370. クライトの帰国

 

「シュペア、ラオとシュペアの友達がもうすぐ帰ってくるそうだよ」

 領主様にそう言われて、もう3月なんだと気付いた。


 クライトには旅の色んな話を聞いてみたい。僕は鍛えるために旅をしていたから、魔獣とか盗賊とか、戦いを中心に街を見ていた。美味しいものは食べたけど。クライトは違う視点で見ているだろうから、面白い話が聞けそうだと思った。そして僕はクライトにお願いしたいことがある。

 僕がお願いしたいことは、来年の年明けの成人の義と、その後の夜会のことだ。僕は15歳の成人を迎えたら、旅を終える予定でいる。成人の義に参加して、名誉子爵の名誉を取って子爵になる。そして僕は領主様の護衛兼側近になろうと思っている。

 成人の義は騎士団の式典用の制服で参加するけど、夜会で着る服を作って欲しいんだ。


「クライトおかえり」

「シュペア、ただいま。旅、楽しかったぜ。エトワーレの王都でも、国外の布はいくつか手に入れることができるし、民族衣装のようなものも見られることはある。でも実際にその国に行くと全然違うな」


 クライトは何倍にも成長して戻ってきたように感じた。急に大人になったみたいに落ち着きが出て、顔つきまで変わったみたいに見えた。

 だから僕は思い切って僕が貴族であることを明かし、正装を作ってもらえないかと相談することにした。


「全く想定していなかったわけじゃないが、帰って早々にそんなことを打ち明けられるとはな」

「ごめん。騎士団に所属してるってだけで畏まられて、言い出しにくくなっちゃって。生まれが小さい村ってのは本当だし、今までと同じように接してほしい」


 クライトは仕方ないなって感じで了承してくれた。ずっとこれからも友達でいたいし、想定されてたってのは意外だった。僕は全然貴族らしいことなんてしていないし、豪華な服を着てたわけでもないのに不思議だ。

 そんな風に思っていたら、クライトが説明してくれた。


「護衛の人が、魔術師と剣士だったんだけどさ、シュペアと全然違ったんだよ。おかしいなって思ってラオさんに聞いたら、『ウィルとシュペアは別格なんじゃない?』って言われてさ、凄さを実感したっていうか。ヘンドラー商会の会頭の態度も違和感あったし、きっと貴族なんだろうなって思ってた」

「そうなんだ」


「それはいいが、俺は正装なんて作ったことないぞ。父ちゃんも作ったことないと思うし、来年の年始だよな?」


 正装だってローブだって剣舞の衣装だって、服だよね? 服だったらクライトって思ってたから頼んでみたけど、難しいのかな?


「無理そう?」

「いや、まだ時間はある。仕立て屋に頼み込んで修行させてもらうから大丈夫だ」


 クライトは任せろと言ってくれた。「色んな国の衣装や生地も勉強して、正装も作れるようになったら、俺はすげぇ服屋になれるな」なんて楽しそうに言ってくれたから、貴族からの頼みだから断れなかったわけじゃないと思う。


 クライトのお父さんとお母さんには、クライトが説明してくれた。


「き、貴族様にあのような粗末な料理を出して……」

 2人が床に平伏してしまって、しばらく顔を上げてくれなかったから困った。元々貴族出身じゃないし、お金も使われていない村の生まれだってこと、両親にも村の人たちにも虐げられて育ったから、家族の仲間に入れてもらえたみたいで嬉しかったんだと説明したら、お母さんは泣き出してしまった。

 でも、ちゃんと話をして理解してくれた。僕がクライトに正装を頼んだことも話した。最初は驚いていたけど、「クライトの将来のためにもなるだろう」って了承してくれた。

 クライトの家族は本当にいい家族だ。僕にもし家族ができることがあれば、クライトの家族みたいに温かくて、みんなで一緒に食卓を囲むような家族ができたらいいな。



 騎士団の公開演習には、クライトとムートも呼んだ。

 僕は出ないけど、2人にもあの光が飛ぶのを見せてあげたかったから。


 クライトの両親はお店があるから来れなかったけど、ムートの劇団の人は、面白そうだし参考になることがあるかもしれないと言って、みんなで見にきてくれた。

 ルシカの奥さんと家族は、その時間はお店を臨時休業にして来ていた。


 僕は裏方。ミランと一緒に裏で警備を担当してる。

 何もないと思うけど、魔術部隊は稀に魔力暴走を起こす人もいるし、全員が参加するわけじゃない。

 団長とか、中隊長や戦士部隊の大隊長なんかは参加しないし、一応参加は自由ってことになってるから。


 今回も女の人のキャーキャー言う声がいっぱい聞こえる。

 応援してる騎士の人がいるんだって。

 僕は光の玉の時だけ、会場の中で見せてもらった。


 領主様が会場全体を範囲指定して暗転させると、一瞬どよめきが起きたけど、光の玉がふわふわと浮き始めて、それが会場中にどんどん増えて会場を漂うと、みんなから歓声が上がった。

 凄い。

 光の玉は大きさも色も色々あって、動きはゆっくりだ。それぞれを個別に動かすことはできなくても、弱い風を起こせばその風に乗ってふわふわと動いてくれる。こんなにたくさんの光の玉を見られるなんて感動した。夢の中みたいだと思った。

 少しずつ光の玉が小さくなって消えていくと、会場が明るくなった。

 終わってしまったのが残念だって思った。もっとずっと見ていたかった。これが夜なら、夜が明けるまでずっと見ていたいと思うくらい綺麗で、こんなことができる僕がいる中隊の人たちはやっぱり凄いと思った。



「うーん、難しいな。光の玉を出すことはできるんだけど、それを長時間維持したり、たくさん出したりすることはできない」

「魔力を多く込めると、持続時間は長くなるよ」


「それすら上手くできないんだ」


 ムートたちは、あの光の玉に感動して、あれを剣舞の中でも演出として使えないかと練習していた。

 光の玉は、手の上に乗せておいたり、魔力を注ぎ続ければ、自分の目の前にずっと浮かべておくことはできる。それを少し離したらすぐに消えちゃうし、空中で固定することが難しい。


 ちょっと練習したくらいでは、そんなに上手くできないってことで、魔力を多めに込めた光の玉をポイっと出して、消える瞬間に剣でスパッと切るみたいな演出をすることになった。

 それでも難しいと言って、みんなで一生懸命練習していた。

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