第78話 商機

マルシェーヌはダンジョンの街。

四方八方に存在する数多のダンジョンから産物が集まる。

ダンジョンを目的に集まる冒険者に、産物の買い付けに来る商人などが激しく出入りしている。


「準備はいいかー?」

「「「「ういーす」」」」

気勢を上げるのは、大型商隊キャラバン・シルフォニを率いる商人、ピアノ。頭頂部はメゾピアノだが、声と威勢はフォルテシモな中年の男だ。


ピアノに従う屈強な男女が30人強。

護衛隊まで自前で賄える商隊を率いるピアノは十分に成功者と言える。


ピアノは大陸を縦断し、南部産の物を北部へ、北部産の物を南部へと運ぶ、いわゆるゴリアニクス渡り怪鳥と呼ばれる商隊だ。


そのピアノは今回いつもより多く買い付けを行い、気合が入っていた。

それというのも、先日から大陸の南北を分断する『カマライト山脈』の一番広い峠『カマライト第一峠』に居座っていた大盗賊団『キュリエ盗賊団』が姿を消したからだ。


キュリエ盗賊団は、その配下が300人以上、噂によれば500人以上いると言われる程に巨大な盗賊団で、しかも腕も装備も質が高い。


しかし、この盗賊の特徴は巨大さよりも、その異常な運の良さにある。


過去に何度も討伐隊が派遣されているのだが、なぜだか必ず討伐隊は返り討ちはおろか、盗賊団を見つけることすら叶わず空振りに終わる。


それ以外にも黒い噂の絶えない盗賊団で――そもそも非合法な存在なのだが――、裏ではベルエーダの反社組織の子飼いだとか――ベルエーダの賭場の上客はなぜか襲われないし、盗賊団のメンバーに闘技場の闘士によく似た人物を見かける――、関所を管理するガジェット家の支援を受けているとか――峠の通行料の他に、荷に相応しい篤志を行うと襲われなくなる――など、とかく性質たちが悪い。


その行商人や旅芸人にとっては迷惑千万だったキュリエ盗賊団が、先日忽然と姿を消したのだった。


これで荷物が大きくなれど、高級品を運んでいれど、余分な篤志を行う必要がない。

いつ元に戻るかは分からない以上、今回の行商は、またとないチャンスである。


「お宝が出るって話だったが……、もう待ってられない」

ただピアノは歯噛みしていた。

商人の間でまことしやかに流れるによれば、Sランクダンジョン産の、まだ名前すら定かでない、とんでもないお宝が大量に持ち込まれたと言われており、もしその一欠片でも扱うことが出来れば、莫大な利益が産めるはずだった。


Sランクダンジョン産となれば、それはもう伝説と呼んでも差し支えがない。

人が立ち寄れないからこそSランクなので、その産物は数えるほどしか確認されていないが、最も有名なのは大陸でも屈指の名家・ウリエル家の家宝である『サラエアス・ブルー』。

『掌中の海』と評される青く美しい宝石で、その魅力は眺めているだけで半生が過ぎると言われる。

大昔、当時のウリエル家の当主が、婚約者に送るために単身、命がけでサラエアス深山に入り手に入れたという逸話があるが、これは嘘だ。


そもそも生身の人間が単身で底に降りられるほどシフレスバレーは甘くない。

自らの目でその峡谷を覗いたことのあるピアノはよく知っている。

近づけないからSランクなのだ。


実際にはサラエアス深山に夥しい数の奴隷を盾に精鋭を送り込んで、その大半の命と引き換えに唯一持ち帰ることが出来た秘宝だとされる。


そんなものがあるならば、と随分と粘ったがしかし、それ以降のが流れてこない。

よほど難しい話になっていることは間違いない。


先日ディボエでのAランクダンジョン産の素材では随分と儲かったので、今回の話に関わることが出来ていればどれだけのことになったか、と思えば口惜しい。

しかし粘った挙句、キュリエ盗賊団が復活しようものなら、或いは、第二のキュリエ盗賊団が結成されようものなら目も当てられない。


それに惜しくはあるが、冷静に現状を見れば、これまで以上に稼ぐことは出来る。

それに今の自分はツいている。

昨夜は酒場でやたら旨い肉に出会えた。


食材のことは門外漢だから詳しくは分からないが、雉だったらしい。

「これが有名な薔薇の雉か」と得心するほど、今まで食った肉の中で一番旨かった。

いつもあるわけではなく、昨夜はたまたま手に入ったらしい。

こういう出会いがあるときは、運が巡っている時だ。

この機を逃がしてはいけない。


大望を持つことは大切だが、引き際を見誤らないこともまた商人にとっては大事だとピアノは知っており、見誤らないからこそ、この大商隊を率いているのだ。



☆☆☆



「随分と景気がいいようだな」

苦虫を噛みつぶしたような顔を隠しもせず関所の役人が嫌味を言ってくる。

場所は『カマライト第一峠』の関所。


「ええ。お陰様で」

ピアノは悪びれもせず、手続きを進め、荷物に必要な通行料を払う。


「……」

「……」

いつもであればこの謎の間の後、篤志を持ちかける――篤志なので通行人から持ち掛けないといけないのだ――必要があるのだが、今回は何もしない。


情報に疎い駆け出し商人ならば、盗賊団の消滅を知らずに支払うかもしれないが、ピアノの持つ情報網はそんなにヤワではない。

使い道の知れない金を払うような篤志家でもない。


しかし、彼は篤志家ではないが、商人だった。


「おい、あれを」

側に仕える見習いに声を掛ける。

見習いの少年は、ウサギのように駆け出し、外の馬車から一抱えの荷物を持ってきた。


「少しではありますが、夜の無聊を慰めていただければ」

そこから出したのは、数本の酒。

高くはないが安くもない。

それなりの酒である。


「お! あ、うむ」

思わぬ収穫に相好を崩しかけて慌てて引き締める役人。

同情ではない。

いずれまたキュリエ盗賊団は復活するであろうし、その時、今日の心証が悪い影響を与える可能性もある。

数本の酒で覆るならば安い出費だった。


「さ、行くぞ」

揚々と出発するピアノ。


これがピアノとシルフォニをこの世で見た最後であった。


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