第93話 悪神の悪意⑤vs黒い犬
※少々グロ注意です
☆☆☆
マルシェーヌ南門から伸びる街道は、大陸の南北を繋ぐ大動脈に合流するための支線として商人、商隊が活発に行き交う大街道である。
その大街道から外れること暫く、そこには『赤銅の湖沼』というダンジョンがある。
ダンジョンランクはCランク。
ここは、モンスターが強いくせに金になるものが少ないため近隣では群を抜いて渋いダンジョンで、しかも湖沼なので移動がめんどくさいというおまけ付きの極めて不人気なダンジョンである。
しかし、大街道へのアクセスが良く、見晴らしも良い高台にあるそのダンジョンの入口は、マルシェーヌへの往来を見定めるのにとても好都合で、更に人通りも少ないとあって一攫千金を狙う不埒な野盗などがたまに顔を覗かせている。
そんな高台は今、かつてない緊迫感に包まれていた。
珍しく盛況なその場所には8つの影。
一つは人のもの。
槍を構えた赤い髪の男は、リュウセイだ。
その隣に立つのは大きな犬。
身体を低く、いつでも飛び掛かれるように構えているのはコロポン。
対するのはまさに異形。
人のような形状をした何か。大きさは人よりも二回りほど大きい。
頭のあるべき場所に腕が生え、足のあるべき場所に腕が生え、それも一つではない。
肩から生えた頭もあれば、背中に埋め込まれた顔もある。
不規則に生えた不揃いな腕には剣に槍、杖に弓などを統一感なく持っている。
その顔は、苦悶と憤怒にまみれており、半開きの口からは、怨嗟の呻きが垂れ流されている。
一つとして同じ形状のものはなく、ただ等しく生理的嫌悪感を抱く不気味な形状。
それが6。
「……これは人か?」
「人、であったものであろうな……」
謂れのない殺意を向けられた主従は、その異形に戸惑っている。
「……酷いモンだな」
6つの異形のうち、先頭に立つ異形、その胸から生えた、『殺ス殺ス』と呪怨を漏らすように繰り返す首に同情とも悲哀とも呼べない視線を向ける。
リュウセイは知りえぬことであったが、この首の男はかつてエバンスと言った。
それ以外にも、この異形から生えた首は、キュリエ盗賊団――人であったころの正確な所属で言うならば、エバンス盗賊団の幹部たちのそれであった。
手に持っている武器もまた、彼らが愛用していたそれらであった。
6つの異形に生えた16の首は人として晒してはならない尊厳の欠片もない獣じみた表情を浮かべて『殺ズ』『許サヌ』『苦シイ』『まじぇりか』と言葉にならぬ言葉を繰り返している。
「……どうにもやはり神ってヤツには近づかない方がいいな」
多様な『モンスター』を見たことはあれど、『人』がこのように歪つでおぞましい姿へと変容しているのは見慣れない。
彼等がどんな人間だったかは知らないが、怖気を誘う姿に、やりきれない感情が満ちる。
「ふむ」
対してコロポンは、リュウセイから戸惑いは感じるが、自身はそれほど不気味さは感じていない。
それよりも、ここから離れた場所に、妙に気が惹かれる。
それはバルディエのダンジョンに入る前のような、初めてサラエアス深山に入る時のような、『嫌な感じ』に近い。
とりあえず、ここはさっさと片付けて、少し離れたい。
『『『『『『殺スッ!!』』』』』』
睨み合いは続かず、異形が地を蹴り奇声を上げて踊りかかって来た。
「む!?」
「何!?」
思わず驚いたのはその速さだった。
見た目は奇怪ではあったが、人としての体をなしていないその姿は、機動性が少しも予想出来なかった。
何せ腹から肩に向けて足が生えているような姿である。
現れた時は、泥まみれになりながらゴロゴロ転がっていたし。
それが、まさか華麗に宙を舞い、襲い掛かってくるとは思っていなかった。
「くっ!?」
「む」
慌ててその場から飛びのく。
「おっ!?」
しかし、それだけではなかった。
一体目を飛び避けたその隙を突いて二体目が、更に体を捻ったそこをめがけて三体目が。
手に持った様々な武器を不気味なほどに器用に操り、襲い掛かる。
しかも、図体がデカく、そして何より歪つな為、紙一重で躱すのが難しい。
結果、大きな隙を見せながら避け回ることになった。
巨大な鎚を振り回す異形を躱し、その鎚の横から突き出される槍を避け――
『ろっくろっく』
――呪詛にしか聞こえない音がした。
「ぐおっ!?」
槍を避け、次に迫る剣を捌こうとしたその時、右腕が突如重くなる。
見れば、右の肘の辺りに不自然に岩がぶら下がっている。
土属性下級魔法『ロックロック』。
足や腕に拳大ほどの岩をまとわりつかせる阻害魔法である。
その隙に二体の異形が襲い掛か――
――る寸前、黒い疾風により弾き飛ばされた。
「ヌシ! 大丈夫か?」
光の精霊による封を解いた黒い爪で異形を弾き飛ばしたコロポンだった。
「ああ。なんとかな」
無造作に右腕を振るって、岩を落とす。
「魔法まで使って来るとは……油断した」
理性も知性もないおぞましい肉塊にしか見えないが、武器の扱いは巧みで、連携もする。さらに魔法まで放つとどうにも相当な難敵であるらしい。
「うむ。思いのほか、動きが速い……後、余り触れたいものではない」
『消失』の力を持つ爪に裂かれた異形は四つに分断され、転がっている。
黒とも緑とも言えない粘液をぶちまけるその姿は、切り裂かれる前以上に気持ち悪かった。
「……消えないのか?」
「裂けるだけマシではあるがな」
「それもそうか」
思い出すのはマイルズと初めて会った時。
マイルズは切り裂いても、噛みついても、何も起こらなかった。
それに比べれば十分勝ち筋は見える。
「残り4つ、だな」
「うむ」
体勢を立て直し、残った四つの異形に向きなおろうとしたその時。
「……どうなっている?」
切り裂かれ、転がっていた肉塊が、ぐねぐねと醜悪に蠢くと、二つの塊にまとまる。
「「……」」
更に、粘土細工を捏ねるようにぐちゃぐちゃと音を立てると、再び、異形として立ち上がった。
しかも、再生するときに地面に転がっていた岩や土を取り込み先程よりも大きくなったその姿は、人と泥が混ざり合い、益々おぞましい。
「趣味が悪すぎる……」
「むう……」
『『『『『『まぁじぇりかあ』』』』』』
望まずも仕切り直しとなった。
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