2. 再会と魔術
5歳当時は『りょーしゅさま』っていうのがあのお兄さんの名前なんだと思ってた。
領ってのも何なのか理解してないのに、そんなの5歳で分かるわけないよ。
今でも領ってのが何なのかは分からないけど、領主様がとっても偉い人なんだってことは分かった。
あの後、領主様は僕を庇ってくれた。
何も悪いことをしていないのだから、責めないでくれってみんなに言ってくれた。
僕の憧れの人。
領主様がやっていたような魔術は、どうやってやるのか分からなかったし、僕にできるのかも分からなかったから、とにかく強くなろうと思って、毎日棒を振り回して山を駆け回った。
戦士は、剣や槍を使うって聞いたけど、剣や槍なんて買ってもらえないから、棒の先に尖らせた石を紐で縛って、槍の代わりにした。
一度だけ父ちゃんに相談したんだ。魔術を使えるようになりたいって。
そしたら、うるさいって怒鳴られて突き飛ばされた。
そしてその日から3日、僕のご飯だけが無かった。
それからも、たまに僕のご飯がない時があった。
山に行った日は、家に入れてもらえない日もあった。
初めて山で狩ったのはウサギで、血がたくさん出て怖かったけど、家に持って帰ると、母ちゃんが困った顔をしてスープにしてくれた。
狩った時は怖かったけど、命をいただくんだと思って、感謝して食べた。
「シュペア、また山に行くのか?山に行くなら家に入れないぞ。」
「それでも行く。」
「勝手にしろ。死んでも知らんぞ。」
「大丈夫。僕はもう8歳だし、ウサギだって1人で狩れる。」
「余計なことはするなよ。」
「分かってる。」
今日も僕は自作の槍を持って山へ向かう。
領主様みたいに足が速くなりたいと思って、毎日走ってるけど、あんなに速くは走れない。
もっと頑張らなきゃ。
ある日、
速くなれ、僕の足!
そう念じたら、僕の足は本当に速くなってビックリした。
身体からどんどん力が湧いてきて、何だってできそうな気がした。
きっと今なら魔獣が出たって倒せる。
そんな気がするほどに力が湧いてきた。
いつもは危ないから、そんなに奥へは行かないけど、今日なら大丈夫。
こんなに足だって速いから、何かあっても走って逃げられる。
そう思い込んでいた。
ブモー
あれは・・・
本当に魔獣に出会ってしまった。
あれはたぶんレッドボアだ。
前足の蹄で土を掘っている。
僕に向かって走り出そうとしているように見える。
怖い。
逃げられないかもしれない。
力も、もう出ない・・・。
いつの間にか、どんどん湧いて出てきていた力も自信も、消えてしまっていた。
僕は、その場で立ち尽くした。
死ぬんだ・・・
領主様、約束守れなくてごめんなさい。
僕はまだ弱かった。
ウサギを1人で狩れるなんて、そんなのまだまだ一人前なんかじゃなかった。
レッドボアが僕に向かって駆け出す。
「ごめんなさい。」
怖くて目を瞑っていたけど、いつまで経ってもレッドボアの体当たりが来ない。
「また悪くないのに謝っているのか?シュペア。」
声が聞こえて、僕はそーっと目を開けると、目の前に領主様が立っていた。
そして、向こうの方にレッドボアが倒れてた。
「うぅ・・・怖かっ・・・。
りょ・・、あり・・、ごめ・・・。
名前、嬉しい。覚え・・・。
助けて、ありがとう。やっぱり格好いい。憧れ。僕も・・・。」
もう頭の中はぐちゃぐちゃで、自分でも何を言っているのか分からなかった。
ただ、死ぬかもしれないと思った怖さと、領主様に会えた嬉しさ、助けてくれた感謝、色んな感情が混ざって、涙まで溢れ出した。
「もう大丈夫だぞ。私が来たからな。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて、もう一回。
そうそう。」
僕は領主様の言う通りに深呼吸を繰り返した。
領主様凄い。あんなに息苦しかったのに。もう全然平気だ。
「よしよし、もう大丈夫だぞ。」
そういって、頭を撫でてくれた。
その手はやっぱり温かくて、優しくて、心が温かくなった。
「助けてくれてありがとう。」
「うん。怪我はないか?」
「大丈夫。」
「それなら良かった。
それで、さっきはなぜ謝ってたんだ?また何か言われたのか?」
「余計なこと、したと思ったから・・・。
それに、領主様との約束が守れなくなっちゃうと思ったの。」
「そうか。」
「この前僕ね、1人でウサギを狩ったんだ。だから、僕は強くなったんだと思った。
それに今日は、速くなれって念じたら、ブワーって力が湧いてきて本当に足が速くなって、なんでもできる気がしたんだ。」
「そうか。1人でウサギを狩れるようになったんだね。強くなったね。
うーん、足はどれくらい速くなった?」
「えっと、いつもよりすごく速くて、これなら魔獣が出ても逃げれるって思うくらい。
だから、山の奥まで来ちゃったの。」
「今もそんなに速く走れるの?」
「レッドボアを見たら消えちゃった。」
「そうか。シュペア、それは身体強化かもしれないな。」
「身体強化?」
「あぁ、魔術の一種だよ。」
「僕も魔術が使えるの?」
「人には魔力と言ってね、魔術を使うための力があるんだ。
魔力の量は人によって違うから、たくさんある人はたくさん使えるし、少ない人はちょっとの時間しか使えなかったりする。
使えば魔力は減ってしまうから、ずっと使い続けることはできないんだ。」
「領主様は凄い魔術をたくさん使ってたから、魔力?が多いってこと?」
「うん。その通り。よく分かったね。」
「僕はどうなんだろう。僕もいっぱい魔術使えるといいな。」
「そうだね。練習してみてもいいかもしれないね。」
「さっきは使えたけど、どうやったら使えるのか分からない・・・。」
「さっきはどうやって使ったの?」
「昔、領主様が速く走ってた姿を思い浮かべて、僕の足もあんな風に速くなるようにって念じたんだ。」
「なるほど。それだけで使えるのは順応性が高いのかもしれないな。
身体の中で、どこかに温かい場所はある?」
「うん、ある。」
「その温かいのが、身体をぐるぐるめぐるイメージはできる?」
「うん。
わー身体が温かくなってきた。」
「お、凄いね、もうできた?じゃあ、それを右手に集めてみて。」
「うん。」
「その温かいのが水に変わって手から出るイメージはできる?」
「うん、やってみる。
うーん・・・」
バチャッ
水が僕の手から落ちた。
「お、できたね。」
「僕の手から水が出た。凄い。」
「練習すれば色々出せるようになるよ。氷とか、風とか、炎とか。
炎は危ないからまだ使ってはいけないよ。」
「うん。分かった。ありがとう。僕頑張るね。
いつか、僕は領主様を守れるようになる。ちゃんと約束覚えてるからね。」
「うん。楽しみにしてるよ。」
領主様は昔のような眩しい笑顔を見せてくれた。
領主様が倒したレッドボアは、僕は持って行けないし、領主様も馬だから持って行けないから、領主様が火の魔術で燃やした。
魔獣の死骸を放置しておくと、他の魔獣が集まってきて危ないんだって。
火の塊が飛んでいって、大きなレッドボアがすぐに灰になって風に乗ってサラサラと飛ばされて行った。
凄い。
僕はまた領主様の魔術を見られたことが嬉しかった。
領主様は、まだこれから別の村に用事があるとかで、山の入り口で別れることになった。
送ってあげられなくてごめんねって言ってたけど、僕は大丈夫。
領主様は忙しいんだな。
寂しいけど我慢する。僕、頑張るよ。
黒い馬に乗った領主様が遠くなって見えなくなるまで僕はずっと眺めてた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます