第64話 歓喜と落胆と興奮と

今、世界中で一番喜んでいる精魔と言えば、コロポンであろう。

新たに白くなった爪先を使い、何度も「お手」の素振りをしている。

何が違うのか余人には分からな理由で首を捻り、何度も「エアお手」を繰り返している。

尻尾がぶんぶん揺れていて、見ているだけで楽しい気分になる。


翻って、今、世界で一番落ち込んでいるペティアリュクスと言えばマイルズに他ならない。

丸まることすらできず、倒れ伏したようにだらーんとうつぶせに潰れている。

原因は昼間の失態である。

退屈で鬱屈としていたが、まさか発狂して我を忘れるとは思わなかった。

本人的には『常にクール』が身上のマイルズにしてはあまりにも過ぎた醜態だった。


そして、今、世界で最も興奮しているアーティランドウルは間違いなくバルディエだ。

目を真ん丸に、顔を真っ赤にしてマイルズとコロポンの間をひょこひょこと行ったり来たりを繰り返している。

「コロポンさん! コロポンさん!」

お手終わりのコロポンに縋る。


「む? またか?」

コロポンがちょっと飽きた感じで、足を振るう。

すると、靴下が脱げるように、白い爪が黒くなる。

「はぁー! こうなるんですねぇ!!」

何度目かの光景に、同じテンションで感心するバルディエ。


「うむ」

飽きることなくお手の素振りに戻るコロポン。

気が付けばまた爪が白く戻っている。


バルディエの目にはたくさんの光の精霊が、コロポンの爪や牙にくっついたり離れたりしているのが見える。


「マイルズさん! マイルズさん!!」

今度はマイルズの下へ。

「……」

マイルズは無視である。

「へえー! はあー! いやーすごいですね!!」

そんなことは気にしない。


うつぶせに倒れたマイルズの毛並みをしげしげと眺め、感嘆する。

バルディエには、マイルズから溢れる神気と、神気に戯れる無数の光の精霊が見える。


「いやー、予想外のことは起こりましたが!」

やはりテンションが高い。

「上手く行きましたねえ!!」

はっはっは!と高笑いする。


「うむ!」

コロポンも、今日は機嫌がいいので同意する。


実際、マイルズの作戦通りだったと言ってもいい。

結果で言うならそれ以上の成果とも言える。


「マイルズさんの日向ぼっこが良かったのか、それとも神気が良かったのか? どちらも、かもしれませんが、まさか精霊がマイルズさんの毛を依り代にするとはですね!」

高いテンションと大きな声で、今日何度目か分からない感想を誇らしげに述べる。


バルディエがエレメンタルストーンでやろうとした精霊の依り代に選ばれたのが、マイルズの光る程白く艶やかな毛だった。


「しかもアサラディオ湖に住む光の精霊が全部来るとは、ですね!」

最初、バルディエの作戦で集まったのはごく一部だった。

その中で、エレメンタルストーンを依り代にしてもいいと思ったのはさらに一部。


それがマイルズを見ると、精霊たちはあちこちから根こそぎ集まった。

目に見えるほどの光の塊となったのだ。


その内の一つが、『住みたい』と言い出した。

すると依り代を求める個性を持つもの達が同調した。

100の1%は1。

1000なら10。

じゃあ100万なら?


依り代を求めたのは一部だったが、その絶対数が多かった。

目の前で、他のが嬉しそうに自分も自分もとはしゃぎだすと、普段、自由気ままに空を泳ぐのが好きなものも、なんだか羨ましくなる。


羨ましくなった一部が、じゃあ自分も、と手を挙げる。

ますます絶対数が増える。


そして、気が付けばアサラディオ湖全部の光の精霊が、マイルズの下にお引越しと相成った。


これはリュウセイ達にとっては幸運なことだった。


コロポンは爪も牙も大きい。

しかも長年の素の取り込みにより、その特性は極めて強固になっている。


そのため、バルディエが最初に集めた精霊だけでは、少々心許なかったかもしれなかったからだ。


マイルズの毛に三分の一が。残りの三分の二がコロポンの爪と牙を抑える。

そして、この役割をローテーションで入れ替わることになった。


コロポンの爪や牙にくっつくのもそれはそれで楽しいらしい。


「作戦通りでしたね!」

「うむ」

コロポンの「お手」の練習は夜通し続いた。



☆☆☆



後日談。

マイルズの毛艶が今まで以上に良くなったと、リュウセイがご満悦で、その背中を撫でた。

当のマイルズは「にゃ」と興味なさそうに鳴いていたが、リュウセイに撫でられるままになっていた。



☆☆☆



後日談その二。

アサラディオ湖の異変に気付いたものがいた。

スラディマスがいないのだ。

いや、正確にはスラディマスはいる。

泳いでいる。

しかし、スラディマスの特長たる、オレンジの光がない。

ただのマスとなっている。


麓の温泉街は大騒ぎになった。

スラディマスは観光の目玉の一つだ。


これがなくなると、客足が衰える。

それだけでなく、魚型のカップにオレンジ色のソースが人気の『スラディマスプリン』や、スラディマスは漁獲禁止なので普通のマスの腹に赤いペーストを詰めて焼いた『スラティマス焼き』などの販売にも影響が出てしまう。


麓の温泉街は大慌てで原因の究明を行ったが、絶望が深まっただけだった。



☆☆☆



後日談その三。

ルーラン図書館の秘蔵品リストから、『ランセルの星』と呼ばれた巨大なエレメンタルストーンの名前が消えた。

その理由は明らかにされていない。





ーーーーーーーーーーーー

いつもご覧いただきありがとうございます。

これで五章終了です。


次は六章に突入です。

マイルズの話です。


これからもよろしくお願いします。



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