第85話 「何事だ!?」

「やはりそうだな」

真剣な顔で腕を組むリュウセイ。

瞑目する横顔は鋭利で、その立ち姿を絵に残せば、世界の命運を委ねられた勇者が、重大な決断を下す様とも思えるほどに美しく、頼もしく、悩ましい。


但し、場所は台所で、目の前にはひき肉と香草が並んでいるので、その辺りの改変は必要であろう。


「こないだのお肉、美味しかったわよー」

弾んだ声で話しかけるのがスカーレットであるから、必然、ここは『忘恋忘わすれんぼうのしたごころ』の厨房である。


前回のソーセージが大人気だったので、再び仕込みをしているのだ。

「ああ。いい肉だったみたいだな。ランジェロスのマスターも喜んでた」

「ひき肉にするの勿体ないと思うけど……まあ、貴方にそんなこと言っても無駄よね」

「ソーセージは旨いからな」

返事になってない返事をしながらソーセージを作り始めるリュウセイ。


「止めてもムダなんだけど、あんまり危「いやがったぜ!!」

出所不明の高級肉を好き放題しているリュウセイに小言の一言でも、そう思った矢先、野太い声に遮られる。


「何事だ!?」

右手に握った包丁を構えるリュウセイ。

「どなた?」

スカーレットの声は硬い。

「おっと、悪ぃな。番犬が通してくれなかったんでよ、ちょっと強引に通してもらったぜ?」

声の主は、筋骨隆々の巨躯。片手には武骨な棍棒。虎か何かのモンスターであろう毛皮を素肌にまとった、見るからに野卑な風貌の男だった。


「用があんのは、ババアじゃねえんだ。そっちの男だよ!」

手に持った棍棒でリュウセイに向けると、ぎらりと犬歯を剥いた。



☆☆☆



「ここは……?」

とある部屋の一角。

用があると言われたリュウセイはその部屋に戸惑っていた。


見覚えのあるその部屋は、見たことがないほど綺麗で清潔だったから。

建物の名前は『グリジニーヌ』。

アルディフォンのパーティールームである。


「あんだけの話の後に行方不明になるってどういう了見なのよ!!」

その部屋の真ん中。

かつてはレイチェルリーダーが座っていたその場所に、どーんと鎮座しているのはシフォンだった。

そして、激怒している。

バンバンと机を叩きながらリュウセイを非難する。


ちなみに、部屋の中には二人しかいない。

完全にシフォンが部屋の主となっているようだった。


「おかげで、捜索依頼まで出す羽目になったじゃないのよ!!しかもいつの間に街に戻ってきてんのよ! 依頼料高かったんだから!!」

あの棍棒虎柄男は、つまり、アルディフォンからの依頼に乗っかった一人だった。

件の男は今頃、別人のように礼儀正しい紳士へと変貌しているはずである。

なんせあの『スカーレット・ザ・ウィッチ』に狼藉を働いたのだから。


「いやだって、あの後シフォン?の意識?の方が、『私は詳しく話せないから、またマジェリカの方から改めて話があるはず』って言ったから……じゃあ肉でも集めるかって」

「行かないでよ!! そこまで聞いてたなら待ってなさいよ!!」


あの夜、絶句したマジェリカはそのまま意識が消えた。

代わって出てきたシフォン曰く、ショックが大き過ぎて失神したか、現実逃避したかどっちかだろうと言うことで、また改めると言われたので、ソーセージの材料集めに、再びサラエアス深山へと潜っていたのだった。


「いつになるか分からんし、そもそも話も分からんし。バルディエも分からんって言ってたし」

「なんなのよ!!アンタらは一体!!」

きーっと綺麗な金髪を掻きむしるシフォン。

だいぶ追い詰められているようだった。


「いいえ、落ち着くのよ、私」

そう言って途端に真顔になると、シフォンは白磁のカップに紅茶を注いだ。

紅茶からはバニラのような甘い香りが広がる。

お茶請けには、シガレットラングドシャ。

バラのクリームを巻いた最近、話題のお菓子である。


「ふう。そうね。ここで叫んでも仕方ないわ。大丈夫よ。大丈夫。予定通りだわ」

紅茶の香気を吸い込み、大きく息を吐きだす。

乱れた髪をささっと直すと、目には知性が湛えられた。


「時間がなかったのと、話がいまいち通じなかったからバルディエへの説明がちょっと適当になったのは失敗だったわ。でも、いいの。もう済んだことだから。あの時はあれが最良だった。間違いないわ。だって私がやったことなんだから」

白く美しい指を組んで、頷く。


「なんか辛そうだな。無理するなよ? ――いや、なんだよ?」

自分へ言い聞かせるような言葉に同情すると、凄まじい勢いで睨まれた。


「まあ、いいわ。大丈夫。大丈夫だから。簡潔に言うわ。アナタの力が必要よ。力を貸しなさい」

「唐突だな。意味が分からん」

「そうでしょうね。説明するわ。私のやったことと、アナタ達がやったこと。そのどちらもね」

シフォンの目には覚悟が宿っていた。

重責と、使命感。


変わった気配を察したリュウセイ。


「……長くなるなら先にソーセージの仕込みを終わらせてもいいだろうか?」



☆☆☆



アパルトメントに轟いた怒声にミネルバ婦人が慌てて飛び込んで来たという。


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