第81話 「話し掛けるけど聞こえるわけじゃないんだな」

「なんでアナタがこんなところにいるわけ?」

びしりと指を突き付けられるバルディエ。

『なんだ関係ないのか』と丸まるマイルズ。

『どうするのだ?』とリュウセイを見るコロポン。


そのリュウセイはバルディエとシフォンを交互に見ている。


「あ、やっぱりマジェリカさんだったんですね」

ほうほうと翼を打つバルディエ。

「顔が変わってるんで、迷いましたよ」

はっはっはと笑う。

「いやー、お久しぶりですね」


「なんて言ってるの?」

やあ!と翼を上げるバルディエから目を外し、シフォンは疑問をリュウセイに投げる。

「話し掛けるけど聞こえるわけじゃないんだな」

「契約がないと聞き取れないわね。こっちの言葉が通じてるだけでも異常だけど。さすがはアーティランドウルってことかしら」


「む。我も分かるぞ」

コロポンがふんと鼻を鳴らす。

丸まったままのマイルズもさりげなく耳を動かしている。


「……闇の精魔しょうまに、ティディアリュクス……何なのアナタたち?」

「ティディ? ペティ何とかじゃ……あれ?ティディアリュクスになってる?」

「ペティアリュクス? 混迷の星?」

「なんだそれは?」

「種族の名前でしょ? 神性を与る存在は星が巡るから」

「「??」」

首を捻るリュウセイとコロポン。

「いや、だから「いやだから私の話を聞けよ」

熱くなるシフォンとリュウセイの間にぬっとバルディエが割って入る。


「あ、そう!そうよ!なんでアナタがここにいるのよ!?」

話が振り出しに戻り、マイルズがうるさげににゃあと鳴いた。



☆☆☆



「ここに住むんですか?」

クルリと首を捻るのは赤い梟、アーティランドウル。

『神秘の賢鳥』、『深奥の大帝』とも記されたこともある極めて珍しい鳥である。

見た目が今とほとんど変わっていないバルディエだ。

場所は芝生が広がる何もない空間。


「そうよ」

頷いたのは、白絹のような髪をした女性。

名前をマジェリカ・ラズウェル。

空前絶後の大魔導士にして、ヘルセーの激動を納めた偉人として後世に名を残すその生前の姿である。

しかし、その身体は奇妙にも半分透けている。


「嫌ですよ」

赤い梟はにべもなく断る。

彼は森の住人。

自在に空を飛び、獲物を狩り、眠る。

花々の咲き誇るを愛で、新芽の萌ゆるをともに歌う。


こんな何もない場所で漫然と過ごすなど御免だった。


「好き嫌いの話じゃないのよ!」

半透明の身体に熱を纏う。

「ここの下に封じ……って聞けよ!?」

無視して毛繕いを始めたアーティランドウルとしてはまだ若い梟を怒鳴る。


ダンシェルの森の中。

ダンジョンではなく、ただの森に住むノラのクセにノラの範疇を超えた変な梟。

テイミングの術を変じた契約魔法で繋いだのはいいが、びっくりするほど言うことを聞かない。


大天才たる自分の才量の全身全霊を込めてガチガチに契約で縛ってやろうと思ったのに、精々こうして意思疎通ができる程度だ。

本職のテイマーではないにしても、まさかここまで支配が及ばないとは思わなかった。


「さ、帰して下さい。 私にはメジルシダケの観察っていう大事な使命があるんです」

毛繕いを適当に片付けたバルディエが不満気にバサバサ羽を撃つ。

ちなみにメジルシダケはキノコだ。

10年で1cmほども大きくならず猛毒のため何からも食べられることなく残り続けることから、このキノコに痕をつけると山道の目印になる。


「ダメよ!待って!待ちなさい!」

全力で否定する。

今更代わりは用意出来ず、何よりもう時間がない。


「嫌ですよ、私は。どっかそこら辺のお山の大将にでも任せて下さい」

出来ることならそうしたかった。

しかし、この山のダンジョンのボスは到底、人に従うような存在ではない。

言い方は悪いが、バルディエで精一杯だったのだ。


だからマジェリカは考えた。

どうすればこの梟を納得させられるか。


考える。

そう、この梟の自尊心をくすぐってやればいいのだ。

いかに自分が役に立つのか、そして自分にしか出来ないことを。


肉体を失ったその唇をぺろりと舐めた。

大丈夫、私は口が上手いのだから、と。


「分かってる?」

「こんな何もない所に閉じこめられる理由なんて分かりたくもありませんよ」

ケッとに嘴を鳴らす。


「分かってないわね」

肉体があれば青筋が浮いていたかもしれないが、幸か不幸かもう肉体はない。

「アナタは世の理よのことわりを護るかなめになるの」

「……世の理ですか?」

「そう世の理。世界が世界の在り方を整えるために働くよう神が整えた不文律」

「はあ?」

「聡いアナタならその大事さが分かるでしょう?」

挑戦的に笑いかける。

「え、ええまあ」

思わず頷いてしまった。


「アナタはその世の理を護る守護獣となるの」

「守護獣?」

「そうよ!世界を守るの!」

「世界を?」

「そうよ!!」

大魔導士たる本懐。

その弁舌は迫力と説得力を帯びている。


「この私が魂の半分を使って作ったクランセムの迷宮を突破するような危険な存在が現れた時、アナタが世界を守るのよ!」

「私が……」

バルディエの目がぐるぐると回っている。

しれーっと思考力の落ちるデバフ魔法を使われていることにバルディエは気付いていない。


口が上手いのではなく、魔法が上手いのだ。


「読みたがってた私の秘蔵のノートも読み放題よ!」

どうせもう自分には使えないのだから。


「もし暇になったら悪いから、千里眼も与えたげる!これでダンジョンの外も見えるから!」

長い時をこの檻の中で過ごすのだから。


「アナタはこの人造ダンジョン、クランセムの迷宮の主になるの! ただのボスじゃないわ! ボスはダンジョンのために生きる存在。でも主は違う。ダンジョンが主のために存在するのよ!」

「私ハ……私ハ頑張リマスヨ!!」

「ありがとう!!」

熱に浮かされたようなまとまらない思考のまま、気が付けばバルディエは迷宮の主となっていた。


騙されたのか、と問われれば騙されたのだろう。


しかし、バルディエはマジェリカを恨む気は起きなかった。


消える寸前のマジェリカが呟いた『ごめんなさい。お願いね』という一言は、疑いようもなく真摯であったから。


「私は世の理を護る守護獣ですからね」


300年前の話である。


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