第73話 「まあ、多少はな」
リュウセイは腕を組んで唸っていた。
極めて真剣な顔で。
「こっち……いや、これだと少しくどいか? いや、カルパティの実と混ぜればこれはこれで……いや?それならこっちの方が?」
目の前にはボウルに入った様々なミンチと瓶に入った香辛料。
ソーセージ作りの真っ最中である。
ボウルに入ったミンチを少し摘まんではうーん?こっちのを摘まんではうーん?と何度も首を捻りながら、ミンチを少しずつまとめている。
傍らには、すでに出来上がった試作品たちが並んでいるが、彼の研究はまだ終わっていない。
これで三日目だ。
サラダボウルだかラクダボウズだかなんだかの、赤いスカートだかスカーフだかを探すのはリンダに放り投げてから三日。
毎日毎日リュウセイは首を捻り、肉をこねている。
仕方がないのだ。
コロポンが美味しいソーセージを待っているのだから。
しかし、努力の甲斐あって、少しずついいバランスのソーセージが出来上がりつつある。今日には仕上がる予定だ。
というか、流石にそろそろ仕上げないとまずい。
肉が傷む。
マイルズの
今日が勝負!とばかりに日の出前から総仕上げにかかるリュウセイだった。
「相変わらず凝り性ね」
そんなリュウセイを微笑ましいやら呆れるやらで眺めているのはやたら軽やかなプラチナブロンドが肩甲骨まで伸びた女性。
もう40は超えているはずだが、見た目だけなら30前後にしか見えない魔女である。
ただし、外見通りの年齢には見えない底知れぬ眼光のせいで、すっかり年齢不詳である。
この女性はスカーレット。
リュウセイのソーセージ作りのために厨房を貸してくれている給仕酒場『忘恋忘』のオーナー兼マダムである。
スカーレットとリュウセイの付き合いはそれなりに長い。
15歳でダンジョンの街マルシェーヌに飛び込んだリュウセイが、街の洗礼を受けて騙され、連れ去られそうになったのを助けてもらって以来なので、マルシェーヌでの知り合いに限れば最古参の一人である。
恐ろしいのは、出会った頃よりスカーレットの見た目が若返っていることかもしれない。
忘恋忘の厨房は広く、道具も揃っているため、ソーセージを作るときはいつもここを借りていた。
今のリュウセイは宿暮らしなのでなおさらだ。
休日になると肉を前に首を捻るリュウセイと、それを眺めているスカーレットは見慣れた光景である。
「よし、やっぱりこの組み合わせだな」
時刻は昼前。
そろそろ決めてしまわないと、店の夜の仕込みに響く。
頷いたリュウセイが肉をこね、仕上げていく。
その手つきは鮮やかの一言で、本職が脳筋槍術師には見えない。
いや、テイマーだった。
もっと見えない。
「パッと見、見たことないぐらいいい肉に見えるんだけど、それは何の肉なの?」
そろそろ自分の世界から帰って来たことを確認してスカーレットが尋ねる。
熱中しているときに聞いても、まともな返事などないのはよく知っているから。
「これか?」
見事な艶を持つ赤い肉塊を指さす。
「これは、えーっと……牛だったな」
リュウセイが端的に答える。
「へえ……?」
この辺で牛と言えば、一般人にはノラモンスターで、サイズの割に値段が安いことからついつい買い過ぎてしまう『モウカウカウ』、小金持ち以上になれば味の良い『プルブル』だし、最高品質となれば『シュバルゲ』の肉だが、そのどれとも違う。
スカーレットは最近でこそ後進の育成のため、厨房も接客も若手に譲っているが、『忘恋忘』をここまで育てたのは彼女であり、当然、食材であれ男であれ、見極める目は確かであり、肉の見分けなど、彼女にとっては余技である。
そのスカーレットの眼鏡をして見たことのない肉である。
「何ていう牛?」
「さあ?名前は知らん」
未踏故にSランクのモンスターに名前などない。
「……えーっとじゃあそっちのは?」
「これか? これは雉だな」
「雉!? また珍しいものを。へー、これが雉……」
雉と言えば、この辺りでは『薔薇の棘』に出てくる『バグレスフェザン』だが、バグレスフェザンは滅多に見つからない。
寄生虫などがいないため、タタキなどでも安心して食べられるが、食べたことはおろか見たことのある人の方が少ないだろう。
「何だかどれもこれも、ソーセージにするには勿体ないようなお肉に見えるけど?」
「かもしれんな。ちょっと仕入れ先が独特でな。売れないんだ」
金になると思っていたダンシェル産の素材で十分に学んだ。
Sランクダンジョンの素材は、自分たちで食うに限る。
「……何?大丈夫なの? 危ないことしちゃダメよ?」
「まあ、多少はな」
「……ったく」
「よし、とりあえずこれで仕込みは終わりだな」
スカーレットの心配をよそに呑気に鼻を鳴らすリュウセイ。
「余った肉は、使ってくれ」
「あら、いいの?」
厨房にはまだまだ肉がある。
「ああ。こいつらを仕上げて味を確認してからまた仕込むから」
「また、ってこんなのまた手に入るの?」
「ああ。幾らでもな」
ニヤッと笑うリュウセイ。
スカーレットが頭痛を覚えたように頭を抱えた。
「ちょっと詳し「マダム?」
何をしてるのか締め上げて吐かせてやろうとしたその時、スカーレットが呼ばれた。
「?」
声の主は店で雇っている用心棒だ。
「『
『他人肌』は斜向かいの店だ。
少々お行儀が悪いことで有名で、知らない人は近づかない方がいい店なのだが……。
「……昼間っから」
大事になるとこっちまで迷惑をこうむるので、顔を出しに行く。
どうせ、『クロマムシ』が世間知らずに絡みついたに違いないから。
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