第104話 悪神の悪意⑯ 三様の戦い

マイルズと人形はただ睨み合っている。

辺りは恐ろしい程に静かである。

恐ろしい程に静かであるとわざわざ言わねばならないほど、見た目は騒々しいのだ。


一匹と一体を包むように、夥しい数の魔法陣が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。


アンチマジックの最高等技術『双干渉』――全く同じ魔法を真正面から寸分の狂いなく重ね合わせることでその存在を消滅させる――の応酬である。


相手が魔法を繰り出せば、すかさずその魔法を消し去る。

お返しとばかりに魔法を繰り出せば、それも消される。

意地が意地を呼び、意地の密度は上がり、空前絶後の双干渉合戦を繰り広げている。


お互い魔法が当たった所で傷の一つも付かないのだが。



☆☆☆



「ぐ! この!!」

悪神は苛立っていた。

理由は相対している赤いマフラーである。


マフラーがくるりとフェンシェの顔に纏わりつく。

口と鼻を塞がれたフェンシェが、マフラーを剥がそうとすれば、今度はするりと目を塞ぐ。


苛立ちの声を上げてマフラーを鷲掴みにすると、マフラーの端っこがこちょこちょと耳をくすぐる。


「鬱陶しい!」

端っこを掴む。

すると今度はスルスルと腕へと移り、腕と太ももを一纏めにしてしまう。


「なんだ!貴様は!!」

嫌がらせにしかならない嫌がらせを繰り返すマフラーを無理から引っがして、力任せにそれを引き千切る。


『自己紹介はしましたよ?』

千切られた所で何事も無かったように元に戻るマフラーが鳴る。


「貴様に僕は止められない。そして、アイツらが死ぬのも変わらない」

闇の精魔が眷属化した今、必要な時間が変わるだけの見えた未来である。


『少し時間が稼げれば良いのです』

先程からバチバチと緑光を疾らせるテイマーと闇の精魔。

『彼らが語り合う時間が少し作れれば。それに私は結果には興味がないのです』

戦場にあってマフラーの鳴らす少女の声は、超常的なほどに落ち着いている。


「語り合う?」

『ええ。語り合いが必要です』

「眷属と化したゼクトに、テイマー調教師ごときの支配は届かない」

テイマー調教師? 貴方にはそう見えるのですね』

マフラーは揺れる。

穏やかに、優しく。


「何が言いたい?」

『特には何も』

マフラーは揺れる。

たおやかに、軽やかに。


『もう少し見届けましょう。【テイマー調伏師】とその使役獣の語らいを。ふふ。彼らの絆って案外、強いんですよ?』

自分としてはクールなつもりの、むきになって魔法を連発する我が神獣を見遣った。

迷わず地上へ戻った神獣を。


『非常識って、私や貴方の専売特許ってわけじゃないんです』

マフラーは、マフラーとは思えぬ程に神々しくピシリと伸びた。



☆☆☆



「うらぁっ!!」

――ガウゥッ!!――

「どりゃあ!」

――グルアァッ!!――

「うぉおお!!」

――ワグアッ!――


黒犬とリュウセイの戦いは熾烈を極めていた。

咆哮じみた気合と共に振るわれる槍と、怒声に似た咆哮を上げて襲い掛かる黒犬。


お伽噺に語られる魔獣に挑む英雄のようなその構図はしかし、英雄役が浮かべる凶暴な笑顔が、歌劇的なものでないことを語る。

――そう、リュウセイは、槍を振るいながら、笑っていた。


触れれば消える爪を躱し、呑まれれば跡形も残らない牙を躱す。

躱しながら、緑光煌めく槍を叩きつける。


しかし、その槍は弾かれる。


「強情じゃねえか!コロポン!」

心へ届くべきテイミングの光が届かない。

表面を滑り、掻き消される。


「話を聞く気すらねえってか!」

遠吠えと共に踊り掛かる爪を猫化の肉食獣のようなしなやかさで跳ね上がり躱す。


「なんだ!神の眷属ってのはつまり木偶かよ!」

緑光が穂先に集まる。

「あの人形みたいに、やっていこうっての、かっ!スピアーズレイ!」

穂先が魔法陣を描けば、白と緑が混ざり合った極大な光線が奔る。


――グルアァッ!!――

大地を呑み込む龍の如き光線に爪を一振り、二振り、そして、大きな口で丸呑み。


「はは!」

その全てを呑み込む暗黒の大穴を見てかかと笑う。

「そうだ!そうだな!」

楽しげに笑うとリュウセイは槍を捨てた。

唯一の武器を躊躇いなく。


「お前にくれてやるのは槍じゃあねえよな!」

そう言って取り出したのは、茶色いヌンチャクのようなもの。


「お前が食いてえのは、こっちだよな!」

茶色いヌンチャク――いや、それは、Sランクダンジョンで得られる人の世にまだ認められてすらいない超高級食材を、やめてくれと叫びたくなるほど贅沢に使い倒して作ったソーセージ。


「最高傑作だぜ!とくと味わえ!」

自慢気に叫べば、ソーセージが緑色の光に包まれる。

「手ずから食わせてやるよ!」

ゴウ!とリュウセイを包むオーラが渦巻く。

「ストリーーーム!!」


右手を突き出し、吶喊。

先の光線が大地を呑み込む龍ならば、こちらは大地を抉り取る流星。

彼我の距離が詰まるのは一瞬。


その先には、あらゆるものを消し去る牙。

ソーセージもろとも右腕が突っ込まれるその刹那、リュウセイの右腕を薄く白い光が包む。

腕を守るのは光の精霊。


――ガウウッ!?………バウ?―

突進のままに突っ込まれたソーセージ。

黒犬の動きが止まる。


「旨いだろ?」

――ビッカァ!!!――

黒犬の体内から緑色の光が溢れ出す。


「何ぃっ!?」

遠くから慌てたのは、マフラーに巻き付かれているフェンシェ。

眷属の鎖が軋んだのだ。

『私の時間も尽きましたね』

マフラーがふわりと地に落ちる。


「そんな!?」

神の眷属化とは、束縛や契約ではない。

運命を、その存在のあるべき姿を作り変えること。


ランクセノンが消えたことなどに構う余裕もなく、髪を鎖に変え、ゼクトの支配を取り戻そうとする。


しかし、恐るべきことにその力は拮抗。

いや、少し押されている。

「ぐぬっ!?」

苦悶に呻くフェンシェ。


「お代わりもあるぜ!!」

振りかぶられた左手。

同じソーセージがもう一塊。


『え!?マジで!?』と光の精霊が震える。

左腕を守る仲間が足りな……『来たよー』とヒュルリと現れたのは、マイルズについていた光の精霊。

リュウセイの左腕に纏わる。


『あれ?僕たちは?…まあ、ここでいいか?』

それでも余った精霊がリュウセイの身体に纏わる。

その様は白く光る鎧を身に着けた勇者のよう。


手に持ってるのはソーセージだが。


「たっぷり食えよ!ノーサイドぉおおおお!!!」

左手もその口へと突っ込まれる。

「お前はぁ!コロポンだあっ!!!」


緑の光が弾け飛び、橙の光が空を焼いた。

暗夜に訪れた曙の如く。


「な、何故!?」

鎖が軋み、崩れ去るのを感じ、戦慄するフェンシェ。

――その頭上。


「アンタのぉーー!!相手はぁーー!!こっちよぉーー!!」

上空から降り注いだのは若い女性の声。


豊かな金髪をなびかせ、天空より舞い降りる姿は神の使い。

天界に住まう戦乙女。


「ぐぼえっ!?」

いったぁああ!?」

麗しき戦乙女は落下の勢いそのままにフェンシェに激突し、巻き込んだまま、ゴロゴロと地面を転がると、馬乗りになって止まった。


「ハアハア……あいつあんな高さから落としやがって…ってそんなことはいいのよ!!お望み通り!一緒に居て上げるわ!!」

泥だらけの顔で、ニヤリと笑う。

「嫌って程、一緒にね!」

ヤケクソな泣き笑い。

「未来永劫、逃さねぇぞ!?クソ野郎があっ!?」

そして、怒り。


その可憐な手に握られた『ランセル希望の星』が煌めいた。


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