第88話 「それと俺たちは関係ないだろう?」
「――来るわよ」
類を見ない整った顔にばっちりとキメ顔で言い放った劇的な一場面のような強烈な余韻を残す。
「……うむ」
その余韻を浴びながら、リュウセイは何とも言えない顔で自分のカップを煽る。
「……あのさ、普通ここは『何っ!?』とか言って立ち上がる場面じゃないの? 何、その微妙な顔は?冷めた表情は?」
極めて不服そうなシフォン。
「いや、重大さは何となく分かるんだが……そもそも俺たちは別に関係なくないか?」
なんせ、いまいち腑に落ちない。
「関係なくはないわよ!!」
怒鳴るシフォン。
マジェリカ時代の
「アナタ達がバルディエを連れ出したり迷宮壊したりしてなきゃこんなことになってないんだから!!」
とにかく大きな声を出すシフォン。
「連れ出せって提案したのはバルディエだし、細かな説明をしてなかったのはお前の落ち度だろう?そもそも迷い込んだら出られないなんてことが入ってからしか分からんような、そんな危険な話があるか?こっちは遠回しに殺されかけてるんだぞ?」
「ぐっ……」
誤魔化しきれずに歯噛みする。
「いや、それは時間が無かったから仕方なくで……」
突然しおらしくなり指をいじいじしながら上目遣いでリュウセイを見つめる。
目が少し潤んでいて、男であれば無条件で許してしまうこと間違いなしの愛らしさと庇護欲の塊である。
「それと俺たちは関係ないだろう?」
「ぐっ……」
押しきれなくて歯噛みする。
「分かってるわよ!!」
もう一度大声を出すことにした。
「分かってんのよ!!でも、どうしようもないからこうして頼んでるんでしょ!?」
「……頼んでたのか?」
「頼んでなかったら何なのよ!?」
「いや、質の悪い命令かと」
無頼漢を使って呼び出されたし、問答無用で力を貸しなさい、だし。
「私がわざわざ時間作ってる……ふぐえっ!?」
奇声とともにシフォンがぐったりする。
「……あの、すみません」
そして、ひょこっと顔を上げると、別人のように、へへーっと愛想笑いを浮かべる。
「悪い人ではないんです。どちらかと言えばいい人なんです。ただ、こう人付き合いが苦手というか、常識が無いだけで。ごめんなさい」
全てを見透かすような鋭い知性が鳴りを潜め、常識という理性が窺える少し弱気そうな目がリュウセイを見据えた。
☆☆☆
『神とか悪神とか私もそこまで分かってはないんですけど』と前置きをしたシフォンが話す。
「私だけでやれよ、っていうお気持ちはよく分かるんです。実際、そうなんです。そのつもりだったんです。でも、どうもダンシェルから解放された悪神フェンシェっていうのはそういうわけにもいかないみたいで」
動き出した悪神フェンシェが考えるのは、執着と独占だ。
シフォンに宿るマジェリカの意識だけではなく、マジェリカの思い出もまた独占したいと考える、とシフォンは伝えた。
「つまり、お前一人が犠牲になればおしまいとはならない、と?」
「はい」
シフォンは重く頷く。
「私の生まれたベルエーダ、それに今住んでるマルシェーヌとか、そういう所全部、大袈裟ではなく無くなるって言う話で、頭抱えてました」
「それで、力を貸せと?」
「……そうよ」
再び目が変わる。
「……それは、その、何とかなるのか?」
街が無くなるという言葉が、なぜか妙に腹に響く。
笑い飛ばせないうすら寒さで背筋が震えた。
見たこともない『神の力』に身体が怯えているようだった。
「なる。悪神は私がやる。そのための仕掛けはある。勝算もある」
声に揺らぎがない。
「そのための私なのよ」
ただ、と目を伏せる。
「私が悪神の考えることが分かるように、悪神も私の考えることは分かる。悪神はまっ直ぐ私のところに来るでしょうけど、必ず、それ以外の手を打ってくる。私のことは自分の手でやりたくても、それ以外は結果だけでいいから。それを防ぐ手段が私にはない。」
「それが俺たちだと?」
対して声が硬い。
「おかしいと思ったのよ。シフォンには、神と戦うかそれに足る才覚のある人しか声を掛けられないはずだったの。そういう風にシフォンの運命は曲げたから。なのにどう考えてもアイツらは足りない。変だと思ってたんだけど、アナタだったの。アナタに繋がるために、私はアナタと出会った。だからアナタなら足りる」
「……」
腕を組んで目を瞑るリュウセイ。
その肩が小さく震えている。
対してシフォンは、優雅にカップを傾けた。
「……レイチェルさん達はこの話を知ってるのか?」
「知らないわよ。教えてどうにかなる話じゃないもの。力不足よ。まあ、流石になんか変な女だな、ぐらいには思ってるはずだけど。どう考えても二重人格だし」
確かに目の光り方や細かなしぐさなど、同一人物とは思えない違和感がある。
「なんとか……なんとかするしかないのか?」
逡巡。
自分でも珍しい。
街が危ない。戦うしかない。
ならば何を迷うのか?
自問はするが、迷いの答えは出ない。
「それに今更なんだけど、こんな密室に私と二人きりになった時点で、アナタも狙われるから……もう!逃げられないんだけどね!」
それはそれは清々しい笑顔だった。
「……はぁっ!?」
裏返った悲鳴が漏れた。
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