第71話 まどろみの中
麗らかな陽射しの差し込む白い部屋。
その陽だまりでまどろむ。
とても心地よい。
うとうととするその脳裏に、ちくりと疑問が浮かぶ。
『いつからこうしているのか?』
ふと首を上げる。
随分と前からのような、ほんのたった今のような……。
考えるのが面倒くさくなって、もう一度、丸まる。
いつでもいいか。
ここは心地よい。
まどろむその鼻先を何かがくすぐる。
柔らかな感触。
薄く目を開ける。
「にゃ?」
どこから転がって来たのか、赤い毛糸玉があった。
いびつに巻かれた赤い毛糸玉。
鼻先でつつく。
赤い毛糸玉が転がる。
その行く先を目で追えば、うずうずとしてくる。
寝ていられない。
むくりと起き上がる。
一つ伸びる。
あくびも一つ。
赤い毛糸玉を追いかける。
手で転がす。
毛糸玉はほどけながら転がる。
追いかける。
また転がす。
毛糸玉はほどけながら転がる。
また。また。また。
「にゃあ!?」
気づいた時には、手や足に毛糸が絡まってほどけない。
『なぜこうなった!?』と慌てるがもう遅い。
「どうしたの?」
にゃあにゃあと上げた悲鳴に気付いた可憐な少女が訝し気に顔を出す。
「……ぷっ」
赤い毛糸に絡まったマイルズを見て、ランクセノンは思わず噴き出した。
「何してるの? 」
笑いながらランクセノンはマイルズの近くでしゃがむ。
「にゃあ」
「どこにあったの? こんな毛糸?」
絡まってもがくマイルズを細い指でつつく。
「今、解いてあげるから」
柔らかな表情のまま、赤い毛糸を解く。
毛糸は間もなく解かれる。
解いた毛糸を上手に毛玉に巻きなおすランクセノン。
「ここにおいで」
足を流して座ると、その膝の上を叩く。
マイルズは、誘われるままに膝に乗る。
「綺麗な毛並み。光の精霊が宿っているのね」
ランクセノンが手櫛で毛を梳く。
柔らかな手の感触が心地よい。
目を細めて、髭をそよがせる。
自慢の毛並みを褒められて嬉しい。
光の精霊が宿ってから、毛艶が良くなったと褒められたのだ。
……それは誰にだ?
ふと疑問が頭をよぎる。
いや、ランクセノンだ。
それはそうだ。
主であり、世話係はランクセノンだ。
少し思い込みが激しく、行動が直情的過ぎるところはあるが、いい主であり、世話係だ。
……果たして自分はなぜその評価をしたのか?
赤い毛糸玉が視界に映る。
ランクセノンが左手で持つその毛糸玉を鼻先でつつこうとする。
避けられる。
「……」
「……」
しばし見合う。
手を出す。
避けられる。
……まあいい。あんなものに執着するほどガキでは。
避けられる。
「似合うかもしれないわね」
「にゃ?」
「貴方の白い毛に、赤い毛糸の帽子」
「にゃあ?」
「似合うと思うわ」
帽子は正直邪魔になりそうだと思った。
「あ、やっぱりマフラーにしましょう」
いいこと思いついた!とばかりにパンと手を叩く。
「赤いマフラー」
「にゃあ?」
半信半疑。
「アラクシルクの赤いスカーフ欲しいんだけど、お供え物ってなかなかしてもらえないから」
「にゃあがにゃがにゃにゃにゃあ!」
「あら? 私が欲しいものはみんな欲しいはずだもの」
「にゃあ?」
「間違いないわ」
ランクセノンは笑顔で頷いた。
☆☆☆
「何してるの?」
赤い毛糸に絡まったマイルズを呆れた顔で見るランクセノン。
「にゃあが、にゃにゃ」
「また絡まったって、……また? またって何の話?」
「……にゃ?」
あれ?と思う。
ついさっきもこんなことがあったような。
……いや、そんなことはなかったような?
「寝ぼけ過ぎなのよ。ずーっと寝てるから」
くすくすと笑う。
「まあ、仕方ないわね。憎しみを忘れるには時間が掛かるから」
そう言ってマイルズの頭を撫でる。
「にゃ?」
憎しみ?なんの?
いや、ひょろ影だ。
あの記憶。
激痛に苛まれたあの記憶。
全てを恨む、どす黒い怒り。
「少しずつ、忘れていけばいいのよ」
赤い毛糸を解きながら、ランクセノンは笑う。
ランクセノンの指が毛並みをくすぐるたび、その怒りが一つずつ溶けて消えていくようで……
……いや、自分はひょろ影をそれほど恨んでいたのか?
「ああっ!マフラーと糸が絡まってる!」
☆☆☆
まどろみからふわりと覚める。
何度目か?
いつからか?
心地よいが、……何かが足りない。
鼻先を何かがくすぐる。
目を開けると赤い毛糸玉が転がっている。
鼻でつつく。
毛糸玉は転がる。
追いかけ……
「にゃ?」
自分を覗くランクセノンと目が合った。
☆☆☆
「なんだ、貴方が戻りたいのね?」
「にゃ?」
「
ランクセノンは笑う。
「にゃ?」
「構わないのよ。貴方が怖くないのなら」
ランクセノンは笑う。
「戻ると良いわ。貴方の望む場所へ」
右手から光が奔った。
☆☆☆
「にゃあ……」
目を開けるとそこは森の中だった。
古ぼけ、今にも倒れそうな崩れかけた神殿。
首を巡らせる。
真っ白く凍ったコロポンがあった。
ゆっくりと黒く戻っている。
その奥には、石になったバルディエもあった。
こちらもゆっくりと赤く戻っている。
その向こうでリュウセイが寝ている。
ガーガーと鼾までかいている。
トコトコと歩いていく。
「にゃ!」
「痛え!?」
思い切り引っ掻いて起こした。
「にゃがにゃあにゃあにゃがにゃにゃにゃあ」
「何すん……は? アフラセフラの赤いスカーフ?」
「にゃ」
「何だそれは? ……ってなんだその赤いマフラー? 変だぞ?」
「にゃあ!」
「何故引っ掻く!?」
欲しい物一つぐらい用意してもいいだろう。
ランクセノンに認められた神獣なのだから。
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