第77話 「ああ。いくらでも!」

「ん? リュウセイか?」

聞きなじみのある声が、背後から名を呼んだ。


反射的に振り向くリュウセイ。

聞き間違いようのない声は、恩人・レイチェルのものに違いなかった。


「レイ……あれ?」

しかし、振り向くがレイチェルの姿が見えない。

特徴的な長髪や、野性味あふれる髭がいない。


「お! やっぱりリュウセイじゃねえか」

やはり声はする。

しかし、姿が見えない。


「おい、どこ見てんだよ? こっちだこっち!」

そっちを見ると、四人の男に守られるように、びっくりするほどの美人が一人。


「おい、なんだよリュウセイ? まさか忘れちまったのか?」

リュウセイのとぼけ面にけらけらと笑いが起こる。


声の主をまじまじと見る。

長めの髪をぴっちりと後ろに撫でつけた、手足の短いカバっぽい顔の男。

言われればレイチェルのように見える。


というより、他のメンバーも、確かに、シャインとルーニーとジェラルドによく似ている。

よく似ているが、全体的に印象が違う。


小綺麗というか、こざっぱりというか……。

顔周りもだが、服装にも清潔感がある。

確かに面影はあるのだが、リュウセイの知るアルディフォンとどうにも一致しない。

「……」

リュウセイは、レイチェルっぽい男の手元を見る。


ふと短い指に、もしゃもしゃと生えた毛。

爪の先が何かで黒く汚れている。

「!! レイチェルさん!! やっぱりレイチェルさん!?」


その手は間違いなくレイチェルのものだった。


「なんだったんだ?今の間は?」

訝しむのはシャイン。

肌がてかてかしていないし、服もでろんでろんでペラペラのものではなく、ぴっちりとプレスのかかった襟シャツを着ている。


「あ、いえ、すみません。お久しぶりです」

清潔感があって分からなかったとは言えず適当に誤魔化すリュウセイ。


「皆さんがちゃんとしてるから分からなかったんじゃないですか?」

真ん中のやたら目立つ美人が、図星を突く。


「おい、シフォン、流石にそれはねえよ」

「ああ」

「そこまで変わってないだろ?」

「それじゃあまるで以前の我々が不潔で小汚い不快感の塊だったみたいじゃないか」

ふん!と相変わらず鼻息は強いが、以前のようにぶふぶふと鼻が鳴らないルーニー。

皮肉っぽさは残っているが、気短そうに所かまわず連発していた舌打ちが鳴りを潜めているジェラルド。


「紹介するぜ。彼女はシフォン。お前の代わりに入ったんだが、はっきり言って相当な天才だぜ?」

「初めまして、シフォンです。魔弓師です」

「こっちはリュウセイ。以前、組んでたんだ。新人の頃から面倒見てたんだがな。ちょっとばかりトラブル起こしてな」

その紹介に、心にちくりと痛みが走った。


「初めまして、リュウセイだ。テイマーだ」

「ええ。噂はお聞きしてます」

そう答えるシフォンは、紅玉のような瞳でリュウセイを見つめる。

噂と聞いたリュウセイの心がざわめく。

「ミネルバさんがよくお話して下さったので」

面倒見はいいが口うるさい大家の顔を思い出す。

それは少しの落胆。


「お前、ダンシェルに行くって騒いでたって聞いたが、帰って来たのか?」

レイチェルの声に哀愁はない。

「〖篩〗に掛けられたんだろ?」

皮肉っぽいのはジェラルド。


霊峰ダンシェルへ続く不可思議な小道『棺の入口』には一つの呪いがかけれている。

呪いかどうかもその正体は不明なのだが。

大抵の人は、そのどうやっても消えない細い道に足を踏み入れるだけで、寒気や吐き気がして、恐怖に駆られ、道を引き返すことになる。

この不可思議な現象を〖白瓏の篩〗と呼んでいる。


かつて霊峰ダンシェルで修行したマジェリカがその危険性から力無い者が迂闊に近寄らないよう道に掛けた結界ではないかと言われている。


「いえ……」

行って帰って来た!と言いたくなったが、ディケンズの言葉を思い出す。

箝口令が敷かれていると言う話だった。

喧伝するのはよろしくない。

「あ、ええ。まあ……」

少しばかり忸怩たる思いを抱きつつ、リュウセイは言葉を濁した。


「あ!でも、使役獣は仲間にしましたよ!」

「へえ?」

関心が感じられないのはシャイン。

「使役獣??」

首を捻るのはシフォン。


「ああ。リュウセイはテイマーのくせに使役獣がいなくてな。苦労したんだ、なかなか」

けらけらと笑うのはルーニー。


「どこにいるんだ?」

辺りを見回すレイチェル。

使役獣はテイマーのそばにいるのが普通だ。


「あ、いえ、街の外に。中に入れてもらえなくて」

「なんだそれ!? 全然使役できてねえじゃねえか!」

使役獣が中に入れて貰えないというのは、使役獣をコントロールできてないと判断されるからで、それはつまり未熟だと言われたに等しい。


「ええ、まあ、ちょっと変わってるんで……」

少しどもりつつリュウセイは戸惑っていた。


レイチェル達の身形の変化も。

自分には微塵も興味を持っていないことにも。

シフォンの存在にも。


しかし、それ以上に、記憶にある通り、自分に色々と指南してくれるアルディフォンのメンバーが、記憶にあるよりも随分と頼りなく見えていることに。


勇壮で猛然たる戦士だった先輩たちが…………なんだか小物臭く見えることに。


「へえ!見てみたいです!その使役獣さん達!」

そんな逡巡を知ってか知らずか、或いは、少しばかりきつい言葉に気を遣ってか、シフォンが明るい声を出した。


「え、ああ。ああ、構わないぞ。いいぞ!」

使役獣を見たいと言われると、どんな場面であれ自慢したくなるのがテイマーという生き物である。

「この後いいですか?」

「ああ。いくらでも!」


リュウセイとシフォン。

絶世の美男と美女がじっと見つめ合うその姿は絵に残したいほど美しい。


「チッ……リュウセイさん、手続き出来ましたよぉ……ハンっ!」

舌打ち混じりに告げたのは、ジェラルドではなく、ハノイだった。


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