第99話 悪神の悪意⑪vs赤い髪の調教師
リュウセイは駆けた。
不気味な異形を退けた満足感に浸る余韻もなく、一目散と轟音の響いた方へと走り出した。
コロポンは近付きたがらなかったが、それも構わず飛び出した。
嫌な予感……もう少し言えば、居心地の悪さのようなものを感じたのだった。
シフォンは言っていた。
マルシェーヌの北側。棺の入口の入口。
人の近寄らないそこで決着をつけると。
いけ好かなくはあったが、先程の轟音はその感情を塗り替える程に不吉だった。
だからリュウセイは走り出した。
異形との戦闘で溜まった疲れは、
流星のごとく駆け抜けること暫く、リュウセイはそこに着いた。
状況は分からない。
見覚えのあるような男に、見たことのない髪の長い男が指を突き立てていた。
髪の長い男を視界に納めた時、リュウセイの背筋に怖気が走った。
これが敵だ。
これは人ではない。これが悪神フェンシェ。
だから状況は分からなかったが、敵は定かだった。
敵がいるのであれば、迷わない。
迷う暇はない。
走りながら槍を構え、背筋に纏わりつく怖気を置き去りにするように叫んだ。
「ストリーム!!」
☆☆☆
悪神を吹き飛ばし、辺りを見渡す。
悲惨だった。
レイチェルはずたぼろに過ぎたし、シャインたちも土気色の顔に、あらゆる体液を撒き散らして倒れ伏している。
しかし、死んではいない。
命を感じる。
弱っているがまだ生きている。
「バルディエ!」
リュウセイは叫んだ。
「はい!」
空からふわりと降りてきたのは赤い梟。
「みんなを運べ。あっちからマイルズが来てる」
「はい!」
バルディエは返事をするなり、バサバサと転がっているアルディフォンのメンバーを拾い上げる。
足に掴み、肩に担ぎ、頭の上に乗せる。
「ヌシ。来るぞ」
吹き飛ばした悪意の権化がゆらりと動くのが見えた。
「行け」
「はい!」
大の大人を五人抱えて、ふわりと飛び上がるバルディエ。
「マジェリカは誰にも渡さない。お前らは一人も生かさない」
小さな声は、耳元でささやかれたようにはっきりと聞こえた。執念と狂気に染まったその声は、堪えようもなく背筋を震わせる。
「うむ!」
同時に足元から氷柱が生える。
生えると同時にコロポンの爪がなぐ。
「マジェリカ!」
フェンシェが叫ぶ。
反応したのは、シフォンではなく、人形。
生気と表情のない美貌のまま、両手を振るえば、天に描かれる巨大な魔法陣。
「うおっ!?」
「ふむ」
――結実。
「ぬにゃっ!?」
慌てるバルディエ。
「うむ。あれはデカすぎて消せんな」
赤黒い巨大な物体が、飛び上がったバルディエの頭上に現れる。
地と火の混合上級魔法『アクセラメテオ』。
隕石のごとき巨大な岩が灼熱しながら落下する。
「バル「
バルディエの召喚に応じて現れたのは、巨大な樹。
バルディエが300年の長きを過ごしたダンジョンに似た大樹が台地よりせり上がり、巨大な隕石を受け止める。
しかし、大樹を薙ぎ払い隕石は落ちる。迫る。
僅かに稼いだ時間で滑るように進む。
「
もう一度。
「
「
「
何度でも。
折れる度、新しく生え変わる大樹が隕石を受け止める。
その隕石の落下範囲からバルディエが逃れるその時、人形の手が動く。
「邪魔はさせんぞ!」
しかし、次の魔法を構える人形に突撃するリュウセイ。
「マジェリカに触るなあ!!」
怒声とともにフェンシェがリュウセイへ飛び掛かる。
「ヌシの下には行かさん!」
そのフェンシェをコロポンが横合いから切り裂く。
「バーストッ!!」
人形が魔法を結実するその寸前で放った裂帛の一撃が人形を吹き飛ばす。
「行け!バルディエ!」
「マジェリカあ!!」
バルディエを背に道を塞ぐリュウセイ。
マジェリカの元へと駆け寄るフェンシェ。
「ヌシ、これは少々骨が折れそうだぞ」
切り裂いたはずの爪が弾かれたコロポンが渋い声で唸る。
「あれの親玉だぞ?」
油断なく槍を構えてリュウセイが吐き捨てる。
たっぷり半日、理不尽を嫌というほど見せつけられた直後である。
更に、フェンシェの纏う雰囲気。
「執着と独占欲の塊か」
シフォンの言葉を思い出す。
「許さんぞ」
地の底から響く暗い声。
「マジェリカを汚した貴様だけは絶対に許さんぞ!」
ゆらりと立ち上がったフェンシェに続き、ギコリと人形も立ち上がる。
土にまみれた白い髪と白い肌。
茫洋と焦点の定まっていない目。
「つくづく趣味が悪いな」
人として持つべき生気を持たずして、人の質感を持つ悪趣味な
そして、それに人の名を付け、人として愛でる醜悪な
「とりあえず、あれだけやってくれやがったんだ」
あの、大胆不敵な男たちが、泣いていたのだ。
あの、いけ好かない厚顔不遜な女が、泣いていたのだ。
恐怖に震えたのだ。
目の前の人の形をした悪趣味は殺すためではなく、痛めるために嬲ったのだ。
「受けた恩は返すのが道義ってもんだ」
「ふむ」
フェンシェが腕を振るう。
傾き始めた晴天に雨の気配。
「バースト!」
その場で槍を突き上げる。
弾けた空気に雨の気配も霧散する。
フェンシェの眉がピクリと動く。
「骨が折れる?いいじゃないか」
対するリュウセイは不敵に笑う。
「レイチェルさんは骨が砕けても戦ったんだからよ」
「ふむ。しかし、ヌシ」
「なんだ?」
「うむ。爪も牙も通らんぞ、あれは?」
悪神を前にして、一切の恐れを見せない主従に苛立ちを見せるフェンシェ。
「貴様「何、簡単な話だ」
「ふむ」
「壊れないなら、壊れるまで壊しゃいいんだ」
怒髪天を衝いたのは、リュウセイも、いや、リュウセイの方がなおさらであった。
リュウセイの背後に、ゆらりとオーラが立ち昇った。
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