第2話.確信
二日後、僕は
あれから僕はモヤモヤした気持ちの中にいた。
浮気なのか違うのか。浮気の場合どこまで進んでいるのか、それとあれは誰なのか。違う場合あれは何だったのか、そしてあれは誰なのか。
結局、浮気にしろそうでないにしろ、あの男性が誰だったのかが一番気になっている。
ズバッと訊いてみようかと思う反面、隠れて見ていたことが後ろめたいし、なにより実際浮気だった時のショックが怖くて訊けなかった。
「大和。出来たものからそっちに持ってって」
料理をしている彼女が呼ぶ。今日は彼女の得意料理の豚の生姜焼き。ごはんと味噌汁を添えれば、テーブルには立派な夕食が並んだ。とても美味しそう。
「「いただきます」」
「うん! すごく美味しい」
「そう? ありがとう」
テレビを観ながら僕の横でご飯を食べている彼女はいつもと変わらない様子。地味で大人しい文奈。
「あっ、そういえば友達から聞いたんだけど、早い人は年明けから就職活動するみたいだよ。大和はどうする?」
就職活動……。これは色々聞き出すチャンスかも。
「しゅ、就職活動って、OB・OG訪問とか?」
彼女の様子を確認しながら尋ねる。
「うん、インターンシップとかもね。一年生の時からやってる人もいるんだって」
「へ、へー。……実は文奈はもう始めてたり?」
どうだ? どっちだ?
ドキドキと心臓が高鳴る。
「私はまだ何もしてないよ」
こっちの不安な気持ちをよそに、彼女はあっさり否定した。ということで、あれがOB・OG訪問だったという可能性はなくなった。
よし、次だ次。この話の流れで聞いてしまおう。
「あ、あのさ、文奈は叔父さんとか従兄弟とかいるんだっけ?」
「んー? 急にどうしたの?」
「あっ……、えっと、その、親戚とかそういうコネというか情報とかね、就職活動に役に立ったりしないかなぁと思って」
ちょっと強引過ぎたかなぁ。なんか怪訝な顔をしてる。
「あー、うちは両親共に一人っ子だから、そういうのはいないよ。まぁ、私はいても頼るつもりはないけど」
これも違う。家族や親戚という線もなくなった。
「そ、そっか」
ことごとく僕の予想は外れていた。あとは、あの男性が本当に友達か、考えたくもないけど浮気か……。
唐突に「男友達っている?」、なんて訊けないよなぁ。
もし逆に僕が訊かれたら、確実に浮気を疑われていると思う。そして、なぜ疑っているのか問い詰めるだろう。なにかうまく聞き出す方法はないものか。
◇◇◇◇
その後も何も聞けないし、何も分からないまま五日が過ぎた。表面上は仲良くやっているし、どちらかの部屋に泊まって普通に体も重ねている。
やっぱりあれはただの友達で僕の考え過ぎ、彼女にも男友達の一人や二人いてもおかしくない、そう思い始めていた。
大和
『うん。明日は友達とアキバに行かないかって話になって』
文奈
『そうなんだ』
大和
『文奈は何か予定は? バイトだっけ?』
文奈
『バイトは明後日。明日は私も友達と出掛けるよ』
大和
『そっか。どのへん?』
文奈
『たぶん新宿あたりじゃないかな』
……ん? 新宿?
僕は過去のメッセージを読み返した。あまり気にしていなかったけど、彼女は先週も先々週も新宿に行くと言っている。そして先週は、実際には違うあの駅で男性と一緒にいたのだ。
確信があったわけじゃない。僕は次の日、アキバに行こうという友達の誘いを断って、また中田のアパートがあるあの駅へ向かった。
駅に着いた後、少し離れた場所で待ち合わせのフリをして先週彼女がいた北口を見張る。
監視を始めて一時間、先週見かけた時間を過ぎても彼女は来ない。当ては外れたけど、僕は彼女が来なかったことにホッとしていた。
帰ろうと駅の改札口に向かう。スマホをポケットから取り出し改札を通ろうとしたろころで、前方から見慣れた顔が来るのが見えた。
文奈!? まずい! 見つかる!!
慌てて逆走し横に逸れる。すぐ後ろにいた女性が、邪魔だとばかりに僕をジロリと
僕は改札口から離れると、元いた場所にダッシュした。息を切らし恐る恐る振り返ると、彼女は僕に気付いていないよう。
やはり待ち合わせなのか、彼女は駅の入り口あたりに一人で佇んでいる。しきりにスマホを見ているが、待ち合わせ相手とやり取りをしているのだろうか。
しばらくすると、突然彼女はスマホから目を離し顔を上げた。待ち合わせ相手が来たようだ。
頼む! 違ってくれ!
僕はあの男性が来ないことを願った。あの男性が来たからといって浮気だと確定するわけじゃないけど、それでも愛しい恋人が知らない男と二人きりで会っているのは気分がいいものじゃない。
彼女に歩み寄ったのは……、違う人だった。
ある意味、僕の願いは叶った。しかし、そこにいたのはまたしても男性。
見た感じ三十代以上だろうか。頭はハゲており、いかにも中年男性という印象を受けた。服装は全身黒でセンスのなさを感じる。
二人はお互い丁寧にお辞儀をしている。初めまして、といった感じだ。
少し話をした後、彼女は商店街の方を指差した。そして並んで歩き始める。僕は二人の後をつけた。
後ろから見る二人は先週と同じよう。適度な距離を保っている。ただ、カップルというよりは親子の方がしっくりくる感じだ。
予想通り、二人は先週と同じカフェに入っていった。そして、三十分ほどで出てくると、駅に戻りお辞儀をし男性だけ駅に入っていった。彼女は軽く手を振って見送っている。
男性の姿が見えなくなると、彼女はハーっと大きくため息をつくような感じでガクッとうなだれた。渋い顔で肩や首を回している。一仕事終えて疲れたぁといった感じ。これも先週と全く一緒。
ん? ということは……、まずい! まずい! まずい! 先週と同じなら電話がかかってくる!!
僕はすぐに比較的人が少ない場所に移動した。すると、予想通りスマホが鳴る。
「も、もしもし」
『あっ、大和?』
「うん」
やはり電話は文奈から。
『今どこにいるの?』
「あっ、えっと、その……、家だよ」
あー、なんでまた僕は家って言っちゃうかなぁ。
冷静に考えれば、別に出掛けていても不自然じゃない。なのにまた家にいると嘘をついてしまった。焦りすぎ、いや、小心者なだけか……。
『そうなんだ。じゃあ、これから行っていい?』
彼女は先週と同じように甘い声で訊いてくる。
「えーーっと……」
『だめかなぁ?』
先週と同じように、畳み掛けるように更に甘い声でお願いしてきた。
「も、もちろんいいよ。僕も会いたいし」
『ありがとう。じゃあ、すぐ行くね』
「あっ、うん、待ってる」
結局、先週と同じ手で、彼女をスーパーに買い物に行かせている間に家に戻ることにした。ちなみに今回お願いしたのは食パン。
電車の中、見失わない程度に距離を取る。座席に座る彼女はずっとスマホをいじっていて、僕の存在どころか周りの様子は全く気にしていない。
僕は彼女の一連の行動で、これが何なのかほぼ確信していた。彼女はきっと、『パパ活』をしているのだと思う。
テレビやネットでちらっと観た程度の知識だけど、若い女性が主に中年男性とデートや食事をして、その対価として金銭を得る行為だったと思う。人によっては、愛人や売春のような体の関係もあるのだとか。
おそらく男性は客で、彼女の場合はデートまでで体を売ることまではしていないようだ。とはいえ、人に胸を張って言える仕事ではない。
そんな仕事に手を染めている、いや、手を染めることを決断した彼女に僕は心底がっかりしていた。もっとモラルのある、ちゃんとした人だと思っていた。
この後きっと彼女は、先週と同じように僕を激しく求めてくるだろう。それは僕に対する罪悪感なのだと思う。
しかし、なんでパパ活なんてしているのか。お金に困っているのだろうか。
彼女の話ではちゃんと親から仕送りはされているし、彼女も大学構内の図書館で週三日バイトをしている。何か欲しい物があるなんて話も聞いたことはない。
きっと何か事情があるはずだ。でなければ、あの地味で大人しい彼女がパパ活なんてするはずがない。そう思うと、いつもと変わらぬ彼女の横顔も、何か悩みを抱えている悲痛な表情に見えた。
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