第80話 「あ!」
「……マジェリカさん?」
全身の羽毛を逆立てるほどに驚いたバルディエの呟きに反応したのはしかし、マイルズだけだった。
そのマイルズも、首を持ち上げ、訝し気にバルディエを見ただけだったが。
「あ、おい、それは我のだ!」
「そんなけケチ臭いこと言うなよ? ほうらたくさんあるぞー。あ、これは熱いから近付いちゃダメだぞ?」
「む?それはまだ食べておらん味ではないか!?」
コロポンはリュウセイが取り出したソーセージに群がるモッファンズを必死に牽制している。
人から餌をもらうことを生業にしているモッファンズは餌を受け取ることに躊躇がない。
そして、完全にモッファンに酔っているリュウセイも、ソーセージをバラ撒くことに躊躇がない。
コンロを取り出して、ジュージューとソーセージを焼いている。
次々に出てくるソーセージを巨大な黒犬と、小さな……そうは言っても中型犬クラスのサイズだがの黒犬の群れが奪い合う様は、遠くから見る分には牧歌的である。
「「「「「「……」」」」」」
間近で見ているアルディフォンのメンバーは言葉を失っているが。
「……いや、あのリュウセイさん?」
「ほうら、こっちは牛の比率が高いんだぞー。旨味が濃いぞ」
「む?何!?」
「……ねえねえ、リュウセイさん?」
「こっちのは鶏とカエルだな。脂肪分が少ない分コクが足りないが、それはスパイスを多めに入れて補ってるぞ。粗挽きで噛み応えもあるから食べ応えは十分にある」
「あ、おい、それも我のだ!! こら!!そこのチビ!?」
真っ先に爪を舐め始めたよちよち歩きのモッファンにソーセージを横取りされて、牙を剥くコロポン。
「コロポン、大人げないぞ。いい、いい。持って行っていいからなー」
相好を崩すリュウセイ。
「聞けよ!」
――ゴス!――
何度呼び掛けても無視されたバルディエが、満面の笑みのリュウセイの脳天に嘴を落とす。
「痛いな?何だよ?今、いい所なんだよ」
頭をさすりながらリュウセイがようやっと振り向く。
「こっちはそれどころじゃないんですよ!」
「何がだ?「む、ヌシ!焦げる!?」
「あ!」
「『あ!』じゃないですよ!」
この野郎!とばかりに焼けたソーセージを啄むバルディエ。
「あぁっ!!??」
コロポンが悲鳴を上げる。
最後の一本だったのだ。
「……美味しいですね、これ」
「だろう?」
自慢げなリュウセイ。
「鹿と熊と猪だ。食感のアクセントにキノコを入れた。あのカブトムシの頭に生えてたヤツだ」
リュウセイの腕ぐらいの大きさの角がチェーンソーのようになった玉虫色に輝くカブトムシで、その頭にはずんぐりした軸に茶色い傘の巨大なキノコが生えていた。
魔法が効かず、苦労した相手だった。
そのカブトムシが落としたのはその頭のキノコで、食材鑑定士に聞いたら、得体は知れないが食えるのは間違いないと言われた。
香りが抜群によかった。
「いや、そうじゃない」
溢れる肉汁と、旨味を際立たせる芳醇な香りに現実から飛び立ちそうになったバルディエが、慌てて首を振る。
「こちらの女性は?」
その翼が指すのはシフォンだった。
「な、何ですか?」
赤い梟に突然指さされたシフォンが戸惑う。
「ん?シフォンだ。……アルディフォンのメンバーだそうだ」
「シフォンさん?」
真ん丸の目でじーーとシフォンを見る。
「な、何ですか?」
シフォンがたじろぐ。
「マジェリカさんじゃなくて?」
「ん?マジェリカ?」
「マジェリカ? 何がですか?」
「いや、アンタがマジェリカって名前じゃないのか、ってコイツが」
バルディエをつつく。
バルディエの言葉はリュウセイ達にしか通じないので、リュウセイが通訳のような役割になる。
「??」
首を捻るシフォン。
「何の因縁だ?」
グイっと身体を割っていれるのはシャイン。
大剣を小枝のように振るう自慢の肉体でバルディエからの壁になるように立つ。
「彼女はシフォンだそうだが?」
「……そうですか」
首をひょこひょこしながらそれでもシフォンから目を逸らさないバルディエ。
「「「「……」」」」
騎士が姫を守るようにレイチェル達もシフォンを後ろに隠す。
使役獣の暴走は、滅多にないが皆無ではない事件だ。
街の中に入れて貰えないほど未熟ならば、その確率は上がる。
「
ぎろりと睨まれるが
「コンエイ?」
聞いたことのない言葉に眉を顰めるリュウセイ。
「うーん?指紋みたいにその人の魂だけが持つオーラみたいなものですかね?」
「へえ?」
「それが、マジェリカさんによく似ていて」
「へえ?」
改めてバルディエの目には何が映っているのかと思うリュウセイ。
「でも、顔が違いますね。背も高しですし。別の人のようです」
ふうむ、と首を捻る。
「何か魂的な繋がりがあるのかも知れませんねぇ」
「生まれ変わりとかってことか……?」
「ええ。分かりませんけど」
「すみません、勘違いのようです」
警戒するレイチェル達に謝るリュウセイ。
それでもレイチェル達は警戒を解かない。
結局そのまま何とも言えない空気のまま解散となった。
モッファンズは変わらずコロポンで遊んでいたが、日が暮れる前には、各々の巣へと戻って行った。
ソーセージの尽きたリュウセイに止める術はなかった。
☆☆☆
その夜。
街のすぐそばに寝るためのテントを張ったリュウセイの隣で、コロポンがぶつぶつと文句を垂れている。
ソーセージの大半がモッファンに食べられたことへの抗議である。
また作るから、材料を取りに行こうと言われれば尻尾を振る辺り、見た目の厳つさによらずとても扱いやすい。
今更だが。
そんな一団に近づく影があった。
体型と顔の隠れるフード付きのマント。
闇に溶けるような姿は、草を踏んでも足音がしない。
「我はキノコ入りのヤツを食べておらん。あの角の生えたヤツは絶対に狩るぞ」
ふんふんと鼻息を荒くするコロポン。
「あれは美味しかったですねって痛いですよ?」
コロポンの八つ当たりを受けるバルディエ。
「まあ、獲物には困らんだろう」
「にゃ!」
尻尾を立てて張り切るマイルズ。
「……で、何の用だ?」
仲間内で笑いながらコソコソと近付く影に声を掛ける。
いつの間にやらその手には槍が握られている。
「……影消しのマントなんだけど?」
不満げにマントを取り払ったのは軽やかな女性の声。
「シフォン?……いや、誰だ?」
「あら? シフォンよ? 間違えられないタイプなんだけど?特に男からは」
ふふっと妖艶に笑う。
「まあ、そんなことはいいんだけど。 それより何より、なんでアナタがこんなところにいるわけ?」
月の化身と見紛う美貌の持ち主は、真っ直ぐにバルディエを指さした。
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