第83話 キュリエ盗賊団 前編

少しばかり時間が遡る。


場所はカマライト山脈にある一番大きな峠、『カマライト第一峠』。

そこを根城にする大盗賊団『キュリエ盗賊団』。

その隠れ家の一室。隠れ家と言っても、500人近い大所帯であり、もうほとんど隠れるつもりのない村里のような有様である。

それでもここは『隠れ家』であり、見つかることはない。


そんなキュリエ盗賊団は、その名が示す通り、キュリエという名の女盗賊が率いる盗賊団だった。


そう。だった。


今の団長はエバンスという顎髭が渋いおじさんである。

元々団長で、元副団長だったが、最近、団長へと再昇格したのだ。


したのだが、まだ昇格から間がないエバンスの名は知れていない。

盗賊団の名前もエバンス盗賊団と戻しているのだが、世間への知名度はほぼなく、未だに『キュリエ盗賊団』と呼び慣れわされている。

些末なことだが面白くないと、不機嫌なことが多い新団長であった。


そのエバンスは、最近自分の物になった一番上等な部屋の、盗賊らしからぬ花柄で可愛らしいテーブルクロスが掛けられた机に向かって渋い顔をしていた。


交通量の少ない第三峠を根城にしたちんけな盗賊団だったエバンス盗賊団を、あっちこっちに手を回し商人泣かせの大盗賊団へと躍進させた団長は、『男漁りに行く』とふらりと出て行った。

そのまま随分と帰って来ないと思っていたら先日、『相棒のシュウをモフィニスターにする夢が出来たから盗賊は辞める』とかなんとか怪文書を送り付けて消息を絶ってしまった。

元々自分の盗賊団だったのだから、「上げる」ではなく「返す」だろうと、細かいことも気になる。

だが、それ以上に、少し前のベルエーダ騒乱で、コネクションだった二大組織が壊滅寸前になり、その隙を突いてガジェット家があれこれ動いており、極めて面倒くさい。


そもそもこういう細かいことが苦手だから盗賊なんて、大味なことをやっていたのだ。

今もガジェット家からの難解な書状を見て自慢の顎髭を撫でながら呻いているが、書面の中身よりも髭が整ってないことの方が気になる有様である。


もっと言えば文字を覚えたのだって最近だ。

キュリエにうるさく言われて、いい歳をして子供に混じってベルエーダの学校に通い何とか読み書きができるようになった程度のリテラシーしか持ち合わせていないエバンスに、利権に食い込むような名家の難解な書状など読むだけで拷問に等しい。


腹が立つのは、分かってやられていることだ。

わざと難解な文面にして、適当な返事から言質を取り、尻の毛まで引っこ抜こうというのだ。

「分からん!!」

『人から奪うしか能がないダニ野郎が!』とエバンスは匙の代わりに手紙を放り投げた。匙は食事で使うから大事なのだ。


投げた手紙は窓の近くに置かれた目が大きく耳にリボンを付けた一抱えもあるクマのぬいぐるみの足元に落ちた。


「頭ぁー、新入りですぜぇ」

間延びした声の主は、これでも副団長の一人を務めるエギル。

声に相応しいタレ目にとぼけ顔で猫背の20代半ばの冴えない男だが、残虐性においては盗賊団の中でも一、二を争う。


「あぁん?」

声が弾まないよう、殊更面倒くさそうな声音でエバンスは立ち上がる。

床に放り投げた上質な紙の手紙を、今度は机の上に放り捨てて、殊更、どしどしと足音を立てて、部屋を後にした。



☆☆☆



「何だぁ?てめえは?」

新入りと紹介されたのは奇妙な男だった。

ベルエーダから定期的に届けられる新入りだということである。

それが嘘ではないことを示す刺青が首に付いている。


しかし、それでも奇妙だった。

青みがかった灰色の髪は腰に届くほどに長く艶やかで、複雑に編み込んでいる。

線も細く、『優男』と言った風貌で、糸のような目で柔らかな微笑みまで浮かべている。


とてもじゃないが荒事に向いているようには見えない。

歳もまだ若い。二十歳かそこら。行っても二十五には届いていないだろう。

やさぐれ、荒れた雰囲気もない。

刺青が何かの間違いに見えるほど、場違いにも思う。


いや、それはいい。

それより何より奇妙なのが、その男が抱えているものだ。

右腕に人形を抱えているのだ。

それもマネキンのような等身大の女の人形である。


「初めまして。パペッターのフェンと申します」

そう答えると、優雅に……そう、優雅に腰を折った。

フェンが腰を折ると、その抱えている人形も、人形らしいぎこちなさでカーテシーを決める。


「パペッター……大道芸人崩れか? それにしても、その人形……まるで?」

魔力の糸を繋いで人形を操るパペッターは、珍しいが見ないことはない。

しかし、荒事に向く職業ではない。


「過去の詮索はしないのが決まりでは?」

フェンがふわりと微笑みを深くする。

人形がこてりと首を傾げる。


「あ、おう、確かに。訳ありばかりだからな」

こんなところに流れ着いた、もしくは叩き落された奴らの溜り場だ。

豪胆で鳴らす自分が、この程度のことでうろたえてどうするとエバンスは鷹揚に頷いた。


優男にしか見えないが、俺に睨まれても怯む気配すら見せない辺り、相当に修羅場は潜ってきてるのだろう。

悪い奴じゃなさそうだ。

エバンスは、そう評価を改めた。


「ご挨拶代わりに、お酒をお持ちしたんですよ」

「お、なんだ気が利くじゃねえか!」

フェンの評価がまた上がる。


「どこにあんだ?」

しかし、辺りを見渡しても酒のようなものはない。


「ここですよ」

笑みを絶やさず、フェンが何もない中空に左手を突っ込む。

手はそこに袋でもあるかのように虚空に飲み込まれる。


「どうぞ」

そう言って左手を引き抜き、はらりと振るえば、巨大な荷車が忽然と現れた。

それも数台。

「「「「――!?」」」」

絶句する一同。


「しがないパペッターですが、少しばかり空間魔法が使えるのですよ」

事も無げにフェンは肩を竦め、その横で、人形が胸を張る。


「はあー。なるほど、コイツは驚いた! 流石だなあ、お前!」

エバンスは旧来の友人が訪れたように、その肩をバシンと叩き、フェンを迎えた。


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