釣り合い

これ以上生きてなんてやらない。

どうせ生きてたっていいことなんてない。みんな楽しいフリをして自分をごまかしているだけだ。

明日から夏休みだというのに僕の心はちっとも軽くなかった。言っておくが、特別いやなことがあったわけではないし、いじめられているわけでもない。夏休みだから最近テストがあったが、それだって上から数えた方が早い。

じゃあどうして僕がこんなことを考えているかというと、それは綺麗事に嫌気が差したからだ。こんな別に大きくもない学校で一番になれない奴が広い社会に出て何かできるのかよ。なにか出来るとほざく楽観主義者どもはどうせこの夏の宿題を期限内に終わらせることすら出来ない。だから、口だけの奴が嫌いなんだ。そう、例えば。

今、目の前に”占いの館”と書かれたテントがある。学校周辺にアーケード街があるからか、この辺には出店みたいな簡易的なものが入れ替わり立ち替わり出現する。この詐欺師もその一つだ。そう、詐欺師。聞こえのいい適当な言葉を並べるだけ並べて何の責任も持たない奴らだ。

冷やかしてやろうか。死にたいとは慢性的に思っていた。いっそ積極的な自殺志願者のフリをして話を聞いてやろう。どんな安っぽい言葉をかけてくれるのか楽しみだ。

「ん、いらっしゃい。」

中は、ポリエステル生地特有の匂いがする。新しめのテントなんだろう。

待っていたのは普通の青年。黒いワイシャツにジーパンという占い師にあるまじき服装をしていて、その上足を組んで座って暇そうに手元でカードをもてあそんでいる。

拍子抜けしたが、ひるんでいられない。どうせ口を開けば胡散臭いはずだ。僕はできるだけ辛そうな人のフリをする。

「あの、もう生きているのが辛くて。自殺しようと思うんです。」

「やめときな、親御さん悲しむよ。」

「どうせ親は僕のことなんてどうでもいいんです。」

「あーそう?じゃあお客さんに死なれると俺が気分悪いからやめてもらっていい?」

「他人じゃないですか、ほっといて下さい。」

「入ってきたのそっちだろ。。。」

なんか、違う。確実に引き止められてはいるんだけど占い師の止め方じゃない。もっと、この先いいことありますよとか言い出すべきだし、さっきから緩慢にシャッフルを続けているそのカードとか使うべきだ。

しかしまだ手はある。絶対に胡散臭い慰めを引き出してやる。

「じゃあ、僕の運勢を占ってくれませんか?」

「いいよ。生まれ月は何座?」

「おとめ座です。」

「今朝のニュースとかでいい?3位だってさ。ラッキーアイテムはね。。。」

「ちょっと待って下さい。」

思わず声が大きくなってしまった。明らかに僕を舐めている。まだ子供だから?しかし、ここで声を荒げていては本当に子供だ。冷静にならなければ。

「待ってください。真面目にお願いします。」

「あーそー?じゃあ。。。この中から好きなの引いてみてよ。」

差し出されたカードの束は不格好な広げ方をされている。それとは対照的にカードそのものは新品同様で綺麗だ。この人、素人なんだろうか。僕は適当に目についたカードを取る。

「どれどれ。あーなんか丸いのが書いてありますね。人間関係で角が立たないってことかな多分。」

カードの意味も知らないみたいだ。それっぽい動きは何もしない。綺麗事なんて言ってやくれない。占い師としても、僕の目論見としてもハズレだ。どうせ体裁も気にしていないようなので気になったことだけ聞いて帰ろう。

「そうですか。ちなみにどうして占い師なのに真摯に話を聞いてくれないんですか。」

「そりゃあ、俺カウンセラーじゃないしな。占いはしてるじゃん。」

適当だ。暴論だ。その占いもろくにできてない癖に。そんな僕の視線も気にならないようで、遂にはおもむろにスマホを取り出した。

「なになに、タロットのやつ信じてないんだろ?でもさ、占いに正解なんてないんだぜ。俺のとこでは本当にあぁなの。もちろん信じるかどうかは自由。」

でたらめだでたらめだ。真面目に聞いてるこっちが馬鹿らしい。全く持って信用ならない。が、なんだか綺麗事を並べる奴らよりはまだ信じられる気がする。

「あなたは、何して生きてるんですか。他に仕事があるんですか?」

「ないよ。これも趣味。だから、お代は結構。」

「じゃあ、ニートなんですか?」

「やだなぁ。お金はあるよ。」

「おかしいじゃないですか。」

「秘密。」

「そうですか。」

ふとこういう人が何をしているのか気になったがそれすら真面目に答えてくれないらしい。いよいよ興味もなくなったので席を立つ。何も得られなかったが形だけ礼を言っておこう。

「僕、帰ります。ありがとうございました。」

「あ、帰るんだね。じゃあ最後に。今調べてたんだけど、おとめ座の人は真面目で几帳面なんだって。少しは肩の力抜いたら?あと、さっきのタロットは運命の輪。一言でいうと、良いことあるぜ。」

スマホをいじりだしたと思ったら調べていたのか。もちろんそれだけじゃない可能性もあるが面食らってしまう。変なところで真面目なことに驚いたが、結局は”良いことある”という漠然とした答えだ。この人らしいけど。

「気を付けて帰れよ。生きてればいつかは良いことあるからさ。」

最後の最後でやっと聞けた綺麗事。それでも、他の奴らとは違う聞こえ方がした。

学生は夏休みかぁ、いいなぁ。という独り言を背に簡易テントを後にし、深呼吸を一息してから歩き出す。外は、新鮮な夏の匂いがした。


ーーー家に着くころには、自殺しようとしていたことなどすっかり忘れていた。

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