第66話 「山の上にあったものが、谷底まで沈んだんなら、もう壊れてるんじゃないのか?」
大陸において、もっとも不可侵の領域と言えば、北部にある霊峰ダンシェルだが、それ以外にも立ち入り禁止とされる領域が4つある。
南部に広がる『ガェヌ砂漠』。
同じく南部の『ヘドゥハア湖』。
西部にある『クロイス火山』。
そして、東部の『サラエアス深山』。
大陸東部に走る断崖の峡谷『シフレスバレー』の谷底にもさもさと生い茂る大樹海。
それがサラエアス深山。
この深山もやはりダンジョン化しており、その難易度は文句なしの「Sランク」。
帰らずの森である。
とは言え、離れて見る分には爽快な絶景が楽しめるため、暇な金持ちの道楽として、シフレスバレーの観光はそこそこ人気がある。
☆☆☆
「本当にあんなところに神殿なんてあるのか?」
風呂から上がった一行は、宿の一階に作られた休憩所でくつろいでいた。
片手によく冷えたサイダーを持ったリュウセイが籐椅子にどかりと腰を降ろす。
近くのマダムがチラチラとリュウセイを盗み見ている。
というのも、大きく胸がはだけ、逞しい胸板と優美な首筋が丸見えで、丈も妙に短く、ブロックのようなふくらはぎが覗いているからだ。
こんな妙に露出の多い格好をしているのはリュウセイだけである。
この場にいる男達は、ゆったりと風通しの良い湯上り着を身に着けている。
理由はよく分からないが、この服であれば、宿代を半額にするし、家族風呂も追加料金なしで使えると言われたからだ。
『ねえみんな?』という女将の声に、『はい!!』と息の合った返事をした仲居たち。
いい宿は従業員のチームワークもいいのだなと感心したものだった。
言ってもリュウセイは格好にほとんど無頓着だし、幼いころから注目を集めやすい性分だったため人の視線にも慣れている。
裸でいろと言われているわけでもなく、安くなるなら、このぐらいのことは気にならない。
『それに、みんな目立つしな』
口には出さないが、みんなコロポン達を見ているのだろうとこの話は片付けた。
女性には動物好きが多いのか、先程から、休憩室の男女比がおかしなことになっている。集まって来た女性たちは、仲間同士でヒソヒソキャーキャーと盛り上がっている。
「あるようです。確認されたのは大昔ですが」
乗るとぶるぶる震える椅子に座ったバルディエが声を震わせる。
「シフレスバレーと言うのは、割と最近……最近と言っても数百年前ですが、割と最近できたようで、昔はあの辺は山だったようですね」
今頃、ベルエーダで壊滅寸前の反社組織相手に辣腕を振るっているミカエル翁の知識である。
「で、その頃は山頂に『サラエアス深山』があり、その中にリンケオン神殿があったって話です」
「山?」
一頻り涼んだリュウセイ達が、席を立つ。
「谷だろ?」
「元は山だったんですが、谷になったんですね」
「「「??」」」
「地面が動いたんでしょう」
「「「??」」」
聞けば聞くほど意味が分からない。
分からないが、そういうことなんだろうと飲み込むことにした。
コロポンとマイルズもそうしたようだった。
何故か通路を塞ぐように立っている女性陣に声を掛け、道を開けながら進むが、何人かに肩がぶつかる。
肩がぶつかって倒れそうな女性を支えると、湯あたりしていたのか、顔を真っ赤にして崩れ落ちてしまった。
心配する前に、仲間が介抱にかかり、『大丈夫です!』と強く言われた。
湯上り着は薄手だし男に近づかれるのも怖いだろうからと納得して、謝罪だけ告げて休憩室を後にする。
出しなに『もうお風呂入れない!』とか言う声が聞こえたので、やはり湯あたりしていたのだろう。
「大丈夫か?」
念のため、コロポン達に尋ねる。
「「「??」」」
みんな元気そうだった。
☆☆☆
部屋に戻ると、食事の用意が始まっていた。
「もうお持ちしてもよろしいでしょうか?」
仲居に尋ねられ、頼むと返事をする。
チップを渡そうとすると、手ごと握られた。
もっと寄こせという催促だろうが、チップの額は通例があり、これ以上出す理由はないので、咳払いで断った。
ハッと手を離した仲居は、厚かましかったと羞恥に赤くなっていた。
「山の上にあったものが、谷底まで沈んだんなら、もう壊れてるんじゃないのか?」
座椅子に座ると、手近に置いてある酒を注ぐ。
マイルズが真横にすり寄り待ち構えている。
「何とも言えませんが。ランクセノンと繋がりそうな場所がそこぐらいしかないもので」
よっこらしょ、とリュウセイの向かいの座椅子に座るバルディエ。
おじさんのようだが、どう目を凝らしても大きな赤い梟だ。
「ランクセノン以外は無理なのか?」
鉱神、雷神、炎神などは、比較的あちこちで降臨した伝承を聞く。
「聖杯ですからねぇ……ランクセノンでしょう」
熱いお茶をずずっとすする。
羽では持てないので、湯呑に嘴を突っ込んいる。
マイルズも猪口からぺろぺろと舐めている。
コロポンは酒より食事なので、お座りの姿勢で行儀よく待っている。
「お待たせいたしました」
そう言って入ってきたのは女将だった。
その後ろに、皿を持った仲居が7人。
全部で8人。
リュウセイ達は4人?だ。
『妙に多くないか?』と思ったが、コロポンのために広い部屋を取っているから、そういうものかと思う。
仲居たちはせわしく動き、あっという間に食事の用意が整う。
コロポンがじーっと皿を見ている。
尻尾がしなーっと垂れ下がっている。
当たり前だが、ソーセージなど出てこようはずがない。
「まあ、行くか」
どのみち手がかりはないのだ。
「そうですね」
「うむ」
「にゃ」
全員頷く。
廊下の方から『宴会なのに仲居が一人しかいないってのはどういうことだ!?』と怒鳴り声が聞こえた。
予算をケチった酔っ払いが騒がしいな、と聞き流したが。
割引がよく効いたし、サービスも手厚くて悪くない宿だと、リュウセイ達は料理を堪能し、夜が更けていった。
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