第63話 「落ち着け! 大丈夫だ!!」

ミカエル翁の持つ知識はすごかった。

精霊使い達が独占し、ほとんど明らかにされていない精霊についてもかなり詳しく知っていた。


それどころか、言語化は不可能とまで言われているエレメントダンスの真髄まで。


この知識に、ルーラン図書館から脱出するときにちょっとお借りした、このエレメンタルストーンがあれば、完璧だった。


エレメンタルダンスで交感し、エレメンタルストーンに宿ってもらう。


精霊は基本的に自由だが、中には依り代を求めるものがある。

そういう精霊にエレメンタルストーンを宿として提供し、その対価として、コロポンの牙と爪を抑えてもらう。


そうなるはずだった。


そして上手く行っていた。

エレメンタルダンスは上手く行き、エレメンタルストーンに集まる精霊たちもいた。




このまま行けば、行けば、行け……

「にゃあぐあああ!!!」


行かなかった。



☆☆☆



マイルズの絶叫に精霊たちが固まる。

逃げることも忘れて驚いているようだった。


「マイルズさん!?」

バルディエが叫ぶ。

「にゃあぐあ!!」

この数日でずいぶん疲れていたマイルズははっきりおかしかった。


自由にならないストレスのせいで、にゃがにゃが言いながら、変な動きをしている。


「おい、マイルズ! 大丈夫か!?」

リュウセイがマイルズを抱き上げる。

「痛い! 引っ掻くな!!」

抱き上げるが、錯乱したマイルズはリュウセイの腕をバリバリと引っ搔いている。


「落ち着け! 大丈夫だ!!」

引っ掻かれながらマイルズを必死になだめるリュウセイ。

「ああ…精霊が……」

精霊たちが我に返る。


「うむ。今回は失敗だな」

切り替えの早いコロポン。


「ああ……精霊が・・・」

諦めきれないバルディエ。

エレメンタルストーンから離れていく精霊を切ない目で見送る。


このまま、姿を消していくのだ、と。


「上手く行くと思ったのに……精れ……あれ? 精霊?」

そのバルディエが止まる。

「大丈夫だぞ。 落ち着いたらダンジョンに行こう。好きなだけ魔法撃っていいからな?」

「うむ。我のソーセージも忘れるなよ?」


「精霊? リュウセイさん? 精霊が」

そろそろと止まり木から離れ、マイルズを励ますリュウセイの肩をつつく。

「なんだ? 今取り込んでるんだが?」

「いえ、取り込み中は分かるんですが、こっちも何やら大変なことになってるんですが?」


バルディエはぺしぺしとリュウセイを叩きながら、あわあわと湖の方を指さしている。

「何が……だ?」

マイルズから視線を外し、バルディエの指さす方を見たリュウセイも固まる。


「精…霊……?」

そこには本来見えるはずのない光の塊があった。


感覚を研ぎ澄まして初めて察せられる程度の精霊。

それが、存在感に圧迫感を覚えるほど集まっている。


「なんだ?」

「分かりません!」

マイルズが叫び、霧散すると思っていた精霊が、これまで以上に集まっている。


「理由は分からずとも、チャンスではないのか?」

「!!」

コロポンの指摘にバルディエがはっとする。


慌ててエレメンタルストーンを取り出し、奇怪な踊りを始める。


「あ、あれ?」

始めるが、先程と違い、精霊は反応しない。


「む? なんだ?」

代わりにコロポンが眉を顰める。

「どうした?」

思わぬ事態にとりあえず槍を構えるリュウセイ。


「なんだ?何を言っている?」

光の塊を前にぴくぴくと耳を動かす。

「シオ? うれ? すミや?」

「まさか、精霊が話してるんですか?」

「うむ? そうなのか? よく聞き取れん。 おい!一斉にしゃべるな!」

コロポンの声に応じるように、光の塊がフルフルと震える。


「しろ?すみやす? うれしい?…嬉しい?」

「!!」

何度目かのハッとしたバルディエが、パタパタと翼を動かし、嘴をパクパクさせる。


「住みやすい?嬉しい?ですかコロポンさん?」

「む? うむ? そうなのか?」

耳がぴくぴく、光はフルフル。


「シロ?住みやすい。嬉しい。白?」

「白?」

「白?」

「にゃ?」

一人と一頭と一羽の目が錯乱から覚めて、状況がよく分かっていない白猫に集まる。


「……マイルズさんが、住みやすそうだから、住めたら嬉しい?」

「にゃ?」

「うむ。そのようだな」

「どういうこ「いいですよ!! ただ一つ条件があります!!」

一羽事態に納得したバルディエが、全部を置いてけぼりにして叫ぶ。


「おい? 何が……?」

「にゃ!?」

リュウセイが確認するよりも先に、光の塊がマイルズに突っ込んでくる。


「なん「駄目です!!」

止めようとするリュウセイとコロポンを止めるバルディエ。


「にょわーー!?」

聞いたことのない悲鳴を上げて光の塊に飲み込まれるマイルズ。


「おい!?」

「大丈夫です! 問題ありません!」

興奮してバタバタしながら、光を見るバルディエ。


「「「……」」」

唐突に光が消える。

「あー……にゃ?」

そこには足と尻尾をピーンと伸ばして固まるマイルズがいた。


「にゃ?」

「おい、大丈夫か?」

くるくると自分の身体を確かめるマイルズ。

心配そうなリュウセイ。


「む?」

その前で、バルディエがくねくね動いている。

くねくね。

くねくね。


くね。


バルディエが止まる。

マイルズから光の粒が零れる。

「にゃ?」


零れた光の粒が、コロポンの足と口にまとわりつく。

「む? なんだ?」


ふっと光が消える。


「コロポン!?」

リュウセイが叫ぶ。

「にゃ!?」

マイルズも驚く。


「何が「お前、その爪と口!」

「む? む!?」


言われて見下ろした足の先。

白い。


靴下を履いたように、足の先が白い。

そして、牙も。


「……できた」

バルディエがポツリと呟いた。

「出来ました!! 出来ましたよ!! コロポンさん!!」

「……これは…!?」

今までにない、足の先の感覚。


「まさか?」

そろそろと、コロポンが白くなった爪で近くの岩をつつく。


「「「!?」」」

岩は消えない。


「ヌシ……」

「コロポン……」

茫然と向き合う主従。



「……お手」

出会って初めて、リュウセイとコロポンは触れ合った。


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