第101話 悪神の悪意⑬ 金と白
「にゃ」
淡い光に包まれた5人の顔に血の気が戻る。
外傷の酷かったレイチェルの傷も見る見る内に治っていった。
「にゃ」
とりあえず治ったは治ったらしい。
「目が覚めるまではもう少しですかね」
「にゃ?」
「いやいや! 流石に休ませて上げましょうよ」
起こすことも出来るらしい。
それから暫く。
バルディエは見たことを語った。
フェンシェという悪神の、その圧倒的な実力と、シフォン達に何が起こったのかを。
「にゃあー……」
その話を聞いたマイルズの顔に思慮が浮かぶ。
「にゃにゃあにゃがにゃがにゃにゃにゃあにゃがにゃ」
「魔法陣……確かに浮かんでませんでしたね」
魔法が結実する際に必ず出来るはずの魔法陣のない魔法。
なるほど、神とは理不尽な存在である。
そんな話が一段落する頃、息を揃えたように5人がピクリと身じろぎした。
☆☆☆
「ここは……?」
目覚めたルーニーが辺りを見渡す。
「……アイツはっ!?」
目の焦点が合うなり、挙動不審に周囲に目を向けるのはジェラルド。
「生き延びたのか」
鎧が砕け散り鎧下だけとなったレイチェルがため息を吐く。
「バケモンにもほどがあんだろ」
疲れ切った声で吐き捨てたのはシャイン。
それぞれがそれぞれに疲れ切ってはいたが、それでも生き延びたことに安堵の息を漏らした。
その暗いながらも弛緩した空気の中、残ったたった一人がその玲瓏な顔を翳らせていた。
「……無理よ」
そして、ポツリと呟いた。
その小さな一言にその場にいた全員の目が向く。
「……あんなの無理よ」
その目からぽろぽろと涙がこぼれている。
青ざめた顔で、自分の身体を抱きしめながら、譫言のように『無理だ』と繰り返す。
「……もう……おしまいよ」
諦念。
その言葉の重さに、いつもは能天気な四人組が思わず言葉を失った。
「――ふざけないでよ!!」
しかし、その沈黙を破ったのもまた本人だった。
別人のようにシフォンの叫び声が響く。
「アレを野放しにしたら世界が滅ぶって言ったの、アナタでしょう!!」
その右手は自分の胸を叩いている。
その顔は怒りに染まっている。
「放っておいたら全員死ぬって言うから、私はアナタを受け入れたのよ!?」
思い出すのは、一年前のあの日。
ベルエーダに生まれたシフォンの人生は決して穏やかではなかった。
そこそこ名の知れた傭兵だった父が己の技量を賭けた闘技場のギャンブルに負けたため、その美貌を売られた娘だった。
「世界を救う英雄になるんでしょ!?」
その日、シフォンの夢に現れたマジェリカは伝えた。
世界が滅ぶ、と。
アナタならはそれを救える、と。
「世界のためだってアナタが言うから、私は魔核を失うことすら受け入れたのよ!?」
いつ死んでも構わないと思いながら、それでもただ運命に負けて死ぬのが口惜しかったシフォンにとってそれは天啓だった。
「人の人生棒に振っといて、今更、何もできませんなんて通用するわけないでしょ!?」
人に吸い取られるだけの生活から抜け出し、それどころか、英雄として崇められ何不自由なく暮らせる毎日。
自分だけじゃない。
そうなれば同じように、何の落ち度もなく、ただその生まれが不幸であったと言うだけで運命に翻弄されている多くの人を救うことが出来るのだ。
「大天才はどうしたのよっ!?」
「……無理なのよ」
そう答えるのも、シフォン。
奇妙な一人芝居のはずなのに、その切実にして切迫した迫力に、誰も口を挟めなかった。
『にゃ?』
『え? 行ってもいいと思いますよ? 一人で盛り上がってますけど』
『にゃあ?』
『私? 私はいいです』
『にゃが?』
『え?こわ?怖いってマイルズさん、怖くはないですよ?そそそんなの怖いわけ、怖いわけないじゃないですか?ただ。タダですよ? ただ私はリュウセイさんに彼らの面倒を見るように仰せつかってますからね。いやあ、残念だなあ。残念ですよ、本当に。私の数々の秘術が炸裂する雄姿をって、ああ、もう行くんですね。はい、いってらっしゃい』
それでも空気を読んだヒソヒソ話を打ち切ると、何一つ気負いを感じない足取りで、マイルズはトコトコと小走りにリュウセイの下へと向かった。
マイルズは決して悪神の力を侮ってはいない。
確かに強いのだろう。
しかし、不安はなかった。
悪神とはつまり本物の捨てる部分で作られた偽物である。
神を冠するとはいえ、所詮、偽物ごときに、あのあらゆる意味で本物のやばいヤツであるリュウセイが劣るとは思わなかった。
もう一つ、そのやばいヤツに引けを取らないやばいコロポンまでいるのだ。
理不尽が二つ。そして足し算ではない。ヤツらは掛け算なのだ。
理不尽の自乗。
だからいつもと変わらない。
気負う理由などどこにもなかった。
「無理って何よ!?マジェリカ・ラズウェルに不可能は無いんでしょ!?」
シフォンは叫んだ。
あの激痛は覚えている。
思い出すだけで足がすくみ、心が軋む。
しかし、叫ぶしかなかった。
無理なのだ。
人にどうこう出来るものではない。
頼れるのは、この自分に宿った魂の持つ知恵だけなのだから。
「無理なのよ!!」
シフォンに宿るマジェリカも叫び返す。
「あのエレメンタルストーンで足りるはずだったの!!」
キャパシティには余裕を見ていた。
300年で伸びるであろう実力を見越して石を選んでいた。
「でも、足りなかったの!!」
しかし、全く足りなかった。
もしあの悪神を封じようと思えば、さっきの倍、いや3倍から4倍。
拳ほどの大きさが無ければ足りない。
「拳大のエレメンタルストーンなんて、手に入らないわよ!!」
余りにも非常識な大きさである。
「「「「……」」」」
拳大のエレメンタルストーン。
そもそも存在するのかも疑わしい大きさである。
冒険者として、その存在の非常識さを知る四人が黙る。
「……」
ただ一人、いや、一羽。
青くなっている梟がいた。
いや、その梟は赤いのだが。
「……?」
何となくその雰囲気を察したのか、シフォンがバルディエを捉える。
「……えーっと、……何ですか?」
猛禽類に睨まれたカエルのように慌てるバルディエ。
しかし、バルディエの言葉はここにいる誰にも通じない。
「あの、私、あれのお相手をするのはちょっと勘弁願いたいといいますか、ええ、あの……」
目が泳ぐバルディエと、目が座ったシフォン。
「「「「……??」」」」
気が付けば全員の目がバルディエを見据えている。
「……いや…って、ですよね。これ、黙ってたらダメなヤツですよね?」
その言葉も通じない。
しかし、胸元から取り出されたそれが何であるかは全員が分かった。
「お借りしたままになってまして」
そう言って取り出したのは透明な宝石。
精霊の依り代にしようとして結局使わなかったその石。
その昔、一人の天才により編み出された神を操る術を果たすため、知識の都・フロランシエがその権限の全てでもって探し当て、徴収した巨大なエレメンタルストーン。
フロランシエ崩壊後、ルーラン大図書館が秘蔵し続けた奇跡の石。
名前を『ランセルの星』という。
日が落ち、宵闇の帳が落ちる最中、明星は確かに瞬いていた。
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