371. 今年の目的地と未来の話

 

「ルシカ、ゲオーグ、僕は今年のこの旅が終わったら、旅を終了しようと思うの」

「そうか。成人だもんな。いい区切りではあるのかもしれん」

「いよいよか。シュペアもだが、ゲオーグも貴族として生きていく覚悟を決める時期に来たってことだな。俺も父親になることになったから、いいタイミングかもしれない」


「子どもができたのか? おめでとう」

「そうなんだ。ルシカおめでとう」

「二人ともありがとう。俺は今でもちょっと信じられない」


「ルシカ、そんな時に彼女を置いて旅に出ていいのか?」

「ああ、了承は得ているし、行ってこいと言われた。メルだけじゃなく、ヒスや両親にも言われたんだ。だが、できることなら8月辺りに一度戻れると嬉しい」

「そっか。じゃあ夏に一度戻ってこようよ」


 2人は僕が旅を終えると言っても驚かなかった。僕がこの修行の旅は、成人を迎えるまでと考えていることに気付いていたみたい。


「まだ僕は弱いし、足りない技術もたくさんあるけど、ずっと旅をしているわけにはいかない。みんなAランクになったし、見聞を広げるということはできたかなって思ってる。それで、最後に行きたいところがあるの」

「どこだ?」


「海を渡りたい」

「なるほど、最後に相応しいな」

「ゲオーグも行きたそうだったし、いいんじゃないか? パリスタを超えてストーリアまで行くのか?」


「ストーリアの向こうにあるって聞いた、竜がいるって言われてる島に行ってみたい。竜はいないかもしれないけど」

「竜は伝説上の生物だからいないだろうな。しかし竜のような形の岩があるとか、竜を祀った教会などはあるかもしれん。行ってみる価値はあるな」

「そんなものがあるのなら見てみたい。あるかは分からないけど、海を渡るってのはいいな」


 2人も賛成してくれたから、僕たちの最後の目的地が決まった。

 なんて名前の島かは分からないけど、ストーリアの向こうにある島へ行く。

 夏になると海が荒れて魔獣も増えるから、春のうちに渡らなければならない。今年は早めに出て、パリスタもサッと通り抜けて海を渡ることになった。


 もし凄く小さな島で、何にも無かったら、ストーリアで過ごせばいい。

 ストーリアも島だから、海の魔獣とはいっぱい戦えそうだし、ストーリアに飽きたら、戻ってきて、トルーキエ、ラジリエン、インディールやなんかを回ってみんなに挨拶するのもいいな。



 タルツ先輩にもこの旅が終わったら、鍛錬はまだ続けるけど、その先は領主様の護衛として側近として働くことを伝えた。


「そうか。それはよかった。私はもう35を超えて、旦那様の護衛はキツくなってきたんだ。重い衣装を着てどこへ行くにも馬車でゆっくり移動するような貴族の護衛であればできるが、旦那様の移動速度についていくのが辛いと思うことがある」

「え? タルツ先輩がキツかったら僕なんて全然ついていけないと思います」


「そんなことはない。シュペアならできる。シュペアにしかできないだろうな。だから私はシュペアと入れ替わりで引退することにする」

「引退? 引退って騎士を辞めるんですか? 辞めたらその先は?」


 信じられなかった。タルツ先輩は本当に凄いんだ。僕なんてまだ全然敵わないくらい強い。それなのにまだいっぱい教えて欲しいことがあるのに引退なんて。


「タッシェのタルツの店で働く。のんびりしていていいだろ? まあ引退とは言っても、領地の騎士の指導はしばらく続けるし、どこかへ行ってしまうわけではない。何か相談事があれば尋ねてくれていい」


 タルツ先輩が決めたことだし、タッシェにいるのならいつでも会える。タルツ先輩の代わりなんて、まだできる気がしないけど、タルツ先輩の人生だから、僕が反対するのはおかしい。僕は不安だけど、受け入れないといけないことなんだと思った。

 護衛の仕事は体を使うから、おじいちゃんになってもできるわけじゃない。だけど、まだ戦えるのに、僕より凄い人が引退するなんて信じられない気持ちの方が大きい。


「シュペア、心配することはない。私は教えるべきことはもう全てシュペアに教えた」

「まだまだタルツ先輩には、教わりたいことがたくさんあります」


「後は経験を積んでいけば、自然と身に付いていく。私も今は経験で補っている部分が大きい」

「そうなんですね」


 経験。確かにそれはとても大事なこと。僕だってレーマンでずっと魔獣退治だけをしていたら、護衛なんてなれなかったかもしれない。人と戦ったり、狭い店の中で戦ったり、追われて結界を覚えたり、色んな国で色んなことを経験して、だから成長できたと思う。


「私がシュペアの年齢の頃には、もっと弱かったし、経験も浅かった。今のままでもシュペアは十分強いから問題ない。冒険者ランクもAに上がったんだろう?」


 確かに僕はAランクになった。でもまだ不安はある。目の前には僕より強い人がいて、騎士団にも僕より強い人がいっぱいいる。この旅で何ができるか分からないけど、「後のことは僕に任せて下さい」って堂々と言えるようになって戻って来たい。タルツ先輩が不安なまま引退させてはいけないと思った。



 領主様にも話した。


「確かに成人は一つの区切りとしてはいいんだと思う。シュペアが決めたことなら私は反対しないが、シュペアが思う通りに生きればいいんだ。焦ることはないんだよ」


 僕は焦っているように見えるのかな? それでも、ずっと目標としてきた大人になったら領主様の護衛になるってことを、簡単に曲げてはいけないって思ったんだ。


 頑張るぞ。僕の夢まであと一歩だ。そこには領主様が席を用意して待っていてくれる。迷うことなんてない。

 僕は気合を入れて旅の支度をした。


 今回は新しい鞄がある。クライトが旅に使う鞄をタッシェに買いに行った時に、重力操作と保護をかけた鞄を見つけて、新作だと言われた。だから僕はルシカとゲオーグも誘ってタッシェに行って買ったんだ。

 魔獣を運ぶ時にいいかなって。食料も持っていきやすい。

 保護は中に入れたものを入れた時の状態で保ってくれるからきっと役に立つと思う。

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