら行こうかな?」

「え、この日ってサッカークラブの練習があるんじゃ……」


 ポツリとつぶやく様に言うと、池里くんは「あー」とほおをかく。


「?」


「実はこの日。別の運動クラブが練習試合で使う予定で、休みなんだよ」

「へ、へぇ」


 池里くんいわく「結構ある事」なのだそう。


「体育館も別のクラブが使うから完全に休みだな。」


 池里くん曰く「たまに練習試合とか入る事もある」らしいけど、今回はそれもないらしい。


 ――し、知らなかった。


 元々興味がなかったので知らないのも仕方がない話だけど、どうやら学校にはなんだかんだ様々なクラブ活動がある様だ。


「それで、どうするんだい?」


 店長さんは池里くんと私を交互に見ながらたずねる。


「あ。えっと、私は一度お母さんに確認してみる」

「おおそうかい。まぁ、お金もかかる事だからねぇ」


 ――うーん、それよりも……。


「いや、お金よりも遅くなったら心配しちゃうから」

「ああ、なるほどねぇ」


 そう、コレに参加する時に必要なお金は自分で用意出来る。それよりも「ここに行って来る」と言っておかないと心配してしまう。


 ――仕事と言っても一日ずっとじゃないみたいだし。


 一応、お母さんに言っておく必要があるはずだ。


「ふーん。じゃあ僕は参加しようかな」

「おや、この子はまだ参加するって決めていないけどいいのかい?」


「まぁ、興味あるからな」


 池里くんはそう言って小さく笑う。


「じゃあ、早速コレに名前と電話番号を書いて……お金はあるかい? 今ないのなら……」

「ああ、それなら大丈夫。今はらう」


 そう言いながら池里くんはランドセルを下してサイフを取り出す。


「……」


 ランドセルを下した時に手作りだと思われる大きなサッカーボールのキーホルダーがゆれ、そして光る。


「――よし、ありがとうね。じゃあこの日に来てくれるかい」

「分かった」


 キーホルダーを見ている間にあっという間に申し込みを済ませた池里くんが店長さんから申込書のひかえをもらっていた。


「ん? どうした?」

「う、ううん。何でもない」


 私は少し慌てたけれど、池里くんは「そうか?」と少し不思議そうにしていたけれど、それ以上は何も言ってこなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」


 そして今は池里くんが私の少し前を歩きながら一緒に店内を歩いている。


『ねぇ、ねぇ!』


 突然声が聞こえた。


「! びっくりした。急に声かけないでよ」

『だって……』

『おい、いつ渡すんだよ』


「……」


 渡せるのならすぐにでも渡してしまいたい。ずっと受け取ってもらえるかドキドキするくらいなら……とも思う。


 ――でも……。


 受け取ってもらえなかったら……という悪い結果が頭をよぎる。


 ――それに、まともに話をしたのも昨日だし。


 そんな相手からいきなりこんなモノを渡されても……きっとこまらせてしまうだろう……と思ってしまう。


「どうした?」

「ううん。なんでもない」


 おくびょうな私は、結局その日に『羊毛フェルト』で作ったキーホルダーを渡す事が出来なかった。


 ――せっかく二人に手伝ってもらったのに……。


 そんな気持ちがなかったワケじゃない。でも、傷つきたくないおくびょうな私は……結局逃げた。

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