361. ここにいたのか

 

 これ以上ティーダに迷惑をかけるとよくないと思った僕たちは、パリスタに向けて出発することにした。

 パリスタに最短で向かうには西に向かって進んで、辺境の戦場跡を通ってパリスタに入る。この戦場跡はずっと前にミランがいたところで、領主様と中隊の人も何人かこの戦場に来たことがあるって聞いた。


「ルシカとゲオーグは戦争って見たことある?」

「俺はない」

「俺もないな」

 何もないと思うけど、人がたくさん戦って亡くなった場所なんだよね?

 ちょっと怖い。


 街はどんな感じなんだろうって思ったら、中は普通の街だった。でも、領主邸の外壁が凄く立派で王城みたいだと思った。街の外壁も分厚くて頑丈そう。やっぱり戦場が近いと頑丈に作る必要があるのかもしれない


 宿をとってギルドに行って、ルヴォンとグレルに『数日中にパリスタに入る』と伝言を残した。


「あれ? ここって孤児院?」

「そうみたいだな。俺が作った孤児院より随分小さい」

「俺も一度ゲオーグが作った孤児院見てみたいな。冬に王都に戻った時に連れていってくれよ」


 王都に戻ったらみんなでゲオーグの孤児院に行こうって話をしながら孤児院で遊ぶ子供を見ていた。

 この孤児院は小さな教会に併設されていて、外では小さい子がたくさん遊んでいる。

 ん? そして僕はみたことある人を見た気がした。

 気のせい? と思ってルシカとゲオーグを見ると、2人は眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。


「僕、見たことある人を見た気がしたんだけど」

「俺も見た」

「俺も。あの赤い髪は間違い無いと思う。ここに逃げいてたのか」


 そうみたい。てっきりサプナーさんのところだと思ってたんだけど、クンストに来る前はここに住んでたって聞いてるし、ここにいても不思議はない。


「ミラン!」

「ええ〜? なんでいるの? 俺、もしかして連れ戻される?」


 やっぱりミランだった。

 連れ戻したりはしないけど、王様も困ってたし一度は世界樹のこと説明しに戻ってほしい。

 僕たちは、これからパリスタの知り合いのところに行くことを話した。それと、荒野に世界樹が生えて育て方が分からないから森の守人のところに聞きにいったことも話した。


「あれってミランとサプナーさんが関わってるよね? 怒られることはないと思うから、一度帰って王様に説明してほしい。王様じゃなくても中隊長かエーネさんかクーアさんでもいいから」

「バレてたのか〜、バレてるならもう仕方ない。一旦帰るか」


 バレるよ。世界樹なんて大きいものを、どうしたら隠し通せるなんて思ったのかが分からない。

 ミランは戦場跡を案内してくれた。

 ここでこんな風に戦ったとか、ここから魔術を撃ったとか、そんな話をしてくれた。戦場は荒野みたいなところじゃなくて山だった。山と山の間で戦っていたみたい。高いところから、「ここから戦場が一望できるんだよ」って案内してくれて、山を下った先の平になっているところは領主様が特大魔術を放って地形が変わったんだって教えてくれた。


「戦争なんて二度と起きないといいよね〜」

 ミランは軽い口調で言っていたけど、じっと遠くを眺めて固く拳を握り締めていた。

 敵も味方もミランの部下も、何人も亡くなったんだろう。

 だから戦場が見渡せるこの場所に来たのかな? 僕はミランの固く握られた拳をそっと掴んで癒しの魔術をかけてあげた。ミランを見上げたらその目からポロって涙が溢れたから。


 ミランはいつも適当なことを言ったり、適当なことをしたり、逃げたりするけど、それは苦しいのとか悲しいのを隠してるのかな? 僕が村のことや家族のことでちょっと落ち込んでた時、ミランは僕を連れ出してくれたりした。

 心のケアが上手なのは、心のケアが必要になることが多い場所にいたからかもしれない。


「俺は君たちに感謝してるよ。色んな国と友好関係を結ぶってことは戦争を起こさないってこと。それって凄いことだよね。俺にはできないこと。だから君たちを尊敬する」

「ミラン……」


「なんてね〜、しんみりするのは苦手なんだよね〜

 美味しい店あるからさ、一緒に行こうよ。そうだ、美味しいケーキの店あるよ〜

 みんなケーキ好きでしょ?」


 ミランはすぐにいつものミランに戻った。

 僕は戦争を見たことがない。話は聞いたことがあっても、どんな空気感でどんな戦いをするのかは知らない。戦場跡でミランの話を聞けてよかった。

 悪くない人同士が、殺し合わなければならない場所。僕はそんな人を目の前にした時、戦えるんだろうか? そんな日が来ないことを祈っている。


 ミランが孤児院にいたのは何でなのか気になって聞いてみたら、あの孤児たちは10歳に満たない小さい子は違うけど、戦争孤児なんだって教えてくれた。ミランにも助けられなかった命があって、だからクンストへ引っ越してもたまにここに来てるんだって。

 戦争孤児がみんな大人になるまでは通うって言ってた。


「ルシカ、ゲオーグ、みんな色んな過去があるんだね」

「そうだな」

「ああ」


 僕たちは3人一緒の部屋で、久しぶりにベッドをくっつけて手を繋いで寝た。

 今日はみんなが生きてて、ずっとこんな平和が続いてほしいと思った。苦しむ人がいない世界になってほしいと思った。


「3人とも気をつけて行ってきてね〜」

「ミランはちゃんと王都に行ってね。飛んでいけばすぐでしょ?」


「見つかっちゃったもんはしょうがないよね〜、久々にファルトの店のケーキも食べたかったし、行くかな〜」


 なんだか本当に行くのか怪しい返事だったけど、きっとミランにも何か考えがあったりするんだろう。そうだよね? また逃げたりしないよね?

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