第86話 マジェリカ・ラズウェルの功罪
マジェリカ・ラズウェルの天才っぷりは常軌を逸していた。
魔法研究の大家であり、曾祖父が名にし負う魔導士であったラズウェル家の子であることを差し引いても、天才であり、異才であり、鬼才だった。
1歳半の頃、初めての落書きらしい落書きが、結界魔法の簡易魔法陣だった。
初めて話した言葉はママでもパパでもなく初級魔法の
5歳で家庭教師となったのはムスタング魔術院にて教鞭をとったこともある老魔法学者であったが、その僅か半年後、老魔法学者は自殺によりその生涯に幕を引いた。
その遺書にはようやっと言葉を操るようになった幼子への怨嗟が書き連ねられていた。
10歳でムスタング魔術院へと入院。
高等教育を修了した大人に混じって受けた入試試験では筆記試験で全科目満点、実技試験で0点という極端な成績で、選考に波乱を呼んだが、これは圧倒的な知識に未成熟な身体がついてこれていなかったためと判断され合格となる。
この決断が数多の生徒と教師にとって悪夢となるとは考えられなかった。
所詮は10歳の少女だったから。
13歳になり身体が徐々に出来上がり始めると、この天才はいよいよもって天災たる本性を表すようになる。
それはつまり周囲にとって唯一のプライドの拠り所であった『頭でっかちの夢想家に過ぎない』という幻想すら打ち砕くということである。
知識と技術の融合が進むにつれて、マジェリカにも変化が訪れる。
これまでのどこかおどおどと自分の才能に振り回されていたような態度が消え、代わりに攻撃的で挑戦的な発言が増え、奇行も見られるようになった。
代表的なのが、魔術院で恒例行事であった魔術による御幸試合で、マジェリカは大人に混じり、結界魔法だけで全ての魔法を無力化し無傷で完全勝利するという離れ業をやってのけた。
更に嫌味なことに、マジェリカは眉目も秀麗であった。
有象無象の――世間的には天才たちの集団であるが――僻みや妬みなど、なんの痛痒も感じないほど、彼女は天から多くを与えられていることに気付いたのだった。
マジェリカにとって自分以外の人間は砂袋に棒が生えているだけでしかなく、世間の常識は自分の才覚を封じ込める毒ガスに満たされた檻でしかなった。
そうである以上、16歳の時、人の世を捨てて霊峰ダンシェルへと旅立ったのは当然の帰結だったかもしれない。
そして、誰からも止められなかったのもまた当然であったのだろう。
☆☆☆
「思ってたより大変だったけど、楽しかったわ。まさか、私の華麗な経歴がほとんど抹消されてるとは思わなかったけど」
シフォンは淡々と語る。
彼女にとって全力を尽くしてようやっと抗うことが出来たダンシェルの環境は、或いは初めてその生を実感できた環境だったのかもしれない。
「邪魔はされないし、特級の素材は溢れてるし、何食わぬ顔で山を下れば足りない物もなかったしね。マルシエヌは人の出入りが多かったから見咎められることはなかったし。ま、顔さえ隠せば、だけど」
ふふん、と顎を上げる。
シフォンの顔立ちでその仕草をすると、返す言葉が無いほどに似合っていた。
リュウセイは『この菓子のクリームはバラである必要があるのか?』と思いながら、神妙な顔で話を聞いていた。
理由はミネルバ婦人に怒られたからだ。
「この後よね、本題は」
一転、表情が翳った。
「唐突だったわ。夢枕に立つって言うのかしら?神託を受けたの。神なんて爪の先も信じてなかったのに……」
『山頂の近くにある泉へと来るように』と夢うつつに言われたマジェリカは、その言葉に従った。
そして、泉……神泉と呼んで差し支えないであろう、小さな泉で彼女は出会った。
水神フェンシェに。
「あの頃、ヘルセーは隆盛を極めていたわ。英知の隆盛を。そして、届いてしまったのよね、『世の理』ってヤツに。」
「バルディエが守ってたものか」
「そ。ヘルセーが届いたのは『神を操る術』。神からすればそりゃあ何としてでも消し去りたい技術よね。だからフェンシェは私に依頼したのよ。技術の消滅をね」
「凄い話だな」
「そりゃそうよ。天才だもの」
胸を張るシフォン。
「凡人が1万年足掻いても指すらかかれない領域に届いてしまった、罪な私」
「ん?」
「何?」
「その術をお前が考えたような雰囲気だが?」
「そりゃあそうよ。凡人が神を操る術なんて考え付くはずないじゃない。しっかし、ガジア料理レシピなんてふざけた記録まで目を付けられるとはね。解読されるとは思ってなかったから残してきたんだけど。まあ、凡人もまぐれで閃くことってあるから」
「待て」
「何?」
「じゃあ何か?お前が考えた理論のせいで、神の怒りに触れて、その消滅をお前に頼んだのか?」
「基本的に神って、結果にしか干渉できないからね。誰がどういう手段でその結果に至ったかとか知らないわよ」
いけしゃあしゃあとはかくのことなり。
「いやあ、すごかったわよ。流石、神よね。魔法を創るのよ、神って。自分がやってたのは所詮、工夫だったって思い知らされたわー」
いけしゃあしゃあとはかくのことなり。
「それで、報酬として魔法の創り方を教えてもらうってことで、技術の消滅に乗り出したわけよ、私は。結果として国が滅んだけど、まあ、そんなこともあるわよね。あ、でも、消滅したのは私のせいじゃなくて、グヒアが調子乗ったからよ。私は微塵も悪くないわ」
「……」
「何?」
「……いや、別に」
「そう?アンデッドに死者の冒涜について説教されたみたいな顔してるけど?」
変な人ね、と小首を傾げる。
「……で、俺達がやったことって言うのは何なんだ?」
「そう!それよ! 」
バンと机を叩く。
「バルディエのいたクランセムの迷宮はね、フェンシェを封じるための墓標だったわけ」
「水神を??」
「正確には水神が作った悪神フェンシェを、よ。アナタ達はそれを解き放ったの」
「……??」
無意識に手が伸びた最後のシガレットラングドシャは、
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