失跡

「今度告白しようと思うの。」

失敗すればいいのに。

「ねぇ、今度の休みにプレゼントを一緒に選んでくれない?」

僕だったらなんでも嬉しいのに。

「大学行ったら私たちどうなっちゃうんだろう。」

僕だったら死んでも離しやしないのに。


あいつがいなくなったら、君は僕を選んでくれるだろうか。そんなことを考えていた僕はクズだ。

そして、いなくなったのは君だった。

あいつもクズだった。あいつは君の葬式には来なかった。


誰かが生きていた証拠っていうのは何処に現れるだろうか。お墓?遺書?それはきっと停滞させた時間なんだと思う。葬式には、多くの人が自分の生活を中断して参加する。家族は幼い頃のアルバムを見て、感傷に浸る。僕は精神的なショックから日常生活に支障をきたす。そうして死は出来るだけ他人に迷惑をかけて生きていたことを証明しようとする。

それは、インクを落としたみたいに伝播し、色を付け、いずれ止まる。しかし元には戻らないのだ。

こうして、数日経った今でも事故現場に置かれた花束を見て足を止める人々の1秒1秒が君の証明になる。

ーーーというのにあいつはどうだ。この前、クラスメイトの女子と歩いているのを街中で見かけた。楽しそうに、手を繋ぎながら。君なんて初めからいなかったような顔をして歩いていた。あの子に伝えるべきだろうか。あいつはとんでもないクズだから別れた方がいい、と。もしあの子がクズだと知らずに付き合ってるとしたら可哀想だからすぐにでも教えてあげないといけない。

いや、僕はただあいつが今まで通りの生活を送っているのが。君の生きていた証明に協力しないのが気に食わないんだ。


あれからまた数日が経った。あいつは別の女と歩いていた。気に食わない。あいつを真っ向から否定すると、君の選択まで否定することになりそうで否定しきれないのが更に気に食わない。しかし何故違う人といるんだろう。前のクラスメイトの子が早々に見切りをつけたんだろうか。それともそもそも付き合ってはいなかったとか。失礼を承知であの子に聞いてみようか。世界に1人でもあいつをクズだと肯定してくれる人がいるだけで僕の心は晴れそうだから。ちなみにあいつはなんだか浮かない顔をしていた。いい気味だ。


「~で、だから振ってやったの。本当最低。」

話を聞きながら、僕は呆気に取られていた。葬式に来なかったのも、浮かない顔をしていたのも、それはきっと現実逃避でしかなくて。

「マジで、死んだ彼女を忘れたいとかありえない。誰でもいいんじゃんね。」

君はあいつにもしっかりと爪痕を残していたんだ。あいつは止まってしまった時間を、失った針を、埋めようとしている。

「あー、話したらすっきりした。そういや、なんで気になったの?その死んだ彼女さんと縁があったとか?。。。て、え、ちょ、なんで泣いてんの。」

なんだ、クズは結局僕だけじゃないか。あいつはあいつなりに君の生きていた証明を探している。他の人では埋まらない心の穴で、君の存在を確認している。

「ありがとう、なんでもないよ。」

「あ、そう?なんか悪いこと聞いちゃったかな。ごめんね。」

「こっちこそ、教えてくれてありがとう。」

とびきりの傷跡を残して君の温度が去っていくのを感じる。それでもまだ、忘れられそうにない。

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