第79話 「可愛いなあ、お前は?」

マルシェーヌ東門の外にも草原が広がっている。

北門の辺りの草原には岩やら何やらと転がっているのだが、こちらは遮蔽物のないだだっ広い草原だ。

その草原に黒い塊が転がっている。

真っ黒ではなく、ところどころが白い。

コロポンである。


やはり街には入れないと言われたので、そのだだっ広い草原の途中でこうしてじっとしている。

門の近くにいると他の通行人の迷惑になるからと少し離れた場所にいるわけだが。


「こいつらは何なのだ?」

言われた通りじっとしているのだが、そのコロポンは無数の影に取り囲まれている。


「にゃ」

『知らん』とわざわざ答えて再び丸くなるマイルズ。


コロポンの大きさと比べれば膝までしかない小さな身体は黒い。

頭の上には三角の耳がぴこんと立っている。

黒い花はツヤツヤとしており、口からは赤い舌が覗いている。


「何なのだ?貴様らは?」

コロポンを取り囲んでいるのは、大きいのも、まだ小さいのも、まだまだものすごく小さいのも、オスもメスもいる。

草原に住むノラ。

みんなのアイドル、モッファンである。

この辺りでモッファンを見かけるのは普通だ。


街道を使いダンジョンへ向かう冒険者たちの前に現れワフワフと餌をねだるのがモッファンの狩りだから。

大人から子どもまで、誰でも参加できるモッファンの狩りである。

しかし、数が多い。


モッファンには縄張りがあり……縄張りというか、余りにも固まり過ぎると一度にもらえる餌の量が減ってしまうので、自然と散らばっているだけ程度のものだが……それでもこれだけの数が一度に一ヵ所に集まるのは珍しい。


この辺りのモッファンが全部集合したのではないか?と思うほどの数である。

もしここにモフィーモッファン愛好家がいたとしたら降誕した楽園に昇天したに違いない。


コロポンの周りをぐるりと取り囲んだモッファンズは、コロポンの呼び掛けには答えず、ふわふわした尻尾をパタパタと振りながら、円な瞳でコロポンを見上げている。


「どうしたいのだ?貴様らは?」

低くドスの効いた声を、困惑色に染めつつ、再度尋ねる。

しかし、モッファンたちはハッハッと息を吐きながら嬉しそうにコロポンを見上げるばかりだ。


腕を振るえばそれだけで振り払うことはたやすいが、そう扱うには余りにも邪気がない。

――きゅう――

そうする内に、集まっているモッファンの中でも一番小さい、まだよちよち歩きといった一匹が、その大きく硬い爪のところまで歩き出てきて、ぺろぺろと舐め始めた。

もうますますどうすればいいのか分からなくなる。


親と思しき一匹は、ワフワフと尻尾を振るばかりで何もしない。

彼等はでっかくてカッコいいのがいると、わらわら集まってきており、何ならその小さな娘を止めるどころか、いいぞもっとやれと応援しているぐらいなのだが、コロポンからしてみれば訳が分からない。


「うむ……。バルディエ?」


少し離れた場所で、自分も関係ないとばかりに捕まえたネズミをつついているバルディエに話を振る。


その間にも、小さな英雄が踏み出した大きな一歩に率いられ他のモッファンもとことこと近付いてきて、鼻先でつついたり、舐めたりしようとして、黒い毛皮がすり抜けることに驚き、それが楽しくなって、コロポンの身体を出たり入ったりして遊び始める。


「詳しくは知りませんけど、これがモッファンじゃないですか?」

逃がしたネズミを捕まえ直しては放しと意地の悪い遊びに興じながら、バルディエがやる気なさげに答える。

要するに退屈なのだ。


「!? モッファン!? これがか!?」

コロポンがその真っ黒い目で犬型のモンスターをまじまじと見つめる。

モッファンズは怖がることなく、後ろ足で立ち上がりながら、今度は近付いた口元にひっしに手を掛けようと振り回している。


リュウセイが並々ならぬ拘りをもつモッファン。

これがあのモッファンか、としげしげと眺める。


「……我と似ても似つかぬ気がするのだが?」

そして思う。

「にゃあ? にゃがにゃあにゃがにゃにゃ?」

「耳が二つに鼻が一つなのは貴様もだろう!」

適当なマイルズ。


「私とよりは似てますよ?」

「貴様は鳥だろう!」

暇を持て余しているバルディエ。


そんな益体のない話をする間にも、モッファンズの遠慮はどんどんと無くなり、コロポンはすっかりモッファン玉と化している。


「む?」

痛くもかゆくもこそばゆくもないのでされるがままにしているコロポンの鼻が動く。

匂いの元は街の方。


よく知る匂いと、おいしそうな匂いと、よく知らない匂いと臭い。

コロポンの反応に反応したモッファンズも一斉に街の方を見る。

待ちわびた主とソーセージの帰還だった。



☆☆☆



「何だこれは!?」

叫んだのはリュウセイ。

悲鳴ではなく歓声だ。

その顔は目尻が下がり溶け落ちそうになっている。


「モッファンだ!モッファンがこんなに!!」

コロポンの足元に群がる黒いモフモフに魂の渇望が止まらない。


『ふぉー』とか『ふぇー』とか形容しがたい奇声を上げながら、モッファンをモフモフしている。

当のモッファンはコロポンで遊ぶのに夢中でリュウセイにはお構いなしだが、リュウセイは少しも気にしていない。


「ぬ、ヌシ?」

ねえねえと控えめに声を掛けるコロポン。

「可愛いなあ、お前は?」

膝をついてモッファンをモフモフしている。

全く反応しない。

余りにも楽しそうで強く出られない。


「でっかいですねぇ?何ですかこのモンスターは?」

見上げるほどに巨大で真っ黒な犬のような、絶対に犬ではない生き物に、その綺麗な顔の愛らしい口をポカーンと開けるシフォン。

「で、でけぇな……」

その後ろでレイチェル達も慄いている。


コロポンの後ろで昼寝を続けるマイルズ。


そして、その後ろ。

バルディエがネズミが逃げ出すのも気にせず、主人が伴って現れた絶世の美女を目を真ん丸にして見ている。


「……マジェリカさん?」

そして、信じられないと零れるように呟いた。


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