毒カガミ

「鏡よ鏡、この世で一番、美しいのはだぁれ?」

「それは、あなた様であります。」

ドレッサーの前でもう一人の自分に話しかけにんまりとするはこの国の王妃。化粧をすることはせず、そのまま自分を見つめている。

彼女は大した家柄でも無かったが、その美貌から王子に見初められ王妃となった。要領は悪く、勉強も家のこともほとんどできなかったがずっと男性に助けられてきた。今となっては欲しいものはなんでも手に入るし、なんでもメイドがやってくれる。

彼女の人生は"美しさ"というたった一本の柱のみで支えられている。



「王妃様ったら、上品な言葉の一つも知らないんですよ。」

「あら、まずは言葉が通じることを喜ぶべきじゃないですか。」

中身が伴わず傲慢な彼女はしばしばこういった噂話をされる。また、頻繁に交わされるこうした意見交換は少なからず彼女の耳に入っている。そういったとき彼女はすぐにドレッサーの前に移動し、決まってこう唱える。

「鏡よ鏡、この世で一番、美しいのはだぁれ?」

「それは、あなた様であります。」

彼女は構わない。それは決して寛容なのではなく言うなれば愚鈍なのだが。何を言われようと自分の方が美しいのだからどうせ嫉妬だろうと憐みすら抱いている。

彼女の価値観は"美しさ"というたった一つの採点基準のみで形成されている。



彼女には"白ゆき"という娘がいる。母譲りの整った顔立ちと、同じくらい整った環境による教育が生んだ非の打ち所のない少女だった。白ゆきは王妃に対する陰口をよく聞いていたがそれでも彼女を愛していた。反対こそせず、賛成もしなかった。

「鏡よ鏡、この世で一番、美しいのはだぁれ?」

「それは、あなた様であります。」

返答に少しの間があいた。

彼女は白ゆきの存在に焦っている。自分の遺伝子を引き継ぐ、自分より若い少女に危機感を抱いている。自分の唯一の長所を、居場所を奪われてはならない。白ゆきの美しさを奪うことだけ、実の娘に傷をつけることだけを考えている。

ところで、鏡は何をもってこの世で一番美しい人を決めているのだろう。見た目だけで決めてよいのだろうか。王妃の心などはこうも醜いというのに。"この世"を鏡は知っているんだろうか。この世界に比べたら王妃の部屋などはこうも小さいというのに。

彼女の善悪は"美しさ"というたった一つの原因のみで歪んでいる。



彼女は迷っている。若い芽は摘んでおくべきだが、まだ自分が美しい。それならば手にかける必要はない。しかし"まだ"なのだ。いずれは白ゆきが一番になってしまう。ならばいっそ、白ゆきが一番だと言ってくれれば決心がつくのに。そう思いながら、震える声で彼女は呟く。

「鏡よ鏡、この世で一番、美しいのはだぁれ?」

「それは、白ゆきであります。」

彼女は音を立てて立ち上がった。そうして、白ゆきの所へ向かうのだ。あの透き通るような白を、赤く染めてやるのだ。

彼女の全ては"美しさ"というたった一つの動力のみで突き動かされている。

「鏡よ鏡、この世で一番、美しいのはだぁれ? それは、あなた様であります。」

白ゆきは、ドレッサーの前で母がよく呟いていたことを反芻する。

「あなたはずっと見ていたんでしょう?お母様が壊れていくのを。」

鏡は何も言わない。今まで何かを言ったこともない。ただの、一度も。

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