第82話 「呑めるのか?呑めるなら吞めよ」

「へえ……アンタがマジェリカか」

「うむ?」

遥か大昔、霊峰ダンシェルで修業を積み、神との交信を果たしたと言われる大魔導士マジェリカ。

興奮するシフォンをなだめながら、バルディエとシフォンの話をすり合わせると、どうやらこの女性がそのマジェリカらしい。


「マジェリカじゃないわ。シフォンよ」

「でもマジェリカなんだろ?」

「今話してるこの意識はね。あくまでこの意識は憑依でしかないから私はシフォンよ」


「ふうん……色々あるんだな?」

「うむ」

難しいことは難しく考えない性質なので、そのまま流す。

シフォンもシフォンで頭を抱えており詳しく説明する気はなさそうだった。


「呑めるのか?呑めるなら吞めよ」

コップに注いだ酒は、ダンシェルの酒の実で作った酒だ。

「あら?ありがとう。……あ!でも、私は強いからね、酔って正体を失くすなんて思わないでよ」

ふふん、と己を奮い立たせるように艶めかしく笑うシフォン。

世捨て人ですら俗世に戻りたくなるような表情と仕草。


「ああ。酔っ払いの介抱は面倒だから潰れるまで呑んでくれるなよ」

リュウセイは自分の杯を空ける。

「……」

笑顔が固まって消えて、また頭を抱えて萎れる。


「大体あそこからどうやって出てきたのよ……?」

絞り出すように苦し気な声で呻く。

入れるが出られない。それがクランセムの迷宮。

出るためには創造主の許可がいる。


「魔力の流れを見て、魔法陣を組みましたね。いやー大変でしたよ。まあ、時間は腐るほどあったんで暇つぶしにはなりましたけど。魔力視がなかったら難しかったでしょうね」

「なんて?」

「暇だったから道を作ったそうだ。魔力が見えるから何とかなったそうだ」

「……魔力が見える?どうやって?」

顔が上がる。まん丸い目の赤い梟がいる。


「マジェリカさんのくれたノートにあったじゃないですか。魔眼の作り方みたいな話。あれは千里眼でしたけど、それを工夫したんですよ。時間は腐るほどありましたからね」

「ノートを参考にしたらしいぞ。魔眼とかなんとかって」

「他にも神気とか、素とか、精霊とか記憶とか感情とかいろいろ見えますよー。なんせ時間は腐るほどありましたからね」

バルディエの300年はまさに退屈との戦いだった。千里眼で外が見えると言っても、ダンシェルで見て楽しいものなどほとんどない。

マジェリカにもらったノートの内容は面白かったが、それも100回も読めば飽きてくる。


少しばかり危険な遊びでもしなければやってられない程に退屈だった。


「……迷宮と繋がってるアナタが動けた理由は?」

確かにノートには魔眼の可能性を考察していた。遠視以外にも作れる可能性をだ。

しかし、それは夢想に近かった。

1000年先を生きると言われた大天才たる自分でさえ夢想としか思えなかったものだったのだ。


「リュウセイさんと契約したからですかね?」

「……そうだな」

「いや、なんで不満そうなんですか!?」

「……鳥だし」

「まだ言ってるんですか!?流石にひどいと思いますよ!?」

「………」

「いや、何か言えよ!?」

「うむ。荷物も運べるし、重いものも持てるし、獲物が増えても困らなくなったし、我は嬉しいぞ?」

主人のピンチに駆け付ける忠犬コロポン。

「それ、完全に荷物持ちが出来て楽になっただけですよね?」

「にゃ」

「同意するだけなら寝とけよ!!」


「……あり得ないわ……」

何を言ってるかは分からないが、楽しそうな四人(?)組を見ながら、マジェリカが呻く。


クランセムの迷宮は神代の秘技だ。

その主になるというのは、契約などというヤワなものではない。

それは神に掛けられる呪いに近い。


ただの人間のテイマーごときに書き換えられるはずがないのだ。


しかし、赤い髪のテイマーは人間にしか見えない。

異常なほどに美形ではあるが……、いやいやシフォンだって相当なものだ。

負けてない負けてない。


なんかこうシフォンがほんのちょっとだけドキドキしていて、向こうが全く気にしてない気がするが、負けてない負けてない。

なんせ300年探したのだ。


いやそもそも勝ち負けではない。

そこじゃない。


きえーっと荒ぶる鷲のように翼を広げるバルディエを見て、大きく息を吐く。

現実逃避を始めようとする頭を切り替える。


「まあ、そうね。経過はどうあれ、出て来たのは事実なのよね」

その言葉は自分に向けているように聞こえる。


「コロポンさんが『お手』出来るようになったのは私の功績ですよね!?」

「……確かに」

「ふむ? 言い出したのはヌシだが、出来たのはマイルズがおったからだろう?」

「そうか!確かに!!」

「私が言い出さなかったら始まってないでしょうが!!」

「百歩譲って、まあそうだな」

「一歩も譲らずそうですよ!! そもそも気にすらしてなかったでしょうが!!」

「ふむ。しかし、我とヌシの絆があれば、そう遠くないうちに出来るようになっていたと思うぞ」

「そうだな!」

拳と爪を叩き合わせる主従。

息がぴったりだ。


「出てきてしまった以上、次の対策を考える必要があるわ!」

この言葉は目の前の4人(?)組に言っているように聞こえる。


「にゃあじゃないんですよ!にゃあ、じゃ。マイルズさんの神気だって……あれ?私が、言い出したんですよね?あれ?」

「ん?そうだった……だったか?そうな気もするが?」

「にゃがにゃあにゃにゃあにゃにゃ」

「相手にされなかったって何言ってるんですか!そんなわけがないでしょう!!」

きえーーっと荒れ狂う鷲のように翼を振り回すバルディエ。


「主がいなくなったことで墓標は軽くなってしまったけど、まだ時間はあるわ。クランセムの迷宮が無くなったわけじゃないんだから。これから対策を練るのよ!!って聞いてんのアンタ達!?」

「あのダンジョンならもうないですよ?」

コロポンの足に押さえつけられてバタバタと謝っていたバルディエが答える。

聞こえていたらしい。


「……なんて?」

むしろその答えがシフォンに聞こえなかったらしい。


「私がいたダンジョンですよね? もうないですよ。誰かがうっかり迷い込んだら出られなくて危険ですからね」

「うむ。中からは壊れにくかったが、外からは脆かったな」

「にゃ!」


「あのダンジョンなら俺たちが壊したからもうないぞ」

リュウセイの言葉に、使役獣たちが胸を張った。


「……は?」

青くなるシフォン。

今度は聞きたくなかったらしい。


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