八章

第89話 悪神の悪意①vs赤い梟

スラディ山の麓。

温泉街の入口となる街道が通る、大きな岩がゴロゴロと転がる荒地。


その荒地の中にポツンと、不似合いな白い立木があった。

そして、立木に止まる赤い梟。


バルディエである。


「……何故、私がこんなところに……」

非常に不満そうである。

「何故ですか?」

傍らを飛ぶトンボ達に尋ねるほどに不満げである。


身体を紐でくくられ、その紐の端をバルディエに掴まれているせいで、自由に飛べなくなったトンボ達もまた、不満げにホバリングしている。


「大体、なんで私が一人なんですか?」

シフォンとの話し合いを終えて現れたリュウセイはひどく不機嫌だった。

不機嫌なリュウセイというのはなんだかんだで初めて見た。

そして、不機嫌なまま、バルディエはここへ派遣されてしまった。


「リュウセイさんが戦いたくないなんて言うほどの相手を、なぜ私がせねばならないのですか?」

新しい相棒たちに聞いてみるが、不規則に飛び回るだけで話を聞いているのかも怪しい。

悪神の手先が攻め込んでくるかもしれないと言うことなのだが、そんなことを言われても正直困る。


話を聞いたマイルズは『にゃ』と拘りなく鳴いて、とっととベルエーダと向かった。

リュウセイはコロポンとマルシェーヌに残った。

おかしいのだ。

バランスを取るなら、リュウセイと自分がセットで、コロポンが単独になるはずだ。

訴えたが却下された。


理由は『嫌だから』。


なんと理不尽な、と腹いせにトンボを手あたり次第捕まえてみたが、大した慰めにはならなかった。ならなかったが、一人よりはマシだろうと付き合わせている。


「しかし、悪神ですか……そんなのがいたんですね」

ミカエル翁の知識によれば、悪神というのは洒落にならない存在らしい。

そんなのが足元にいたのかと、今更ながらびっくりした。

ちゃんと説明しろよ!と思う反面、ちゃんと説明されたら絶対に聞き入れてない自信がある。


だからまあ、良かったのかもしれない。


「だからって来なくていいんですけどね」

温泉に入ってる間に、全てが解決するとかないだろうか?と考えてみる。

トンボは呑気に空を飛んでいる。


見立てでは、こっちには大した手勢は来ないだろうと言うことだった。

狙われる理由もシフォンが温泉が好きだからとかいうふざけた理由だし、ふざけた理由にはふざけた程度の敵しか来ないんじゃないか?ということらしい。


だから一人で大丈夫という理屈には意義を申し立てたいし、根拠が薄弱で信用できないし、リュウセイの考える大したことないというのは一般的に考えてかなり大したことあるはずで、嫌な予感しかしないのだ。


「言ってもやるしかないんですけどね」

ぶつぶつと不平を漏らしつつ、結局、頼まれると応えずにはいられない苦労性の梟だった。



☆☆☆



飛ぶのに疲れたトンボ達を頭に乗せたまましばらく。

日が傾き始め、背後の温泉街に明かりが灯り始めたころ。

「……ほらね?」


バルディエの目に黒い影が映った。


目の前にはまだ何もいない。

まだ遠くの影を捉えたのは千里眼だから。


「……ほら、もう、なんか変な力が立ち昇ってるじゃないですか?」

人の形をしたそれからは、神気というには格が足りず、魔力と呼ぶには不安定な、くすんだオーラがモヤモヤを立ち昇るのが見える。


「……どうしろって言うんですか? あんな気持ちの悪い生き物の相手なんかしたくないですよ私は?」

変なものは触りたくない。

触りたくないが来てしまった以上どうにかするしかない。


「まあ、一匹ですから、どうにかなるでしようね」

得体は知れないが仕組みは見える。

魔力に無理やり神性を宿そうとしているのだ。


故に歪。

多少、人から外れた力を持つとしても、放っておけば勝手に壊れて消える。


適当にあしらって時間を稼げばいいだけだ。


「いやあ、本当に大したことかないのが来て良かったで……ん?」

目に映る影が一つ増えた。


「まあ、二匹なら……ら?」

その後ろからポツリポツリと影が増える。


「あれ?思ったより多くないですか?」

二匹が三匹に、三匹が五匹に、五匹が十匹に。


「え?いや、ちょっと多すぎると……多い!多いですよ!!」

ポツポツとまばらだった影は、見る見る数を増やし、あっという間に塊となり、更に増え続け荒野を埋め尽くす大群と化した。


ゆらゆらと立ち昇っていた変なオーラはそれ同士が共鳴するかのように揺らぎを強くし、一体化され、『災厄』と呼ぶほどの禍々しさを醸し始めている。


「……」

その数は千か、それ以上か。


「……」

不遇にも大群と出くわした旅人が見えた。

旅人は何が起こっているのかも分からぬままであったろう、気が付けば大群の一部となり人であることを止めていた。


「……これはつまり……?」

クルリと後ろにある街を見遣る。

街の中には人がいる。

人が飲み込まれれば、あの変な生き物に変容してしまう。


「あの群れが街に辿り着いたら、負けってことですか……?」

そろそろ本来の視界にも見えて来そうな大群を前に茫然と呟く。


「……はぁー」

溜息を一つ。


「やるしかないですよねぇ」

気の抜けた言葉と裏腹に緑の瞳は力を宿す。


フェグ来たれクルフェトリーマ小人の森!!」


その直後、荒野は森と化した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る