第94話 悪神の悪意⑥vs黒い犬

「ぐ!」

剣を弾いたその隙を突くように投げつけられた槍を首を捻って避ける。

「バースト!!」

左手……というか左側についている手で振るわれる大槌に槍の穂先を当て、バーストの反動と合わせて距離を取る――


――が、着地するその時、その足元が泥となってぬかるみ、踏ん張りがきかずに体勢を崩す。

そこに殺到する異形の集団。


「ふぬ」

コロポンが踊りかかり弾き飛ばす。

爪に切り裂かれた異形は千々となるが、またうねうねと元に戻る。

いや、元に戻る際に、辺りに転がる岩や木を取り込んで大きく、更に異常に姿を変える。


「うぬぅ……」

コロポンが唸る。

「連携というヤツだな……厄介な」

これまで戦ってきたのはモンスター。それもダンジョンのモンスターだ。

複数を相手にすることはあっても、モンスターは基本的に自分が仕留めるつもりで動くのでサポートという考え方が少ない。

何故なら、倒すことで得られる核が目的だから。


しかし、この異形は違う。

殺すことが目的で、個の考え方がない。

隙を作るために捨て身の攻撃を仕掛け、そこを仲間が仕掛ける。

槍を投げつけもするし、魔法で阻害もしてくる。


それが6。

個の力で勝るモンスターを一方的に倒すことすら可能な、人間の戦い方をする異形。

しかも、その個の力がSランクダンジョンボスにすら匹敵する。


「俺だけ狙われてるな」

更に、敵の目標はリュウセイただ一人。

コロポンの方は見向きもしない。

見向きもされないから割り込むこともできるのだが、敵の数が多い。一度に倒せるのは二体。しかも、それでも死なない。何度でも蘇る。


「むう……どうするのだ?」

6体の異形がじりじりと包囲するのを苦々しく見ながらコロポンが尋ねる。

『殺ス、殺ス……』『まじぇりか、穢シタ、許サヌ……』と怨嗟が零れている。


「……どちらかですらなく、完全に俺はハメられただけなんだが?」

呼び出されただけだ。

二人きりではあったが、何もない。

大体、ああいう自分勝手なのは好みでもない。勘弁蒙りたい。

少しばかり見た目がいいからと、向けれられる好意に慣れ過ぎている。ちょっとぐらいのわがままなら無理押しでも聞いてくれるからと甘えてるし、そもそも人の迷惑を考えてない辺りが気に入らない。

ああいうヤツが、ふわっとしたあやふやな情報だけで探し物とか頼むのだ。迷惑である。

それにそもそも今回はちょっとぐらいのわがままの範疇ではない。



「力尽きるまで潰し続けるしかないが……」

マイルズを感動させたリュウセイ論法。

『壊れないなら壊れるまで壊す』であるが……。

「うむ。際限がないのではないか?」

悪神の眷属と化しているだけあって、底が見えない。


しかも、壊すたびに硬くなっている。

体力の問題もある。

流石に飲まず食わずでこれを相手し続けるのは辛い。

ジリ貧だ。


「……欠片が残らなければ戻らないか?」

「ふむ?」

切り裂かれた欠片がもぞもぞと寄り集まって元に戻る。

ならば、その欠片すら残さなければ?


「お前が切り裂く」

「ふむ」

「その欠片をスピアーズレイで押しつぶす」

「うむ」

「行くぞ!」

5秒で終わる作戦会議。


コロポンが勇躍する。

狙うのは左端の異形。

異形の攻撃はリュウセイに集中する。

数体を削って、隙を作ればスピアーズレイを放つこともできる。


邪魔だとばかりに振るわれた剣がコロポンの身体をすり抜け、その一体を爪で切り裂く。着地と同時に反転。

突撃と魔法の嵐に晒されながら、それをなんとか捌くリュウセイへと向かう。


もう一体。

更にもう一体。


そして、もう一体。

最初の一体が再生するその間際――

「スピアーズレイ!!」


毛穴ほどの隙を突いたリュウセイの一撃が、4つに裂かれた異形を呑みこむ。

光の奔流は地面を抉り取りながら彼方まで走り去る。


「どうだ!?」

「ふむ」

『跡形もなく』と呼ぶにふさわしい結末。

「行けそうだ!」

「うむ!」


意気込んだその時、残った5つの異形が、突如グネグネと動き出し、一つにまとまる。

「……?」

「ふむ?」

嫌な予感しかしない。


そして予感は的中する。

まとまった塊がまたグネグネと動き、分かれる。

6つに。

覚えたくもないが覚えてしまった顔は変わらず。


「もう何でもありだな!!」

「うむ」

何度目かの、望まない仕切り直し。



☆☆☆



「ふむ」

コロポンが爪を振るう。

しかし、これまで切り裂けていた身体は、傷を負うだけ。


「シェル!!」

槍がうなりを上げ、異形に叩きつけられる。

爆発。

しかし、身体を大きく抉られた異形は、なお、倒れない。


「通らなくなって来たな」

一撃で行動不能にしてきた攻撃が、効きづらくなっている。硬くなっているのだ。

それでも無防備を晒した異形に、蹴りを入れながら距離を取る。

日は傾き始め、流石のリュウセイも動きの切れが落ちてきている。


「うむ!」

段々イライラが募るコロポン。

がーっと飛び出して、ぶんぶん爪を振るうが、異形も少しずつリュウセイ達の動きにも慣れ始め、前ほど当たらなくもなってきている。

「ヌシ!流石に飽きて来たぞ!」

「安心しろ。俺は最初から楽しくない」

軽口を返すが、かなり余裕もなくなってきている。


異形はその苛立ちを知ってか知らずか不快なうめき声を上げながら、飛び掛かって来る。

「ぐ!……ぬ?しま」

これまでのように躱し、突き出した槍がしかし、異形の身体に弾かれた。

思わず出来た隙に異形の振るう剣が迫る。


辛うじて身体を捻ったが、剣先がリュウセイの胸元をかすめる。

鮮血が舞った。


「ヌシ!?」

「大丈夫だ」

コロポンが割り込み、仕切り直す。

しかし、ついに一撃を受けてしまった。


「むう……」

胸の傷は深くない。

しかし、傷である。

ぽたぽた落ちる血を見ると、ふつふつと怒りがわいてくる。


いつまでこんなことを続けなければならないのか?

この戦いには目的がない。

ソーセージの材料を集めるわけでも、ソーセージを美味しく食べるための何かを集めるわけでもない。先日、ソーセージと一緒に飲んだビールというヤツは美味かった。

ソーセージとビール。世界は広い。


いや、今は、それはいいのだ。

これはただの戦い、生き残るためだけの戦いで、しかも、戦う理由も巻き込まれただけだ。


ふつふつがぐつぐつへと変わる。

コロポンは怒りのままに異形を睨みつけた。


そしてもう一人――一人というか、もう一集団――怒り心頭の者たちがいた。

それは開戦以来この戦場の隅っこでじっとしている光の精霊たちである。


空気が悪いので日向ぼっこも出来ず、危ないので動き回ることも出来ず、ただじっとすること半日。美しくも面白くもないものを見せられてかなりイライラが募り、イライラは怒りへと転化されていた。


精魔と精霊。似ていながら非なる存在。

闇と光。性質は相反する。


本来交じり合うはずのないこの二つが、共通の敵を前に、怒りという感情で一致した。


光の精霊の一つが、ふわふわとコロポンの前へと現れた。

怒りを隠さず異形を睨みつけるコロポンの前へと。

そして、その一つに率いられるように、残りの精霊もふわふわと。


どちらかともなく頷き合う。

ゼロ秒で終わった作戦会議。


精霊がコロポンの牙へと集まる。

コロポンは、尾を逆立てて異形を睨む。


踊りかかろうとする異形。

その一歩を踏み出そうとしたその時――


「わおおおおーーーん!!」


――コロポンが吠えた。


その声は比喩ではなく大気を震わせた。

思わずリュウセイが耳を塞ぐ。


しかし、それだけではなかった。

コロポンの口から光の精霊が光線のように迸ったのだ。

そのまま首を左右へと振り払う。


光線が大気を切り裂くように辺りを薙ぎ払う。

その眩しさは太陽のようであった。

思わずリュウセイは目を塞ぐ。


右へ左へ、もう一度、右へ左へ。

二往復。


光が収まったその場所には、輪切りにされた異形が転がっていた。


「ふむ」

興味が失せたようなコロポン。

「……何が?」

理解の追い付かないリュウセイ。

コロポンの牙と足先は白く戻っている。


「うむ」

輪切りにされた異形がうごめく。

「!?」

槍を構えるリュウセイ。

しかし、異形はこれまでのようにうねうねとまとまることなく、のたうつように蠢いている。

「!?」

そして、断面からゆっくりと消えていく。

「何が……?」


「うむ。『抑圧』で不死性を『消失』へと塗り替えたのだ」

厳かな重低音でそう告げたコロポン。

「我らの勝ちだ」

興味なさそうに、そう付け足す。

「お、おう?」

よく飲み込めないリュウセイ。

「うむ」

尻尾だけが盛大に揺れていた。



――その時、北の空に雷鳴と呼ぶには余りにも不吉な音が轟いた。


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