第84話 キュリエ盗賊団 後編

フェンが出した荷車には如何にも雰囲気のある上等そうな樽がずらりと並んでいた。

これが全部酒であれば、荒くれぞろいで、上品とは対極にある盗賊団であっても、十分に酔い潰れることは出来るだろう。


「ささやかですが」

フェンは涼し気に頷く。

「肴も用意がありますので」

そう言って指す荷車には、樽でなはなく、木箱や革袋が載っている。


「いいな!いいぞ!流石だな!」

エバンスは上機嫌にフェンの肩をバシバシと叩く。

「今日は祭りだ!」

野太い声でエバンスが宣言すれば、野卑な歓声が応えた。



☆☆☆



隠れ家という名の隠れ里の中央の広場で盛大に焚火が上がる。

その焚火とその周りに集まった、粗野な集団を前にエバンスが満足気に頷く。

エバンスの隣で静かに立つのはフェン。

焚火の明かりを受けて、右手の白い肌の人形は光るように映えている。

その外に並ぶのは盗賊団の幹部たち。


「いいかてめぇら!!」

エバンスが怒鳴る。

そして、その右手をフェンの肩に回す。

「今日は祭りだ!! このフェンがエバンス盗賊団に入った!! この酒も、肴もフェンからだ!!」

山と積まれた酒樽を前に、盗賊団が快哉を上げる。


その地を響かす轟きを前にフェンが軽く手を挙げる。

表情は、変わらず柔和。

それに合わせて人形も手を振る。

気取ったように振られる手と、変わらない無表情。


「お前ら、エバンス盗賊団の名に懸けて、今夜はこいつを全部からにするぞ!!」

エバンスの宣言は、足踏みと絶叫によって迎え入れられた。



☆☆☆



「いい酒じゃねえか!」

顔を真っ赤にしたエバンスが杯を煽る。

その様をフェンがにこやかに見守っている。


「ガブラムの神水というのですよ」

「シンスイ?」

「ええ。神の水のことです」

「はあ!!神の水か!!そいつは気の利いた名前じゃねえか!!なあ?」

周りの幹部も、杯を掲げてそれに応える。


溢れるほどの酒と肴。

盛られた肴は、燻したバッタのような虫や、刺が生えた魚に、焼いてもなお生々しく血の滴る肉など、少々奇怪に見えるがどれもこれも食えば旨い。


酒も身体をすり抜けるごとき飲み心地で、いくらでも入る。

広場はあちらこちらで叫び声が上がり、男も女も等しく騒いでいる。

服を脱ぎ捨てるものもいれば、殴り合う者も、抱き合って号泣するものもいる。

所かまわず大騒ぎをしているが、酒盛りとなればこんなものだと誰も気に留めない。

それどころか、もっともっとと飲むのももどかしいほどに、酒を浴びているものさえいる始末である。


「ん?おい! スバル!」

その中、エバンスが一人の男を見咎める。

名指しされたのは、鋭い目つきで腰に剣を佩いた剣呑な雰囲気の男だ。


「スバル!お前、呑んでねえじゃねえか!?」

三十手前のこの剣士は、見た目通りの腕利きで、剣技に限れば盗賊団の中では群を抜いている争う実力者である。

そして、エバンスが見つけた通り、酒にも肴にも口を付けておらず、バカ騒ぎする仲間をいつも通りの冷たい表情で眺めているだけだった。


そもそもスバルは寡黙で、感情の起伏もほとんどない。

そもそも闘技場の闘士となれば、好きなだけ人も、モンスターも斬っていいと知れたので闘士となったような頭のネジが外れた男でもある。


「頭。流石に全員が酔い潰れるのは不用心に過ぎる」

そんなスバルが珍しく応じる。

それもその声には明らかに不満気だ。


「何をビビってやがんだ?」

その様をエバンスは鼻で笑う。

「ここは天下のエバンス盗賊団様根城だぜ? 不用心?大いに結構じゃねえか!!なあ?」

勢いをつけるように酒を煽りながら叫べば、周りの幹部も、杯をテーブルに叩きつけながら『そうだそうだ』と叫ぶ。


「闘技場で五対一で五人を叩き切ったスバル様に似合わねえ弱腰じゃねえか、ええ?」

ガハハハッと景気よく笑う。

しかし、スバルの顔色は変わらない。

「何よりそいつが胡散臭い」

嘲りも喧騒も脇に置いて、ただ一点、フェンを鋭い目で睨みつける。


「おや?私ですか?」

睨まれたフェンはしかし、祭の熱すら下げるかのような殺気を受けても泰然としている。


「おい!フェンを疑うってのか!?ああ!?」

反応したのはエバンスだった。

そして、それに同調する幹部たち。

杯を叩きつけて立ち上がる。

それぞれが得物を抜き出さんばかりだ。


「いえいえ、得体が知れないとはよく言われます」

静かに立ち上がると、エバンスを宥めるように、肩を叩く。

「敵意を持たれるのは不本意ですが」

その顔は不本意とは程遠く穏やかだ。


「何を考えてる?」

静かに立ち上がったスバルが剣に手を掛ける。

らしからず、その顔に冷や汗が浮いている。

「別に何も」

涼し気に答えたその直後――


――スバルの首が飛んだ。


「「「「「……!?」」」」」

突然のことに言葉を失う一同。


「あれは片付けましょうか」

首を失い倒れた亡骸を指さす。


「……お、おう。そうだな。いや、そうだ。せっかくの祭が台無しになっちまう」

我に返ったエバンスが言えば、幹部たちもはっとしてその言葉に従う。


「せっかくでしたのに、興が削げてしまいましたね」

はははと冷ややかに笑うフェン。

「仕切り直しましょうか。皆さんにとっておきがあるんですよ」

そう言うと、虚空から一本の瓶を取り出す。


何の変哲もないただの黒い瓶。

しかし、瓶の周りの空気が歪んで見えるほど、オドロオドロしい気配が漂っている。


「とっておき、試されますか?」

その瓶を片手にフェンは初めて快活に笑った。



☆☆☆



焚火も落ちた真夜中。

あれほど騒いでいた盗賊団は誰一人として起きていない。

土気色の顔をして倒れ伏した彼らは死んでいるように見えるが、時々、ビクビクと跳ねているので死んでいないことは分かる。


その様を糸のような細い目で見渡すフェン。

変わらぬ微笑ながら、どこか満足気だ。


「ご心配なく。皆さんの命は私が有効に活用して差し上げますから……ねえ?」

愛しげに右手に抱えた人形の、白絹のような髪を撫でる。


人形はこそばゆそうにフェンが撫でる手へと頭をこすりつける。


フェンが糸のような目を開く。

その目は、果てしなく昏かった。


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