第5話 ようせいさんのお礼


 ――まぁ「準備」と言ってもランドセルを置いてカバンを持つだけなんだけどね。


 サイフはいつも外に遊びに行く時に使っているカバンの中に入れたままになっている。


 だから「準備」と言ってもランドセルとそのカバンを持ちかえればいいだけの話だ。


 ――でも念のため……。


 ただ実は一度だけ別のカバンに入れたままになっていた事があって、それを忘れて少しパニックになった事がある。


 ――あれは確か……去年の夏祭りだったかなぁ。


 そのお祭りは同じクラスの子たちと遊びに行ったけど、今年は……。


「あ、いけないいけない」


 少し悲しい気持ちになったけど「ようせいさん」たちを玄関に持たせていた事を思い出す。


 ――入って来てもいいのに……。


 実際にそう言ったのだけど……そこは女の子が『おとめの部屋に男の子を簡単に上げちゃダメ! 男子禁制!』と止められた。


 ――ダンシ……キンセイ? の言葉の意味は分からないけど……。


 その前に「ダメ!」と怒る様に言っていたから、あまり良い意味ではないのだろう。


 女の子が男の子に『分かった?』と確認する様に笑顔で言って、男の子はなぜか顔を赤くして大きな声で『わ、分かっているっつーの!』と答えていた。


 ――でも……確かに笑っていたけど、ちょっとこわかった。


 正直、女の子のあの「笑顔」は……お父さんがお酒を飲み過ぎていた時のお母さんの様にも見えた。


 ――笑っているのに「こわい」ってあるんだ……。


 その時、ふとそんな事を思った。


「サイフは……入っているし、カギも……よしっ!」


 カバンの中を確認し、急いで二人のいる玄関へと向かって階段を下りる。


『あ』

「ごめん。おそくなっちゃった!」


 あわてて下りてくる様子が分かっていたのか、男の子は『気にするな』と答える。


『そうそう、全然大丈夫だよ! 時間は?』

「時間は……うん。大丈夫!」


『よし、じゃあ行くか』

『行こう行こう!』


 そう言って二人は私の肩にフワリと乗った。


 ――やっぱり「ようせいさん」だからか重さを感じないなぁ。


 なんて思ったのはここだけの話――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「……」


 家から「手芸屋さん」までは少し歩くけど、自転車に乗るほど離れてはいない。


  ――それに、なんだかんだ歩くのきらいじゃないし。


 そんな時、ふと「ある事」を思い出した。


「ところで。ずっと気になっていたんだけど……」

『ん?』


「お礼って、何をするの?」

『え?』

『!』


 私の問いかけに二人は驚いた様子を見せた。それはまるで「え、今までお礼をもらなかったの?」と言っているかの様である。


「え」


 ――そ、そんなに驚かれる様な事……なのかな?


 これにはさすがに予想していなかったリアクションで、つい驚いてしまう。


『いや、悪い』

『でも……し、仕方ない……かな』


「仕方ない?」


 ――どういう事だろう?


『……おい』


 女の子の言葉に男の子はギロッと女の子をにらみ、女の子は『だ、だって……』とシュンと落ちこむ。


 ――な、なんだろう。き、聞いちゃいけなかった事……だったのかな。


 そんな二人の様子を見ていると、どうしてもそんな事を思ってしまう。


『……はぁ。お前自身は何も悪くない。理由があるとすれば……それはお前よりもっと前の人間……だな』

「え……? 昔の?」


『ああ。簡単に言えば昔の人間たちのせいでおれたち「ようせい」がお前……いや、人間をあまり信用してなくなった……というだけの話だ』


「信用……?」

『まぁ、それはおれたち「ようせい」という種族と人間たちのめんどうな話だからな。でも、少なくともおれはお前を信用している』


 そして女の子もすぐに『私も!』と顔を上げた。


「う、うーん。つまり、私のご先祖様が何かしてみんなきらいになった……って事?」


 ―な、なんか……難しい。


『先祖というよりも……もっと広い「人間の話」だけど……まぁそんなところだ』

「じゃあ二人は人間がきらいだけど、私にお礼したいって思ってくれている……という事?」


 心配になった私が思わずそうたずねると……。


『まぁ、人間はイヤだけど……お前はその。おれの知っている人間とは違うというか……』

「?」

『――悪い事には使わないだろうなと思って……というか』

「悪い事?」


 さらに聞くと、女の子が『うん』とうなずく。


 ――どういう事なんだろう? でも、話を聞く限り「お礼」と関係ある……よね?


 そうじゃなかったらこの言葉は出てこない。


『……えっとね、私たち。まほうが使えるの』

「そ、そうなの?」


 そう言われて思い浮かべるのは「空を飛ぶ」とか「火を出す」とか……そんなマンガやアニメに出てくる様なモノばかりだ。


 ――でもきっと違う……よね。


 何となくそう思った。


『ああ。ただ、このまほうは物にしか使えない』

「物?」


 そう聞き返すと男の子は「そうだ」と言う様にうなずく。


「じゃあ、人には使えないって事?」

『そういう事になるな』


「……そっか」


『それでね。私たちよまほうが使われた物。例えばまほうのかかった糸などで作られた物には色々な不思議な力が宿るのだけど、その昔。それを悪い事に使う人がいたの』

「……」


 具体的にどういった「不思議な力」があるのかは分からない。でも、きっと「普通じゃない事」だという事は分かる。


 ――それも「悪い事に使える」と思われるような。


 本当は「お礼の気持ち」として「ようせいさん」が手伝って作った物。それを悪い事に使われたら……怒っても仕方がないと思う。


「えと……ご、ごめんなさい」


 そう思い、私は思わず謝った。


『いや、もうかなり昔の話だ』

『そうそう。今じゃ私たちを見える人もほとんどいなくなっているから!』


「……」


 ――それはつまり、昔はみんな見えていたって事なのかな?


 話を聞く限り、きっとそうなのだろう。


『あ、ひょっとしてここ?』

「え、あ。うん」


 そんな事を考えていると、あっという間に目的地の「手芸屋さん」に着いた。

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