第100話 悪神の悪意⑫vs赤い髪の調教師
「壊す?」
リュウセイの言葉を聞いて、フェンシェは嘲笑った。
大仰に腕を広げる。
「貴様ごときが、僕を傷つけられるとでも?」
余裕を見せるように嘲笑いながらも、その目は隠し切れない怒りに染まっていた。
「驕るなよ、人間風情が?」
声を落として告げるフェンシェには神を名乗るに相応しい威容が備わっていた。
「コロポン?」
しかし、リュウセイは柳に風と受け流し、隣に立つ相棒に呼び掛ける。
「うむ?」
「お前は、あっちの人形を押さえとけ」
「うむ?」
そう告げるリュウセイの目は、ギラギラと光っている。
「この変態は俺がやる」
その憤怒とも笑顔とも取れる表情は壮絶な凶相。
「う、うむ」
コロポンは思い出す。
初めてリュウセイと出会った時のことを。
洞窟の奥。
暗闇に紛れた自分に向けたその目を。
憑りつかれた様な、酔ったような、異様な迫力。
「うむ」
身体が思い出すあの芯までを痺れさせた驚愕の衝撃。
そう言えばさっきバリバリと景気よく赤い核を頬張っていたなとコロポンは思い出す。
「ふむ」
また一つ頷き、ひらりと身を返して、勢いをつけると人形へと突進を掛けた。
「マジェリカに「てめえの相手は俺だ!」
「ふぇぶっ!?」」
人形を守るように動こうとフェンシェが視線を切ったその瞬間、リュウセイの振り払った槍の穂先が眼前に迫り、その横面を殴り飛ばす。
「うむ。少し離れねば何をされるか分からんからな」
人形がとっさに放ったカウンターの魔法をぱくりと飲み込んで無効化すると、コロポンは人形を弾き飛ばす。
そしてそのままリュウセイの槍が巻き起こす暴風域から離れていく。
触らぬ神に祟りなしとばかりに。
☆☆☆
「重い……もう無理……」
力なく呟いたのは間一髪、難を逃れた後も、マイルズを目指していたバルディエ。
しかし、ふらふらと蛇行すると、少しずつ高度を下げる。
そもそもバルディエの体長がシフォンよりも小さいほどである。
そこに大の大人五人を乗せて空を飛ぶのが土台無理な話……なのではない。
「
魔法の使い過ぎでバテただけである。
『よっこっらしょ』という掛け声とともに、どさりと軟着陸するバルディエ。
そのはずみで、五人がゴロゴロと転がり落ちる。
「ポーションでどれくらい回復するんですかね?」
胸元から取り出したのは黄色い液体の入った小瓶。
怪我に効くポーションである。
「私たち、怪我もしないからこういうのの経験もないんですよねえ」
言いながら、瓶のふたを開け、先ずは一番ひどい状態のレイチェルに雑にぶっかける。
効くのか効かないのか分からないが、傷口には沁みたらしく、低く唸った。
「もう一本ぐらいいるんですかね?」
とりあえずもう一本ぶっかける。
「距離的にはそろそろ来そうなんですけどね」
どうすればいいのか分からないが、容態を見れば流石に心配である。
マイルズが来るのを今か今かと待ちわびていると、向こうから白い影がトコトコと駆けてくるのが見えた。
「あ!こっちですよ!」
バタバタと飛び上がってマイルズを呼ぶ。
「にゃ」
よっぽど派手に暴れたのか、かなり満足そうな顔の白猫は、慌ても焦りもせずトコトコと駆け寄って来る。
「にゃ?」
転がった5人を見て、首を捻るマイルズ。
「こっちの4人は、水魔法に当てられて」
「にゃあー」
『酷いことするね』と4人を眺める。
「こっちは、その魔法は破ったんですが、その後、悪神にボコボコにされました」
「にゃがにゃあにゃにゃがにゃあにゃ」
『無抵抗な相手を滅多打ちにするなんてね』と怪我の具合を確かめる。
「にゃ」
ぴかっと光ると、5人を柔らかな光が包み込んだ。
☆☆☆
唸りを上げて槍がしなれば、その硬い石突きが左の脇腹を打ち据える。
「ごべっ!?」
フェンシェの身体がくの字に折れ曲がる。
たたらを踏んで無防備になったその右肩口に今度は穂先が振り下ろされる。
「ドゥブッ!?」
「バースト!!」
首元の爆発に吹き飛ぶ。
歪んだ視界の端に赤い髪が見える。
「どめっ!?」
何が起こっているのか分からないまま、顎に硬い塊が叩きつけられ、視界が夕暮れの空へと変わる。
「ストリーム!!」
完全に空いたどてっぱらに、槍がめり込むと、そのまま土石流に巻き込まれたように身体が真横に吹っ飛んだ。
『何故!?』
フェンシェは混乱の極みにあった。
存在の位相をずらした自分に攻撃が当たるはずがなかったのだ。
レイチェルの起死回生の一撃がすり抜けたように、躱す必要すらない。
そもそも当たる道理が無いはずだった。
それが初撃からここまで、滝つぼに落ちた枯葉のように、右へ左へと弾き飛ばされ、自分がどこを向いているのかさえ分からない。
魔法を放つ隙すらない。
右に現れたと思ったら左に、そう思えば後ろから。かく言えば上から。
いや、どっちが上かも分からない。
それはおよそ人の動きではなかった。
神たる自分が捉えきれないほどの動き。
その一撃で傷を負うことはないが、しかし、恐ろしいのは、益々とその攻撃が重く、鋭くなっていること。
「ごがっ!?」
振り回した槍に弾かれ、地面を転がる。
着地と同時に前を見れば、野獣のようにギラギラと目を光らせた赤い髪の男が、血のように赤い核を拘りなく口に放り込んでいた。
――バキリ――
核の砕ける音がする。
魔力が吹き荒れ、リュウセイの背後のオーラがズシリと重量を増す。
しかし、それは確かに隙だった。
「眠れ!!」
フェンシェは言霊を放った。
神気を乗せて放つ言霊。
その命令に逆らうことは叶わない。
しかも本能に基づく命令だ。
只人に逆らうことは叶わず、言霊に従い深い深い眠りの幽谷へ落ちていく。
目論見通り、リュウセイの身体がぐらりと傾いだ――
――しかし。
「がぁあっっ!!」
リュウセイが吠えた。空気が震えるほどの裂帛の気合。
「……なんだ今のは?」
傾いだ身体をもとに戻して、リュウセイが呟く。
「……!?」
「……何かよく分からんが、……いや、よく覚えてないが、か?前にもこんなことあった気がする。そん時の方が強烈だったような? いや、何の話だ……?」
こんこんと自分の頭を叩き、軽く振るう。
「……!?」
「まあいい。何をしたかは分からんが、同じ手に二度も三度も掛かる程、俺はお人好しじゃないぜ?」
ぎらりと笑う。
「さ、続けようか。壊れないなら壊れるまで壊すだけだ」
「……」
フェンシェは初めて、息を呑んだ。
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なんとなんとの第100話です。
ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
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