第97話 悪神の悪意⑨vsシフォンが騎士・四銃士
「シフォンが
渾身のドヤ顔を披露するレイチェル。
「なんで、アナタ達がここに……!?」
レイチェル達には何も告げずにここに来たのだ。
控えめに言っても勘の鈍い彼らが、耳をそばだてても女性の機微に疎い彼らが、謙遜ではなくガサツな彼らがわざわざ休みの日に、戦闘準備を整えて、こんな人の寄り付かない場所に来る道理がない。
「ちっ。この神算のジェラルドに見通せないものなどない!!」
同じ後衛職であるルーニーを盾にするような立ち位置で鼻を鳴らすジェラルド。
「そうだぞ!ジェラルドが仕掛けてた盗聴器が全部聞いてたからな!」
ブオン!と大剣を振るいシャインが種明かしをする。
「……盗聴器?」
シフォンの眉が上がる。
「あ、バカ!言うなよ!?」
焦るジェラルド。
「そうだ! シフォンの部屋はセキュリティがしっかりしていて忍び込めなかったからパーティールームにしか仕掛けられなかったとか言ってたが、ちゃんと役に立ったな!」
ルーニーがバシッバシッとジェラルドの肩を叩く。
「……私の部屋?」
シフォンの目が細くなる。
マジェリカの肉体も、無表情は変わらず、しかし、四人を見る目の温度がさっきより冷たい気がする。
「おい!言うなって!!」
そして、ジェラルドの慌てっぷりが後ろ暗さを語っている。
「ちょっと、どういうこと?」
ちなみに、シフォンは自宅の場所をメンバーに教えていない。
理由は『何となく嫌な予感がしたから』。
「ちっ。いや、ちっ。それは、ちっ。ちっ。違っ、ちっ」
しどろもどろに舌打ちを連発するジェラルド。
「今回は役に立ったんだからいいじゃねえか。今はそれどころじゃねえ。そうだろ?」
そんな場をとりなしたのはレイチェルだった。
カバのような顔に、雰囲気だけはたっぷりのニヒルな笑いを浮かべ、最近は髭を剃るようにした青さの目立つ顎でフェンシェをしゃくった。
「君たちに構うほど、僕は暇ではないんだけどね?」
水を向けられたフェンシェはひどく鬱陶しそうだった。
シフォンに纏わりついていたのは知っていたが、いつぞやのテイマーと違って歯牙にもかけられていないので十把一絡げで後で処分すればいいと放っておいたのだが。
「構うことはないさ。俺たちも用があるのは姫様だけさ。てめえは、そこの綺麗なお嬢さんと仲良くしといてくれりゃあいい」
マジェリカの肉体へぱちりとウインクを飛ばす。
「邪魔だから消えてくれないか?断るなら消すけれど」
フェンシェの糸のように細い目がわずかに開く。
「ば、バカ言ってないでさっさと逃げなさい!!」
余りにも分かり切った未来の到来を予測して、思わず叫ぶ。
声を掛けなかったのは、もちろん戦力にならないからだ。
「馬鹿言ってんのはお前の方だ、絹糸のプリンセス?」
しかし、フェンシェから溢れ出る殺気を柳に風と受け流し軽口は続く。
「倒せずとも足止めと、お前を連れて逃げるぐらいは、できると思わねえ、か!?」
言い終わると同時にレイチェルが手を振り何かを投げつける。
フェンシェの足元に叩きつけられた白い小さな袋は、地面に当たるともうもうと煙を吐き出した。
「シャイン!」
「おうっ!」
呼ぶが早いか、大剣を振り上げたシャインが煙幕へ一路突っ込む。
「ルーニーは援護だ!」
「始めてるぜ」
リーダーの指示を受けるより先に一番得意なファイアーボールの準備に掛かっているルーニー。
「ジェラルドはシフォンを確保だ!」
「任せろ! レインフォース!」
ジェラルドが杖を掲げれば、雨のようにパーティーメンバーに光が降り注ぐ。
初級支援魔法『レインフォース』。装備の耐久力を一時的に引き上げる効果がある。
自分はバフを投げると同時に、シフォンへと一直線に駆け寄る。
パーティーを組んで5年。
メンバーの増減はあったが、一人も死者を出していないパーティー『アルディフォン』。その創設メンバーたる四人は、それぞれの長所も短所も知り尽くしている。
そして、自分たちに何が出来るかも。
レイチェルの意図を組み、素早く動き出すその様は、中堅と呼ばれるに相応しいチームワークだった。
煙幕に包まれたフェンシェにシャインの大剣が踊りかかり、ルーニーから放たれた大火球が迫る。
その横をすり抜けるようにジェラルドは駆け抜ける。
マジェリカの肉体がジェラルドを遮るように立ち塞がる。
その指先には炎が灯っている。
中級火魔法『クリムゾンレイ』。
文字通り紅の熱線が対象を焼き貫く殺傷力の高い魔法である。
「悪ぃな。美人は好きだが、アンタの魅力はうちの姫様には及ばねえ」
その横合いから、レイチェルが斬りかかった。
無駄な動き、無駄な口上のせいで隙だらけになりがちなレイチェルだが、単純に『剣を振って斬る』というその技術については、高い。
流麗な装備に相応しい無駄のない剣技で、魔法を放たんとするマジェリカの右腕を切り落とした。
宙を舞う右腕を目で追うマジェリカの肉体の無表情が驚愕に染まる。
背後では、煙幕に包まれた一角で、シャインの咆哮と、火球の爆発音が重なった。
シフォンに駆け寄ったジェラルドが慣れた手つきで
ポーションの色は緑。
魔法によるデバフを緩和する効果のあるポーションだ。
上級水魔法のデバフを完全に無効化することは出来ないが、動かない足に感覚を戻すぐらいは出来る。
腕を切り落とされて茫然としたマジェリカの肉体に、肩からぶち当たって弾き飛ばしたレイチェルもシフォンの元へ駆け寄り、その身体を助け起こす。
「一発かませりゃ十分だ!態勢を整えるぞ!」
「「「おう!!」」」
叫び返し、身を翻すアルディフォンのメンバー。
――ぽつり――
その時、晴天から不可解な雨が落ちた。
――ぽつりぽつりぽつり――
「うおっ!?」
身体に触れた水滴から痺れが広がり、レイチェルとジェラルドはシフォンを抱えたまま思わず転んだ。
「逃がさんよ」
抑揚のない、しかし、耳朶を通り越して心臓を鷲掴みにするような怒りに震えた音が響いた。
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