第67話 「よく見えんな」

月も出ない暗がり。

夜の道をこそこそと進む影がある。


正体はもちろん、リュウセイ達である。


場所はシフレスバレー。

断崖の渓谷にわざわざ夜近づいているのには訳がある。


シフレスバレーは危険であると同時に、その景観もまた人気である。

それゆえに、シフレスバレーに至る道には、安全を確保するための衛兵が詰めているのだ。


ここを正面から、谷を下って森に入りますと言っても、必ず止められる。

但し、景色も見えず、危険極まりない夜の渓谷にわざわざ近づく人はいない。


そのため、夜は警備が緩い。

詰め所があるから見つかれば誰何される恐れはあるが、衛兵も夜は休んでいるため通ることは容易い。


わざわざ押し通る手間をかけるのも、獣道を選んで進む道理もないため、こうして夜中にこそこそと進んでいるのだ。


マイルズは面倒くさがったが。



「よく見えんな」

夜中のシフレスバレーは、当たり前だが真っ暗で、足元すらよく見えない。

滑落すれば、世間に死んだことすら悟られないであろう谷を覗きこむ。


「そうか?」

「にゃ?」

「リュウセイさんも人間なんですねえ」

暗闇が苦にならない使役獣たちは呑気なものである。


「険しさで言えば、ヌシが魔法で腹を破られたあの岩山と大して変わらぬ」

「……」

マイルズがジト目で睨む。


「捕まえて飛んで降りれればいいんですが、深さが分からないですからね」

2000メートル程度と言われているが、2000メートルが体感として分からない。

一息で降りるのは難しいとは分かるが。


「とりあえず、朝を待つか」

「にゃ!」

元気に返事するマイルズ。


「身を隠せる場所が欲しいな」

腕を組むリュウセイ。

「隠れる?」


「ああ。朝になって、衛兵に見つかるとめんどくさい」

「なるほどな」

「少し見てみましょうか」

言うなりバルディエが音もなくふわりと飛び立つ。


それを見たマイルズは、もう休む、とばかりにリュウセイの肩に音もなくふわりと飛び上がった。



☆☆☆



「これが『サラエアス深山』か」

さーさーと雨が降る夕暮れ時、一行は谷底に広がる大樹海に臨んでいた。

何とはなしに立っているが、その真横には、河がごうごうとうねり、飛沫が舞っている。


河を跨ぎ、広い谷底を埋め尽くすように鬱蒼と生い茂る森。

「……何やらダンシェルとは違う迫力がありますね」

バルディエがごくりと唾をのむ。

「うむ」

「ああ」

リュウセイまで同意する。


ロケーションもそうであるが、森から漂う迫力がある。


「にゃあ!」

そんな中、マイルズは河を泳ぐ巨大な鮭のような魚を捕まえたらしい。

ご満悦だ。


「夜にかけて入る理由もないだろう。今日はここで休む」

「はい」

「うむ」


「マイルズ」

「にゃ?」

「もう4、5匹獲れるか?」

「にゃ」


夜が更ける。



☆☆☆



夜。

雨は上がらず。

星も見えず。


ごうごうと濁流のうねる音だけが響く。


「ふむ」

闇の中、森をじっと見つめているのはコロポンだ。

ダンジョンは中に入らなければ中のことは分からない。

それでも、何かを探すようにじっと森の奥を見つめている。


「気になりますか?」

コロポンの横にひょいっと木が生えると、そこに止まるのはバルディエ。


「うむ」

頷く。

「知らぬ気配だな」

「何か分かるのですか?」

コロポンの視線に流されるようにバルディエも目を凝らす。

しかし、見えるのは奥の見えない森だけだ。


「分かる、というものはない。分からぬ」

耳がぱたりと動く。

「そうだな、分からぬな。分からぬから怖い」


「コロポンさんは慎重ですからね」

バルディエはふふふと笑う。


「格でいえばさほど変わらないように見える」

笑うバルディエには取り合わず、コロポンは続ける。

生まれた洞窟であれ、マイルズと出会った草原であれ。


ダンジョンが内包する底知れなさと言うものがあるとコロポンは感じる。

それが、深いか浅いか。


この森の放つ深さは、知っているものとさして変わらないように映る。


映るのだが、それだけではない迫力を感じる。

それが不気味なのだ。


「言われれば、ヌシのいた樹に入るときにも近いものを感じたかもしれん」

何とは言えない嫌な気配。

余り近づきたくない気配。


「おや? では、苦労するのかもしれませんね」

かつて自分が司ったダンジョンである。

相応の誇りがある。


「ふむ。壊して進めればよいのだが……」

「……」

冗談でも皮肉でも嫌味でもないので却って言葉に詰まる。


「主役は気にされてないようですけど」

リュウセイの建てたテントを見る。

マイルズはテントの中で寝ている。


「ふむ。気にしていないのか、気にしても仕方がないと割り切っているだけなのか」

バルディエに続いてテントを見遣る。


雨は止んでいない。

しかし、濡れることはない。


マイルズの結界が雨を弾き、風を除けている。


「何にせよ、放っては置けんのだろう?」

首を捻って後ろを見ているバルディエに向く。


「そうですね」

神の力が暴走すれば、何が起こるか分からない。


例えば、天を突く山が、地を割る谷へと変わることすらあるのだから。


「うむ」

頷いたコロポンが、右手で宙を掻く。

「それは?」

いつもと逆の手だ。


「うむ。『お代わり』と言うらしい」

闇に紛れて尻尾が揺れる。


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