海の向こうへ

372. 各所


「行っちまったな」

「ええ。団長、何か気になることでも?」


 ここにはウィルと団長と中隊長補佐のイースがいる。


「いや、シュペアが冬に戻ってきたら、シュペアがウィルの側近になるんだろ? ってことは最後の旅か」

「まあそうですね。シュペアがもう少し続けたいというなら続けてもいいと思っていますが、もう終えると言うならそうなるでしょうね。それが何か?」


「いやあ、シュペアがウィルの側近になるなら、イースは俺の補佐にもらえないかと」

「は? 俺はもらうとかあげるとか、物ではありませんよ」

 団長の軽い口調に反発するように、イースはムッとした表情で声を上げた。


「そうだな。団長、以前にも言ったはずですよ。優秀な補佐が欲しければ自分で育てて下さいと。イースが団長補佐になりたいと言うのなら止めはしませんが」

 そんなウィルの言葉に、イースはホイホイと物のように受け渡されないことが分かってホッとした。


「そうは言うが、補佐ってのは脳筋連中の中ではなかなか育たないんだよな」

「そういったことに向いている人材を見つけて、育てるのが上司の仕事だと思いますけどね」


「俺にはそんな能力はない」

「団長潔いですね。だからって本人の意思がない限り渡しませんが」


 自慢することでもないのに、自分には補佐を見つけて育てる能力が無いと言い切ってしまうところは男らしいとも言える。

 少し模擬戦を見た程度で、ルシカとゲオーグという逸材を騎士団に半ば無理やりに入れてしまったんだから、人を見る目がないというわけでもないんだろう。


 イースはふぅ〜っと息を吐いた。


 団長って謎だよな。確かに強いんだろうが、イースは団長の全盛期を知らない。

 部下の適性を見て育てるのは、意外と団長より部隊長のミランの方が得意ということか。

 クンストにある魔術研究所では、多数の子どもに補佐をしてもらっているようだし。


 シュペアは能力も高いし、シュペアが戻ったら引き継ぎをして団長の補佐になるというのも悪くはないか? しかし今は中隊長が守ってくれるし中隊の奴らもいいやつばかりだからいいが、戦士部隊の血の気の多い奴らや、他の中隊の奴が出てきた場合、団長は俺のことを守ってくれるんだろうか? そこが怖いよな。

 団長のことだ、「あとはよろしく」などと言って逃げる可能性もある。

 それを考えると、シュペアを中隊長の右腕という中隊長の隣に置いて、俺は2人の補佐として2人の後ろに続く存在というのもありだな。

 いずれにしてもシュペアが戻ってから、みんなで話し合いをすることになる。シュペアは成人の義もあるし、どんな貴族になるのかも楽しみだ。

 そんなことを思いながら、イースは旅に出た3人の、小さくなっていく背中を眺めた。



 >>>クンストでは(ミラン&タルツ)


「ねえねえ、タルツ、シュペアが本格的にウィルのところに戻ったら引退すんの? ファルトの店で働くならさ、毎日俺のためにチョコケーキ運んできてよ」

「引退してファルトの店で働きますが、ウエイターとして働きますので暇なわけではありません」


「え〜、いいじゃん。そういえばさ、リヒト空飛べるようになったんだよね」

「は? ミラン、旦那様に報告しておきますね。きっとシュペアにも怒られると思いますよ」


「なんで〜? 馬が空飛べるとか便利じゃない?」

「非常識だと思います。私の後輩の馬をそんな風にしてしまって。今後は許可がない限りリヒトに魔術を教えないでください」


 ここにはやっぱり怒られるミランがいた。


「リヒト、お前はきっと凄い馬なんだろうが、ミランの真似ばかりしていたらシュペアに怒られるぞ。もう勝手にミランが寄らないようにしておくから、あまり危ないことをするなよ」

 ブルルル


「私にはお前が何を言っているのか分からないが、次の春がくるころには、リヒトはシュペアと一緒に生きていくことになるんだ。シュペアは目立つことを好まない。あまり目立つ行動をしないように気をつけてくれ」

 ブルル


 タルツは昔、料理人のファルトに助けられた。騎士でなくなったタルツをもう一度騎士にとウィルに打診してくれたのもファルトで、歳をとって騎士を辞めたら、ファルトの店を手伝いながら余生をゆっくりと過ごすつもりでいた。

 後輩であるシュペアは順調に育って、もう自分の後を引き継いでも問題ない実力になっている。しかしここにきてミランに、馬であるリヒトが空を飛ぶなどという恐ろしい事実を告げられ、タルツは後輩の行く末が心配になった。



 >>>リーゼ、エルーシア


「おかあたま、しゅぺあは? いつくるの?」

「一度しか会っていないのに、エルーシアはシュペアさんのこと大好きなのね」


「うんすき」

「ふふふ、旦那様が嫉妬しそうですわ」


「う……」

「奥様、エルーシア様は私共が預かります。横になりますか?」


 気分が悪いと口に手を当てたリーゼは、侍女のサラに支えられて部屋に戻ることにした。


「ええ。サラありがとう。エルーシアをお願いします」

「あかちゃん、おとこのことおとこのこだね」

「え? エルーシア様、分かるのですか?」


「うん。はやくあいたいって」


 弟がリーゼのお腹にいることを、エルーシアは知っている。

 侍女に支えられながら退室していく母親を見送ったエルーシアは、お気に入りのシュペアに早く再会したくて仕方なかった。


「エルーシア様、こちらの星の形のものは、また旦那様にいただいたのですか?」

「うん。おとうたまがくれたの」


 エルーシアの最近のお気に入りは、氷魔術で作られた星型の石。

 初めは土魔術で作られたピンク色の石がお気に入りだったが、今は氷魔術で作られている透明でキラキラした石がお気に入りだ。

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